30話 ライフォニア
エルナさんへオファーを出した直後、リナ様が駆け出してしまった。
それを見かけたシドから「ちょっと来なさい」と言われて執務室に連れ込まれた。
「陛下から先振れが来たわ。来月、陛下が直接ここを訪れるそうよ」
あれ?リナ様のこと聞かれるのかと思ったら真面目な話のようだぞ。
「そう言えば視察に来るって言われてたね。でも来月か。思ったよりずっと早かったね」
「そうね。きっと無理して予定を空けたのよ。断る選択肢はないわ」
魔避けポーションはそれだけ陛下の中でも重要度が高いんだろう。
「それでね、案内をあなたにお願いしたいみたい」
「なぜそんなことに……田舎の平民になんて大役をやらせようとするんだ……」
「目立ってしまったんだから仕方ないでしょう」
俺は目立ってないやい!シドが余計なこと言いまくったんだろうがい!
「仕方ない……陛下の希望なら断れない」
「イアック、ありがとう。苦労かけるわ」
素直に頭を下げて礼を言うシド。しおらしいと軽口が言えなくて困る。
突然決まった大役に少し緊張するが、ある意味好都合かもしれない。おもてなしの時にどのみち御目通りする予定だったしね。
「それならその状況を有効に利用させてもらおうかな」
「陛下をヒーリングしちゃう気なのね……。間違いなく天に召されるわ……」
いや、召されないよ!?むしろ元気になるだけだよ!?
「ところでエルナを誘えたかしら?」
「誘ったけどまだ返事保留中」
「エルナがオファーを断ってきたらどうするつもり?」
「そしたら仕方ないからある程度開業準備を進めつつ折を見て再オファーする」
「そう。エルナを諦める気はないのね」
エルナさんが嫌がったり、本当に断ると決めているならスッパリ諦める。
でも迷った末に断るって感じだったなら再オファーの機会を待つつもりだ。
何故ならエルナさんは能力的にウェルネス施設の支配人にピッタリだと思うから。
それに俺には無い知識と経験をたくさん持っているだろうし、一緒に仕事してくれたら本当に心強いと思う。
「エルナが引き受けると言ったら、あの子をよく見て支えてあげてね」
「何さ突然。支えてもらうのは俺のほうだと思うよ?俺は商売の経験がないから」
神の園で商人のタバンさんには商売のイロハを色々と教えてもらった。でも所詮は経験なしの頭でっかちだ。それでわかった気になるわけにはいかない。
「エルナは可哀想な過去を持ってるのよ。それがあの子の心を縛り付けている気がするの」
「悲しい過去?」
それって俺が聞いてもいいやつなのか?
「あたしはエルナの両親とも面識があるのよ。でも2人とも亡くなっているの」
「それは……」
それ反応に困るやつ。
シドはエルナさん本人がいないから話すけどと前置きをして話を続ける。
「多分コスタの父親は誰かにハメられたのよ。死因が不自然だもの」
「不自然だったの?」
「賊に襲われたってことになってるんだけど、襲われた場所が騎士団の巡回ルートなのよ」
ああ、それは不自然だ。そんなの狼の前で羊を盗むようなものだ。態々そんな危ない橋を渡る必要なんてない。普通は別の場所で待ち伏せするでしょ。
「それって黒幕はわからないのか」
「そうなのよ賊を捕まえなきゃわからないんだけど、そもそもどの賊かもわからない」
何それすごく陰湿。っていうか仕掛けてきたやつ性格悪すぎでしょ。
「エルナの母は体が弱かったから父親が頑張って薬代を稼いでいたのよ。でも父親が亡くなってから母親もエルナを育てるために無理をして……」
「悲しいな」
悪いのは全部黒幕の誰かでそいつは裁く方法が無い。エルナさん一家は何も悪く無いのに漏れなく不幸だ。
「父親を奪われ、母親を奪われたエルナは大胆な商いに抵抗を覚えるようになった。あの子は頭がいいし、本当はもっと成功を収めていて不思議じゃ無いのに」
なるほど、エルナさんのフォニア商会が商会員1名の弱小に留まっている理由はそれかもしれないな。
「エルナにはあたしがいない半年間で本当に世話になったわ。それが無くても昔から知ってる子だもの。幸せになって欲しい。だからイアック。もしエルナがあなたと一緒に頑張ると決めたなら、あの子を不幸から守ってあげてちょうだい」
また無理難題を……
「いやいや、何をどう守ればいいのかわからないよ……」
「それでもお願いね」
……どうしろというのか。
