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夢見たアンドロイド  作者: 向井葵
1年目 夏の日記
59/69

第34話「酔いの手前」

アンドロイドのメイド「ヒナ」は、日々の業務をこなし、決められた動作を繰り返す。そして、業務を終えた後、その日の出来事を日記に綴る。

壊れた時計、見慣れない来客、うっかりこぼした紅茶——ただの記録にすぎないが、そこには確かに「今日」が刻まれている。


これは、感情のないメイドが紡ぐ、静かな日常の記録。ただそれだけの物語。

2025年7月4日(金)


買い出しの業務へ移行。向かったのは、近くの商店街。

今日は金曜日。まだ日が高い時間帯だったが、通りはすでに多くの人でにぎわっていた。

主婦や高齢者、学生、作業服姿の人々が行き交い、袋の音や呼び込みの声、子どもの笑い声があちこちから聞こえてくる。アーケードの隙間から差し込む陽射しが、舗道にまだらな光を落としていた。


私は記録する「商店街の活性度。平日午後の集客は高水準。季節要因と週末前の購買行動が影響」


酒屋の前を通りかかると、「特売日」と書かれたのぼりが目に入った。

ご主人様の晩酌用ビールが残り少ないことを記録していたため、立ち寄ることにする。

店内には、ビール、ウイスキー、ブランデー、焼酎、日本酒、ジン、ウォッカ、ラム、テキーラなど、さまざまな酒が並んでいた。特産ワインには専用のスペースが設けられ、装飾も華やかだった。

目的のビールを手に取り、レジへ向かう途中、レジ横に置かれた「日本酒利き酒セット(3種)」が目に留まる。ご主人様が日本酒を飲まれる姿はこれまで確認されていないが、嗜好の変化に備え、購入を決定。


帰宅後、ご主人様は入浴。

その間に、利き酒セットをテーブルに並べ、簡単なつまみも用意。冷やしトマト、塩昆布、焼き海苔、少量のチーズ。

いつもなら冷えたビールを出すところだが、本日は趣向を変える。ご主人様、浴室から出てテーブルを見やる。

「なんで日本酒が?」

「本日、酒店にて利き酒セットが販売されておりましたので、購入してまいりました。日本酒はお飲みになれますか?」

「好きだが、日本酒は飲みだすと止まらないんだよな……」

「明日はお休みでございますし、少しだけいかがでしょうか」

「まあ、たまになら……お、有名どころのが揃ってるんだな」

ご主人様はラベルを一つひとつ確認する。

新潟の純米吟醸、山口の大吟醸、秋田の生貯蔵酒。

そのうちの一本を開け、お猪口に注ぎ、静かに口元へ運ぶ。

酒の香りがふわりと立ちのぼり、ご主人様の指先がわずかに緩む。

一口、喉を鳴らして飲み干す。

「…やっぱ美味いな」

「日本酒でお好きな銘柄はあるのでしょうか。今後の参考に教えてください」

「まあ、高い酒は大体美味いが、手ごろなものなら青森だな」


私は記録する「嗜好の傾向:日本酒は好物。青森産に対する信頼性高。今後の購買選定に反映」


ご主人様は、残る二本も順に開けていく。

注がれるたびに、酒の香りが部屋に広がり、空気が少し甘くなる。

合間に、冷やしトマトを一切れ、塩昆布を少しつまみ、また酒を口に含む。

焼き海苔を指先でつまみながら、静かに味わうように飲み進めていく。

三本の瓶は、時間をかけることなく空になった。

「んー…少し物足りないな。ほかに日本酒ないか?」

「料理酒で使っているものでよろしければお出しできます」

「そうか、熱燗にしてくれ」

調理用の日本酒を湯煎で温める。湯気が立ちのぼる中、テレビを見ながらご主人様は静かに待つ。

熱燗を出すと、ご主人様は湯気の立つ酒をお猪口に注ぎ一気に飲み干した。

顔にはうっすらと紅が差し、動きにも少し揺らぎが見える。

「やっぱり止まらんな……」


私は記録する「飲酒量は通常時を超過。表情と動作に緩み。酩酊初期段階と推定」


ご主人様は背もたれに体を預け、目を細める。

その表情は、いつもの無口さとは少し違い、どこか柔らかく見えた。

熱燗もまた、あっという間に空になった。


業務完了

今日も日記を書き終えた。記録は完了。机の上を整え、椅子を元の位置に戻し、次のルーティンへ移行する。

紅茶を淹れ、カップを持ち、窓辺へ向かう。夜の街は静かで、遠くの光が瞬いている。

息をつき、一口飲む。適温。今日も紅茶は美味しい。

業務終了まで、あと10分。最終点検を終え、私は記録する。

「本日、業務終了。異常なし。」

そして、静かに照明を落とす。


また、次の日記で——

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