第76話 その者の名はーー
王宮の謁見室には、商務局と財務を担当する官僚たちが集まっていた。国王の前には、今回の調査で集められた資料が積まれている。
「今回の調査は、王都にある未登録の倉庫から始まりました」
商務局の担当者が報告を始めた。
「倉庫からは、フェルナー領の木工品を含む九十二点の商品が確認されています。搬入記録と帳簿を照合したところ、そのうち十二点について数量と書類番号は一致しているにもかかわらず、販売帳簿に記載がありませんでした」
国王は黙って聞いている。
「この十二点を追った結果、フェルナー領だけではなく、ベルクマン領、ローディア領にも同様の取引があることが分かりました。三つの領地はいずれも、グラーツ伯爵家と関係の深い商会へ契約価格で商品を売却しています。しかし、その商品は王都で契約価格より高く販売され、その差額の一部が関係商会を通じてグラーツ伯爵家へ戻されていました」
担当者が契約書と入金記録を並べる。
「契約書には差額を精算する条項があり、実際の入金も確認されています。この取引は、確認できる範囲で少なくとも五年以上前から続いていました」
国王の視線が、次の資料へ移る。
「さらに問題なのが、王宮への報告です。提出された報告書には実際の販売価格ではなく、領地との契約価格だけが記載されていました。グラーツ伯爵家は、販売価格を決めていたのは関係商会であり、自分たちは通常の取引を行っただけだと説明しています。しかし、その説明では差額の精算を受けていた事実と、契約書の内容を説明できません」
報告が終わる。
国王はしばらく資料を見つめていた。
「……グラーツ伯爵家の不正は明らかだな」
「はい」
「ならば、処分する」
国王が資料を閉じた。
「三つの領地に対して、不正に得た差額を返還させる。関係商会についても、不正に得た利益を返還させ、罰金を科す。グラーツ伯爵家に関係する新たな取引は、調査が終わるまで停止しろ」
官僚たちが頭を下げる。
「承知いたしました」
「それと、今回の取引に関わった者を調べる。契約を結んだ者、価格を決めた者、王宮への報告を承認した者。誰が指示し、誰がそれを知っていたのか、責任の所在まで明らかにしろ」
「かしこまりました」
「責任が明らかになれば、爵位を含めた処分についても改めて判断する」
そこで、グラーツ伯爵家への処分方針は決まった。
財務官の一人が新たな報告書を取り出す。
「国王陛下」
国王が視線を向ける。
「今回の調査について、最後に一つございます」
財務官が、報告書を差し出した。
「今回の発端となった倉庫、及び、十二点の不一致を最初に見つけ、その後の調査へつなげた者についてです」
国王が書類を見る。
財務官は続けた。
「帳簿だけではなく、搬入記録、搬出記録、倉庫の使用記録まで追い、今回の取引を明らかにする資料をまとめた者がおります。その者の名は――」
そこで、財務官の言葉が止まった。
謁見室が静まり返る。
やがて財務官が、ゆっくりと名前を告げる。
「第三文官執務室の、シード・キャメロン文官です」
「……シード・キャメロン」
国王が、その名を繰り返した。
その顔に、わずかな変化が浮かぶ。
「以前にも、聞いた名だな」
「はい」
商務局の担当者が頷く。
「あのヴェルデ商会が関与していた事件になります。誰も気が付かなかった違和感に気がつき、今回も同じでした」
国王は、シードの名前が記された報告書へ目を落とした。
(ルイスが口にしていた名か)
「優秀な文官なのだな」
その一言に込められたものを、官僚たちは感じ取っていた。
「そして今回は、アドラー侯爵家から調査を求められていた件にも結果を出したのだな」
「はい」
国王はしばらく黙った。そして、静かに報告書を閉じる。
「覚えておこう。今回の事も正式に記録しておけ」
(ヴェルデ商会が関与していた事件に続き、グラーツ伯爵家の不正を暴いた男か)
国王が立ち上がる。
「こういう者には、いずれ相応の仕事を任せればいい」
それだけを言い残し、国王は謁見室を後にした。
残された官僚たちは、しばらく口を開かなかった。
♢
とある場所。
白い机の上に、一冊の本が置かれている。頁がひとりでにめくれた。
「……また、変わった」
声の主が、頁を覗き込む。
そこには、いくつもの名前と出来事が記されていた。
その中に、見覚えのない名前がある。
「シード・キャメロン……?」
指先が止まった。
「こんな人、ここにいなかったはずなのに」
頁をめくる。
「シード・キャメロンだけじゃない。知らない出来事が増えている。知らない出会いまで……」
指先が、リリアーナの名前の上で止まった。
しばらく、本を見つめる。
「……リリアーナ・ヴァン・アドラー」
その名前の周りだけ、何かがおかしい。
本来なら繋がっているはずの未来が、途中からいくつにも枝分かれしている。
「悪役令嬢だったはずだけど……」
指先が、白くなった頁に触れる。
「未来が変わっている?」
ただ、白かったはずの頁に。新しい文字が浮かんだ。
『シード・キャメロン』
「……面白い」
その声には、隠しきれない好奇心が滲んでいた。
「もう少し、様子を見てみようか」
♢
「わたしは……」
震える声を、飲み込む。
そして。
「わたくしは!!」
私は、まっすぐ前を見た。
「アドラー公爵令嬢の、リリアーナ・ヴァン・アドラーですわ!」
「それ以外の何者でもありません!!」
目が開いた。
「……はぁっ」 私は勢いよく身体を起こした。
自分の部屋。
「……夢?」
胸に手を当てる。まだ、どくどくしている。
「なんだったのかしら……」
私はぼんやりと天井を見上げた。
「……変な夢でしたわ」
そう呟いた途端、なぜか頬が緩んだ。
「ふふっ」
理由は分からない。ただ、胸の奥に残っているものが、不思議と嫌ではなかった。
ベッドの中で、ぎゅっと拳を握る。
「今日も一日、頑張らなくてはいけませんわね!」
そう言って、リリアーナは勢いよくベッドから飛び出したのであった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
グラーツ伯爵家を巡る一件も、ようやく決着へ向かいました。あと数話で11歳編が終わり、12歳学園編の予定です。
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私が大喜びして、モチベーションも上がります笑
それではまた次回も読んでいただけたら嬉しいです!
次回《シード・キャメロンからの手紙》 ですわ!




