第78話 リーネの決心
夕食を終えたばかりのところで父に呼ばれ、執務室へ入ると、母もすでに席についていた。二人とも普段より表情が柔らかかったので、悪い知らせではないと分かったものの、何の話なのか分からず首を傾げる。
「どうされたのですか?」
「アドラー商会との取引が正式に決まった」
その言葉を聞いた瞬間、リーネの胸が大きく跳ねた。
「本当ですか?」
「ああ。これからは、今までより良い条件で買い取ってもらえる。材料費や運搬費が上がったときには、その分についても話し合えるそうだ。それに、アドラー商会と取引を始めたからといって、他の商人との取引まで禁じられるわけではない」
父の説明を聞いているうちに、リーネの顔にも自然と笑みが浮かんでいく。
職人たちが朝から夜まで働いて作ったものが、これまでより正しく評価される。材料の値段が上がったときに、その負担を全部こちらだけで抱えなくてもいい。そして、もっと良い条件を出してくれる相手が現れれば、そちらとも取引できる。
今まで「仕方がない」と飲み込んできたものが、一つずつ変わっていく。
「これを聞いたら、みんな喜びますね」
「ああ。だから、もう領内にも知らせてある」
父がそう言った直後、屋敷の外から人の声が聞こえてきた。
「本当に決まったんですか!」
「これで来年は、もっと仕事を増やせるぞ!」
「それなら、ずっと後回しにしていた道具を買い替えられるな!」
「うちも子供の服を新しくしてやれる!」
次々と聞こえてくる声に、リーネは思わず窓へ駆け寄った。屋敷の前には、知らせを聞いた領民たちが集まっている。職人も、その家族も、いつも市場で見かける人たちも、皆が顔を寄せ合って話していた。
誰かが笑えば、その隣にいる人まで笑う。
長い間、生活のために諦めてきたことを口にしているのに、その声には悲しさではなく、これから先を楽しみにする明るさがあった。
「……みんな、本当に嬉しそう」
「当然だろう」
父が窓の外を見ながら答える。
「今までは、どれだけ良いものを作っても、領地の収入が増えなければ暮らしを良くする余裕がなかった。だが、これからは違う。働いた分だけ、領地を豊かにしていける可能性がある」
母も静かに頷いた。
「今日、知らせを聞いた職人の奥さんがね、『これで子供に我慢ばかりさせなくて済むかもしれない』って泣いていたの」
「……」
その言葉に、リーネは胸を締めつけられた。自分たちが暮らしているこの領地では、誰もが当たり前のように我慢していた。
壊れた道具を使い続けることも、欲しいものを諦めることも、家族のためなら仕方がないと笑っていた。
けれど、その笑顔の下にあったものを、リーネは今まで知らなかった。
「リリアーナ様が……きっかけを作ってくださったんですね」
「そうだ」
父が頷く。
「私たちが見過ごしていたものに、あの方が気づいてくださった。だからこそ、今回のことが始まったんだ」
母がリーネの手をそっと握る。
「私たちは、リリアーナ様に本当に感謝しているわ。領主としても、一人の人間としてもね」
「私も……ちゃんとお礼を言いたいです」
リーネは窓の外へ目を向けた。
明るい声がまだ聞こえている。
その声を聞いていると、リリアーナ様が自分の友達であることが、今までとは違う意味を持って胸に迫ってくる。
自分と話して、笑って、白い花のことを一緒に話してくれた少女が、こんなにもたくさんの人の未来に関わっていた。
「リーネ」
父に呼ばれて振り返る。
「来年、お前も王都の学園へ行くことになるな」
「はい」
「リリアーナ様も同じ学園へ進まれる。ならば、お前には頼みたいことがある」
父の顔を見つめていると、その声に込められた真剣さが伝わってきた。
「これからは、私たちの分まであの方を大切にしてほしい。恩ではなく、絶対に裏切らない友達として、困ったときには支え、嬉しいことがあれば一緒に喜べる存在になってほしい。リリアーナ様を支える友達に」
「みんなの分までリリアーナ様を支える……」
その言葉を胸の中で繰り返す。
来年から同じ学園で過ごせる。朝に顔を合わせて、授業を受けて、昼には一緒に話せるかもしれない。今まで知らなかったリリアーナ様の姿を、もっとたくさん知ることができる。
そう思った瞬間、胸の奥から抑えきれない嬉しさが込み上げてきた。
「はい。私、リリアーナ様ともっと仲良くなりたいです」
母が笑う。
その声に釣られるように、父も笑った。
♢
その夜、部屋へ戻ったリーネは窓を開けた。
昼間なら聞こえていた職人たちの作業音はもうなく、領地は静かな夜に包まれている。それでも、今日の昼間に聞いた声が耳から離れなかった。
『これで子供に新しい服を買ってやれる』
『もっと良いものを作ろう』
『これからは変わるかもしれない』
リーネは窓辺に頬杖をつき、空を見上げる。
フェルナー領は、これから変わっていく。
その始まりにいるのは、自分が大切に思っている友達だった。
「リリアーナ様に会ったら、まず何を話そうかしら」
考えただけで、頬が緩む。
今日のことを全部話したい。
領民たちがどんな顔をしていたのか、父と母がどれほど喜んでいたのか、そして、自分がどれほど嬉しかったのか。
来年、同じ学園に行けば、今までよりずっと近くにいられる。そのときには、今度は自分がリリアーナ様の力になれるようになりたい。
「……来年が、楽しみです」
窓の外に広がるフェルナー領を眺めながら、リーネは笑った。
リーネ自身にも、新しい一年が始まろうとしていた。
読んでいただきありがとうございます(˶' ᵕ ' ˶)
明日の投稿はできないと思いますので、明後日投稿できるように楽しんで書こうとおもいますφ( ՞. ̫.՞)カキカキ
また次回も読んでください、ですわ!




