気になる噂なの
クラスでアヴァロン・トラジティの話題を出す人は限られる。
なので、私がその会話を耳にしたのは偶然ではなかった。
「ねえ知ってる?」
「豆○ば?」
「ちげーよ。最近流れている噂だ噂」
「ああ。アカバンの囚人か」
「おう。うちのギルドからもついに被害者が出てよ。リア友から発覚したらしいぞ」
「マジかよこえーな」
私があのギルドに入ってから2週間が経った。
毎日ログインとまではいかないけど、入る度にあのギルドに寄っては、流星やデス子ちゃんとレースする日々を繰り返している。
レイド戦も私はあの一戦だけだったけど、流星は他のレイドにも参加したり、レースを吹っかけたりと忙しい日々を送っているらしい。
ふと、疑問に思って聞いたことがある。
「ねえデス子ちゃん。流星って暇人なの?」
「何で?」
「だっていつもログインしているし」
「お兄ちゃんはバイトもしている大学生よ!」
「え? そうなんだ」
「むしろいつもいる暇人は、姫様……ううん! なんでもないわ!」
「……………………」
答えを聞いてしまったようだけど、同時に氷の微笑が視界に入ったのでそこで話は終わらせた。
聞くところによると、久我は社会人で、デス子ちゃんは私と同じ高校生らしい。
そのことがわかった時には、同年代トークで盛り上がりデス子ちゃんとは更に仲良くなったっけ。
とりあえず、私はゲーム充してます。
そうなると、次に求めるのはリアルの繋がりです。
こっちでもアヴァロン・トラジティの話をしたくてウズウズするけど……見たところあの男子2人しか話題にしていない。
もっとユーザーがいてもおかしくない規模なのに!
「どうしたの小町。まさかアレ狙い?」
「え? どっちどっち! あのどっちがいいの?」
「ちがっ、そんなんじゃないから!」
見ているだけでも友人に囃し立てられるし、話しかけようものならなんて言われるか。
でも、さっき聞こえてきたアカバンの囚人って何だろ?
いつもなら求めて居ないものも勝手に解説が聞こえてくるのに……。
「あーあ。こんなときあの人がいれば……」
「出ました! ちょっとちょっと、聞きましたか奥さん」
「ええ、あの人。小町も元彼がいたのね!」
「……ああもうっ、勝手に盛り上がらないでよ!」
まあ、気になることはゲーム内で聞けばいいよね。
私以外に気になる人はいないし、少しの間我慢したら――。
「ねえ、そのアカバンの囚人について聞かせてくれる?」
「うぇっ! 小鳥遊……さん」
その男子に話しかけた人物を見て、私は目を見開く。
小鳥遊彩花。
私みたいな席が近い者同士で集まったグループではなく、持ち前の明るさと笑顔で人望を集める女性。
というか、小鳥遊さんは同性の私から見ても可愛い子だ。
噂が気になるってことは、もしかして小鳥遊さんもあのゲームを?
気づけば、小鳥遊さんの後ろにも2人ほど女子がいる。
彼女たち3人で遊んでいるのかな?
私の疑問をよそに、男子2人と小鳥遊さんの会話は繰り広げられる。
「もしかしてプレイヤー?」
「そうだけど、キャラ名は教えないからね?」
「これは手厳しい。噂教えるから名前も教えてくれない?」
「だーめっ」
「随分と硬いことで。だってよ大和、残念だったな」
「べ、別に残念じゃねーし!」
友人だけで遊びたい派なのかな?
でも私も、あの2人に名前は教えたくないかも……仲の良い友達にだったらいいけどね。
「それで、噂なんだけど……あれって本当なの?」
「あれがわからないけど、ログインできなくなるってのは本当みたいだね。わざわざ新規キャラ作って報告してくれた人がいたから」
「しかもその報告してくれたの、結構な有名人だったみたいでさ。SSレアアイテムとか手放してまで嘘はつかないだろ」
「それもそうだけど、被害者ってどのくらいなんだろうね?」
「さあな。リア友同士からの情報網だけでって話なら、知っているだけでも20件は越えるな」
「運営のログからすると、100件は越えてるってさ」
その言葉に驚いたのは、小鳥遊さんだじゃない。
私もだ。
「ひゃ、ひゃく?」
「どしたの小町。なにがひゃく?」
「テストの点でも取らないといけないの? そりゃ大変だ」
「な、なんでもない」
思わず発言した私に、小鳥遊さんはちらっと視線をよこしたけど何も言ってこなかった。
やっぱり、彼女もプレイヤーなのかな?
一瞬デス子ちゃん? とも思ったけど、広大なネットワークなのに、同じクラス内にいるわけがない。
それに性格も違いすぎるし……何よりフリフリの魔法少女が私だと知られると恥ずかしいし。
彼女たちの話は続く。
「それって、運営が動いているんだよね? まだ解決しないの?」
「まあアカバン……正確にはアカウント停止をくらっているわけだが、運営は調査中だってさ」
「なにそれ。すぐに解除されないの?」
「ああ。少なくとも解除は未定らしい。図書館サーバーも使っていたプレイヤーには大打撃だぜ」
「そうだな。おかげで図書館に引きこもるプレイヤーが増えているらしい」
最近図書館サーバーに人が多いと思ったら、まさかそんな背景があっただなんて。
そして、次に聞こえてきた言葉に、私はまた反応してしまうことになる。
「そのアカバンさせる人物……運営からの脱走者との噂もあるな。だってそうだろ?」
「そいつの腕は、6本あるんだから。プレイヤーもNPCも、種族の違いはあれど腕は2本なのにな」
「6本! ……ぎ」
「急にどうしたの? でもいいよね、六本木」
「行って何するのよ」
「さあ? でも夢があるよね、夢が」
……友人2人と。
……完全に気づいている小鳥遊さんの視線が、痛かった。




