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夢見たアンドロイド  作者: 向井葵
1年目 夏の日記
58/69

第33話「豆と鋏」

アンドロイドのメイド「ヒナ」は、日々の業務をこなし、決められた動作を繰り返す。そして、業務を終えた後、その日の出来事を日記に綴る。

壊れた時計、見慣れない来客、うっかりこぼした紅茶——ただの記録にすぎないが、そこには確かに「今日」が刻まれている。


これは、感情のないメイドが紡ぐ、静かな日常の記録。ただそれだけの物語。

2025年7月3日(木)


ご主人様、定刻に起床。洗面・着替え・朝食を順調に済まされ、異常なし。予定どおり出勤。

居住空間点検後、清掃業務へ移行。空気清浄フィルターは正常。フローリングの埃除去、浴室・トイレ・洗面台の洗浄および消毒を実施。全体的に清潔状態を維持。

外気温は31.4度、快晴。風通しも良好。乾燥に適した気象条件と判断し、洗濯業務へ移行。

寝具カバー、バスタオル、マット類を含む大物衣類を洗浄モード「強」にて処理。

自然乾燥方式を選択し、バルコニーにて干し作業を実施。

干し作業中、玄関方向より微細な物音を感知。確認の結果、ポストに未登録のチラシが一枚投函されていた。

内容は、近隣に新設予定の小規模商業エリアに関する告知。美容室、ステーキ専門店、雑貨店、カフェ等、複数の店舗が開業予定との記載を確認。


私は記録する「生活関連項目を含む広告の発見。報告の優先順位を上位に設定」


夕刻、ご主人様帰宅。玄関にて靴を脱ぎ、ジャケットを預かる。

「お帰りなさいませ。ご主人様」

「ただいま」

生活音の中に交わされた定型的やり取りのうちに、日常の連続性を再確認。

所定のルーチン終了を確認後、報告を開始。

「本日、ポストにチラシが一枚投函されておりました。

近隣に新しい商業エリアが開業する旨のご案内です」

「どこに?」

「旧交番跡地の西側です。以前まで更地だった区画と推測されます」

チラシを受け取られ、黙読。目線は滑らかだが、ある一点で明確に停止。

「美容室、ステーキ、雑貨……カフェか」

小さな間。

「……豆、ちゃんとしてるのか?」

「“自家焙煎”との記載がございます。エチオピアとグアテマラの豆を使用し、焙煎後の風味についても触れられておりました」

「最近ずっとインスタントだったしな……

豆から挽いたやつ、たまには飲みたいな」

ご主人様はソファに腰を下ろし、チラシの端をなぞりながらつぶやく。

「ステーキ屋もうまそうだな。……髪もそろそろ限界か」

「側頭部、着任初期より2.8cmの伸長。印象の変化を確認しております」

「そうか……まあ、いつものとこでもいいけど」


私は記録する「選択肢として提示された商業エリアが、ご主人様の生活改善意欲を誘発。目的地の候補として受理された」


「次のご休暇に、ご希望があれば散髪と立ち寄りを兼ねたルートをご用意いたします」

「頼む」

ご主人様はチラシを卓上へ。視線は短く留まり、以降の発話なし。


私は記録する「目立った否定的反応はなし。静的だが受容的。提案は記憶領域に保存されたとみなす」


業務完了

今日も日記を書き終えた。記録は完了。机の上を整え、椅子を元の位置に戻し、次のルーティンへ移行する。

紅茶を淹れ、カップを持ち、窓辺へ向かう。夜の街は静かで、遠くの光が瞬いている。

息をつき、一口飲む。適温。今日も紅茶は美味しい。

業務終了まで、あと10分。最終点検を終え、私は記録する。

「本日、業務終了。異常なし。」

そして、静かに照明を落とす。


また、次の日記で——

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