「まぁ……仲間のことは何はともあれ助けようと思ってるよ」
具体的なことは何にも考えてないけどね。
「それでいいわ。ありがとうイアック」
「うん」
「じゃあエルナの話はここで終わり。次はリナちゃんよ。泣きながらどっか行っちゃったわよどうするの?」
「……どうすればいいと思う?」
「じゃあ勉強でも教えてあげなさいな。長時間一緒にいれば仲直りのタイミングくらいあるでしょ」
「了解。具体的なアイデアがなかったから助かるよ。シド、サンキューね」
⭐︎エルナ視点
「エルナさん、もしかしてもうお返事をいただけるんですか?」
「はい、この場でお返事をさせていただければと思います。でもその前に、一つだけ質問させてください。何故私にオファーを?」
もう私の心は9割方決まっています。
しかしやはりこれだけは聞いておかなければなりません。
「エルナさんの強みは数あれど、ほぼ全てウェルネス施設にマッチしていると考えるからです。その強みをそのまま支配人として活かしてほしいと望んでいます」
「私の強み……ですか。それは何でしょう?」
女性用品を扱っていることでしょうか。やはり美の部分に力を入れるため?
「エルナさんの強みは女性であることでしょう」
……予想の斜め上の回答が来ました。
むしろそれは弱さとされてきた事です。商売の世界は男性ばかり。女性もいますが総じて苦戦しています。
誰か権力者の妾になるなどしないと成功できないと言っても過言ではありません。
「それと情に厚いところでしょう」
……これも弱いところでは?商人としては落第と言われる部分です。非情さがないとやっていけないのが普通なのですから。
でも……そうか。逆に捉えれば、イアックさんには私のような人間が必要ということになりますね。
「私が悪いと言われてきたことが、イアックさんには全て魅力に見えるんですね」
「はい。私の考えるウェルネス施設には安心感が必要です。おもてなしは暖かな心の方こそが理想と思っています」
私がそれに適任だと。暖かな心などと言われると何だか照れてしまいます。
私が商人連中から欠点とされてきたことが、こんなにプラスに評価されるとは思っても見ませんでした。
そしてまだイアックさんの話は続きます。
「何より夢を見ていることでしょう」
私の夢をご存知なのですか。シド男爵から聞いたのでしょうか。
そういえばまだ駆け出しの頃に話した気がします。
「私は……その夢を遠い存在に感じています。追い求めてみても実現には程遠い。漠然としていて雲を掴むような話ですから」
世界一の美女を作る。幼い頃に見た憧れの王妃様を超える美の化身を作ってみたい。
漠然としていて大それた夢。化粧品や服など今でも知識を収集したり品物を集めては主力商品としているのが夢の残滓なのでしょうね。
でもそれがイアックさんのオファーを受けて再燃し始めています。
「『夢も希望も情熱も、きっかけひとつで突然湧いて来る』私の恩人、商人のタバンという人が教えてくれた言葉です」
「きっかけひとつ……」
「自分で諦めたと思っていても、きっかけがあれば再燃します。要は本人がやりたいかどうかなんですよ」
このオファーはそのきっかけだと言うのですね。
「エルナさんは私のオファーをまだ考えてくれている。それは夢に繋がっていると思うからなのではないでしょうか」
私も自分でわかっています。自分の手を見て、ライフ術の施術を受けた手を見て確信しています。この先に幼い頃見た夢の続きがあることを。
「それでも現実的なことは考えなければいけません。だからエルナさん。エルナさんから見て、このウェルネス施設の事業に勝算があると思っていただけるなら、一緒にやってみませんか?」
イアックさんに商売の経験がないなんて嘘なんじゃないでしょうか。話してるだけで気持ちが乗せられてしまいます。
出る杭は打たれる。目立てば狙われる。光るものは闇に目立つ。……それでも
「このオファー、お受け致します」
私は夢見る商人だったらしい。
◇
支配人となるエルナさんと従業員のみんなの顔合わせとして食事会を開催した。
その場でみんな打ち解けてくれて安心していたのだが、エルナさんが重大なことが決まっていないことを指摘してくれる。
「施設の名前決めてませんよね」
……そういえば決めてない。
「何がいいだろう?」
「ウェルネス!」
そのまんまやんけ
「リライフ!」
それは新生活では?
