29話 揉むしかない
商人のエルナさん。
女伊達らに行商という危険と隣り合わせの仕事をする気骨のある美人だ。
エルナさんの父親も商人だったらしいが、その父親の力を借りず、1人で自分の商会であるフォニア商会を切り盛りしている。
シドとは5年前からずっと懇意にしており、シドが行方不明になっていたときもただ1人関係を切らずにいてくれた情のある人物でもある。
俺はエルナさんに頼み事をするべく、領主館の客間に招いていた。
「エルナさん、今日はお時間をいただき、ありがとうございます」
「いえ、大丈夫ですよ。こちらとしましてもイアックさんとお話しさせていただきたいと思っておりましたから」
エルナさんは落ち着いた雰囲気の美人だ。女性らしく、美容に強い関心を持っている。扱っている商材も化粧品をはじめとした女性向けのものが多い。
「実はエルナさんにお願いがあって、その話をしたいのですがその前に」
――肩を揉ませていただいても?
「………………え?」
「あ、いえ、変な意味はなくてですね。肩がダメなら」
――足を揉ませていただいても?
「………………えぇぇ」
あるぇぇえ?ドン引きされてるぞ?って言うかあれって変態を見る目じゃないか?また何かミスったか……。
いや、会話は結論から言うのが基本のはずだ。さっきだってジーナさん達にお試し実践した後スムーズに話が進んだじゃないか。とにかく揉まないと話が進まないんだ。
「えーっと……その……何のために?そしかしてイアックさんは変態さんなので?」
「え!?ち、違いますよ!?何かの誤解が生まれてます!?本当は」
――新事業の話がしたいだけなんです!
「新事業!?」
驚いた顔でこちらを見るエルナさん。
会話難しい……。確かに今の会話を振り返ってみると俺変態みたいだな……。ちょっと脳内想定とは違うけど本題に入れそうだ。
「実はシドから予算をいただきまして、やりたいことがあるならやっていいと言われてるんです」
魔避けポーションの販売権はかなりの額になった。それだけの価値があると言うことだ。
そしてシドが行方不明になっている間、ライフシード領が苦境に立たされているとわかっていて大した援助をしてやれなかったことのお詫びも入っているそうだ。
確かに陛下が少しくらい助けてくれてもいいんじゃないかとは思っていた。しかしシド曰く、そう簡単な話でもないらしい。
派閥がどうの、意地悪宰相さんがどうのとめんどくさい話があるようだ。
「はい。私が始める新事業は美と健康を提供する場所、《ウェルネス施設》です」
「ウェルネスですか……その言葉だけでいろいろ想像できましたが、私へのお願いというのを聞かせていただけないでしょうか?」
エルナさんはウェルネスという言葉に反応した。意味を知っているのだろう。そしておそらくエルナさんにとっても興味がある話のはずだ。
「単刀直入にいいます。エルナさん、ウェルネス施設の支配人をする気はありませんか?」
何故ならエルナさんは女性向けの品々を扱う商人。大袈裟に言うなら美を扱う商人だから。
「それは……大きなお話ですね」
すぐ判断できる話じゃない。でも興味がないなら即お断りするだろうから、多少の興味関心はあるのかもしれない。
それならやっぱり
「お返事をいただく前に、私のやろうとしていることを体験していただけませんか?」
揉むしかない。
「……そうですね。まずはそれが良さそうです。その後質問をさせてください」
「わかりました。それでは」
「あ、手!手でお願いします!」
まぁ手でもいいか。
◇
ライフリペアでササクレを治し、ライフアライブで手の皮膚を活性化し、ライフヒーリングで手の疲れを癒した。
驚きで表情をコロコロ変えるエルナさん。ライフヒーリングの時には頬を朱に染めて口元を押さえて「ん、んん」とか言うからすごく色っぽかったです。
「嘘……手荒れが癒えてる。それに腕がすごく軽い。こんなことって…………これがイアックさんの新事業、ウェルネス施設で行おうとしていることなのですね……」
「1ヶ月もすれば私の他にも数人、この技術を使える人を育成できます。時間をかければさらに増えます。もう適性がある人員は見繕ってありますので」
ライフ適性者のみんなは漏れなく全員適性があると思ってるんだ。
