第72話 グラーツ商会の影②
数日後、第三文官執務室へ届けられたのは、分厚い書類の束だった。
商務局が用意した、例の商会に関する過去の契約書と販売記録である。その量を見たニールが、思わず息を吐いた。
「これ、全部見るのか?」
「必要なところだけで大丈夫だと思います。まずは契約の内容が今と同じなのか確認しましょう」
シードは書類を年代順に並べ始めた。
現在の契約書を基準に、古いものから販売先、価格、支払い方法を確認していく。最初の一年には特におかしなところは見つからなかったが、二年目の記録をめくったところで、シードの手が止まった。
「……ありました」
「何が?」
ニールが身を寄せる。
「指定商人への販売です。今と同じ条項があります」
室長も資料を受け取り、さらに古い契約書を開いていく。そこにも同じ取り決めが残っていた。
販売する相手を指定し、その代金の一部を別の商会へ支払う。年を遡っても、その仕組みは変わっていなかった。
「つまり、このやり方は最近始まったものじゃない」
「はい。少なくとも、この記録が残っている時期には、すでに続いています」
シードはさらに過去の資料を確認した。
三年前、四年前、五年前と遡っても、同じ商会の名前が何度も帳簿へ現れる。ニールは資料をめくる手を止めた。
「……ずっと同じじゃないか」
「ただ、これだけではまだ足りません」
シードは別の帳簿を開いた。
「販売価格です」
並べたのは、五年前の販売記録と入金記録だった。
契約書に記載された販売価格と実際に入った金額を照らし合わせると、やはり数字が違っている。
「五年前も同じです」
室長が眉を寄せる。
「差額は?」
「こちらへ支払われています」
シードが指した先には、現在もグラーツと取引している商会の名前があった。
「……変わっていないな」
「はい」
さらに六年前の資料を開いてみると、そこにも同じ仕組みが残っていた。
商品の販売価格は帳簿より高く、実際の入金額との差額はグラーツとつながる商会へ支払われている。
「六年前も……」
シードの手が止まった。
一度なら偶然かもしれない。二度なら、何か理由があるのかもしれない。
けれど、年を遡るほど同じ形が現れてくる。ここまで重なると、単なる記入方法の違いとは考えにくかった。
「キャメロン」
室長が低い声で呼ぶ。
「はい」
「この商会だけじゃないな」
シードは別の領地の資料を開いた。
布製品の記録を確認し、その次に革製品の記録を重ねる。さらに木工品の資料も並べると、三つの領地すべてに似たような差額が残っていた。
領地も商品も取引相手も違う。それでも、最後に金が向かう先だけは同じだった。
「……三つの領地で、同じです」
シードは帳簿を見つめた。
「少なくとも、フェルナー領だけの問題ではありません」
室長は腕を組んだ。
「これだけ長く続いているなら、単なる帳簿の間違いとは考えにくいな」
「僕も、そう思います」
それでも、シードは結論を急がなかった。
実際に誰が指示したのか。なぜ販売価格を低く記録しているのか。そして、差額を受け取った商会が最終的に誰へ金を渡しているのか。
そこがまだ分かっていない。
「もう一段、確認したいです」
「何を?」
「実際の販売価格と、領地側が受け取った金額です」
シードはフェルナー領の資料を手に取った。
「もしフェルナー領が受け取った金額が契約書に書かれた価格と同じなら、その差額がどこから生まれているのか分かります」
「なるほど」
室長が頷く。
シードは商務局へ追加の照会を出した。
その日の夕方、返ってきた資料には、フェルナー領と商会との間で交わされた支払い記録が含まれていた。
シードは数字を一つずつ確認し、やがて顔を上げた。
「……やっぱりです」
「どうした?」
「フェルナー領が受け取っているのは、契約書に書かれている金額と同じです」
ニールが帳簿を覗き込んだ。
「じゃあ、実際にはもっと高く売っているのに、フェルナー側にはその分が渡っていない?」
「はい」
そこで、今までの数字が一本につながった。
領地は商品を決められた価格で売る。その商品は別の商会を通して、さらに高い価格で販売される。ところが、その差額は領地へ戻らず、グラーツと長く取引している商会へ流れている。
「……これは」
ニールが言葉を失った。
シードも帳簿から目を離せなかった。
目の前の数字は、単なる記入ミスでは説明できない。それでも、誰がこの仕組みを作ったのかまでは、まだ帳簿だけでは分からなかった。
「室長、ここまでの資料を商務局へまとめて送ってもいいでしょうか?」
「いや。この段階なら、先にこちらで整理しよう。何が確定していて、何が推測なのかを分けておく必要がある」
「承知しました」
シードは頷き、もう一度資料を確認した。
フェルナー領が契約書通りの価格しか受け取っていないこと。商品の販売価格と帳簿上の価格が違っていること。その差額がグラーツとつながる商会へ流れていること。そして、それが少なくとも六年前から続いていること。
ここまでは、記録によって確認できる。
だが、その仕組みを誰が作り、何のために続けているのか。そこだけが、まだ見えない。
「……あと一つ、確認したいことがあります」
シードが顔を上げると、室長が視線を向けた。
「何だ?」
「この商会が、グラーツ伯爵家と直接どんな契約を結んでいるのかです。ここまで同じ形が続いているなら、そこまで確認しておきたいです」
室長はしばらくシードを見たあと、頷いた。
「分かった。照会してみよう」
最初は、帳簿に残っていなかった十二点の木工品だった。
それを追いかけた先で、三つの領地が同じ仕組みに巻き込まれていることが見えてきた。そして今度は、その仕組みの中心にいる商会とグラーツ伯爵家の関係を確かめることになる。
まだ、グラーツ伯爵家を罪に問うことはできない。
けれど、ここまで証拠が重なれば、もう見過ごすこともできなかった。
シードは追加の照会書を手に取り、グラーツ伯爵家との契約記録を求めるため、必要な資料を書き込んでいった。
このての話があと数話続きます、楽しくないかもしれませんが、どうかよろしくお願いいたします(>人<;)