「快楽の園!」
なんか卑猥だからダメ
「若返り処!」
誇大表現は誤解を与えるからやめましょう
なかなかいい案が出ないな。途中ふざけ始めた子もいる。お仕置きしちゃうぞ。
「ライフに関係する名前にしたいですね」
エルナさんから案が出る。名前の方向性が絞れていいと思う。
あ、でもそれなら
「《ライフォニア》なんてどうですか?」
「え?それはどうなんでしょう?」
「イアックさんその言葉はどう言う意味ですか?」
「ライフと、エルナさんのフォニア商会から名前を取ってみました」
俺とライフ適性者の皆んなを表すのは《ライフ》、エルナさんを表すのが《フォニア》。俺たちのスタートを名前に残せていいのではないかなぁ。どうかなぁ。
「いい!なんか響きが綺麗!」
「私の商会の名前を入れてもらっちゃっていいんでしょうか……」
「ライフシード領が苦しい時にずっとお世話になってきたフォニア商会ですから、むしろみんな大賛成だと思います」
ライフ適性者のみんなは直接フォニア商会からの恩恵はなかったかもしれない。それでもこれまでライフシード領を支えてくれたことに感謝しているみたいだ。
ライフ適性者達は全員もう直ぐ正式にライフシード領の領民になる。彼ら彼女らに取ってもうすでにここは新しい故郷の扱いなのかもしれない。
「わかりました。ありがとうございます。皆さんにそう言ってもらえて私も嬉しく思います。ではイアック代表、改めて挨拶をお願いします」
「だ、代表!?」
「それ以外にありませんよ」
「イアック代表!かっこいいですね!」
そ、そうかな?なんかこそばゆいけどそれなら仕方ないか。
「それでは――美と健康の楽園 ウェルネス施設の始動を祝して乾杯!」
「「「乾杯」」」
こうして名前も決まり、いよいよ最初のお客様来訪に向けて動き出す。
「あ、皆んな。言い忘れてたから今言うね。最初のお客様はもう決まっています」
「……………………代表。その話本当なんですか?」
あ、エルナさんが不審がってる。周りのみんなも困惑顔だ。
「もちろん本当だし、宣伝にちょうどいいと思ってむしろ狙っていく所存ですよ」
「イアック代表、最初のお客様って誰なんですか?」
――陛下です
「ヘイカさんって言うんですね。面識はないけど有名な人なんですかね」
「何だか王様みたいな名前だね〜」
「いやいや、だからその陛下ですよ」
「え?本当の話なんですか?」
「もちろんです。アルマ王国 国王であらせられる、ディアス・フォン・アルマ陛下その人ですよ」
………………
…………
……
「「「えええええええ!!??」」」
「……イアック代表は最初からスケールが大きすぎます……今から緊張で震えてしまいますよ……」
やる気十分なみんな(脳内ご都合変換)をみて俺は大変満足した。
「まさかの陛下が最初の犠牲者ですか」
エルナさんが「不敬罪とか大丈夫でしょうか」なんて不穏なこと言ってた気がするけど大丈夫だと思う。だって俺たちはおもてなしするだけだからね!
お読みいただきありがとうございます。
毎朝6時更新頑張ります。
イアック主体の最初の事業がスタートします。
またお越しいただけたら幸いです。
よろしくお願いします。