やっぱりマナに恵まれなかった人こそライフの適性がある。そういう傾向があるよ。検証した数がまだ30人くらいだから少ないかもしれないけどさ。
「あの、質問いいでしょうか?もっと詳しい話を聞かせてください」
「もちろんです。なんでも聞いてください」
⭐︎エルナ視点
イアックさんとのお話は数時間におよび、その全てに丁寧に受け答えしていただきました。
「本当によく考えられています」
イアックさんは商売の世界で生きてきた人ではないそうですが、そうとは思えないほどよく考えられています。
「支配人か、とても魅力的な提案ね」
正直に言えばとても心動かされるオファーです。
自分の手を確認する。
昨日まであった小さな傷が綺麗さっぱりなくなっています。
これだけでもすごいのに手の疲れも取れているし、更に肌がツヤツヤとして、これはもう若返りと言ってもいいかもしれませんね。
「ライフ術による施術。絶対に流行るわ。むしろ流行らない未来が想像できない」
ライフ術の説明は受けたがまだちゃんと理解できてはいない。しかし男女問わず施術を受けたがることは間違いない。特に貴族の婦人、令嬢は飛びつくはずだ。
だからこそ貴族や人口が多い王都でやった方がいいのではとも思ったが、マナを使わないライフ術は王都で嫌な誤解を受けやすい。
出る杭は打たれると言います。王都で評判になればなるほどそれを面白く思わない人たちの妨害を受けるであろうことが想像できる。
「ウェルネス施設と言っていました。それなら私との相性もいい」
私の得意な商材は女性用の品々です。女性の美に関してはそれなりに詳しいし、色々な仕入経路を持っています。
健康的な美に強いイアックさんのライフ術と合わされば訪れる女性達がみんな美女に変身するでしょう。
「私の夢は世界一の美女を作り上げること。その夢に大きく近づける」
幼い頃に一度だけ目にした王妃様。
絶世の美女と言われた通り、とても美しかったのを覚えている。
あれから綺麗な人に憧れ、どうやったら綺麗になれるかを考える内に女性用の品々に詳しくなったんだっけ。
「本当はこのオファーを受けたい。それでも悩んでしまうのはとても大きなチャンスであると同時に、とても危険だから……よね」
昔を思い出す。お父さんが賊に襲われて死亡していることを。
お父さんはやり手の商人だったし、体の弱いお母さんのためにお金を稼がなきゃいけなかったからとにかくたくさんの取引を成功させていた。
その甲斐あって商いはうまくいっていたけど……そのせいで貴族か同業者の怒りを買ったという可能性もある。
「不自然な事件だったから……」
襲われたのは騎士団の巡回ルートだった。
普通はわざわざ取り締まりがきついところで犯行なんてしない。
それに護衛も含めて遺体は発見されなかった。賊なら遺体は残るはずだし、その点も不自然です。
「事故に見せかけた誰かの犯行。そう考えることもできてしまう事件だった」
真相は確かめようもない話です。
現場を検証した騎士の方からは父は死亡として扱われ、遺品も渡されました。
その後、お母さんは私を養うために体調が悪くても働いた。そして私が15歳の時、亡くなってしまった。
「出る杭は……打たれる……」
もちろんあの時と同じではない。
ウェルネス施設なんて業態が被るものはそうそうないだろうし、場所も人が少ないライフシード領だ。この事業によって不利益を被る商人は少ないはずです。危険云々は私の考えすぎでしょう。
「そう言えばなんで私にオファーしたんだろう」
私のフォニア商会は弱小です。誰かに悪質な嫌がらせなど受けてもまともに抵抗もできない。
シド男爵ならもう少しマシな伝があってもおかしくないのに何故でしょう。
「こんな話し合いの最初に確認するような質問を聞いていないとは……」
オファーの理由すら聞いてないなんて、私……結構浮かれていたのかもしれません……反省です。
「明日、もう一度イアックさんに話を聞いてみましょう」
お読みいただきありがとうございます。
毎朝6時更新頑張ります。
イアック:もみもみ
エルナ: ん、んん!
イアック: (手を揉んでるだけでこれかぁ。めっちゃ色っぽい)
エルナ:はぁ、はぁ、んんん!
イアック: (これは女性には女性をあてがわないと事件が起きるな)
無用なリスクを避けようと決めるイアックでした。
またお越しいただけたら幸いです。
よろしくお願いします。




