第71話 グラーツ商会の影①
翌朝、第三文官執務室へ入ったシードは、昨日の資料を机いっぱいに広げた。
フェルナー領から運ばれた木工品。そのうち未登録倉庫を経由した九十二点を、グラーツ伯爵家の売上帳と照合する。
すると、十二点だけが記録から抜けていた。数量も日付も書類番号も合っている。倉庫へ運ばれた記録も残っているのに、売上帳だけに載っていない。
「……やっぱり、ここが気になります」
シードは十二点の搬出記録を追った。商品が倉庫へ入ったところまでは分かっている。ならば、その先で誰に売られ、誰から代金を受け取ったのか。そこまで追わなければ、十二点が帳簿から消えた理由は分からない。
「キャメロン、まだ昨日の資料を見ているのか?」
「はい。搬出先の商会までは確認できましたが、その先の取引が合わないんです」
シードは資料を差し出した。室長も机の横へ来て、紙面を覗き込む。
「この商会、他の領地とも取引しているのか」
「はい。こちらは布製品、こちらは革製品です。仕入れ先も商品も違いますが、三つの領地から同じ商会へ商品が流れています」
シードは三つの記録を並べた。王都で大きな商会が複数の領地から商品を仕入れること自体は珍しくない。それだけなら、問題があるとは言えない。
けれど、その商会の取引先まで追ったところで、シードの手が止まった。
「ただ、この先を見てください。この商会が代金を支払っている相手を追うと、グラーツと長く取引している商会へつながります」
室長の視線が資料の上を走った。
「……同じところへ戻ってくるな」
シードも頷いた。
「フェルナー領だけなら偶然とも考えられます。でも、布製品と革製品にも同じ形があります」
そのとき、隣で資料を整理していたニールが顔を上げた。
「ちょっと待ってくれ。俺が見ていた革製品も同じ商会だったぞ」
ニールが帳簿を持ってくる。シードは三つの記録を並べ直した。
仕入れ先も販売先も違う。それなのに、代金を追っていくと同じ商会へつながっている。
「……どうして、でしょう」
「何がだ?」
「商品を買った相手と、代金を支払った相手が違います」
シードは帳簿を指でなぞった。
「仲介取引なら説明できます。でも、三つとも同じ商会につながっている。しかも、その商会がグラーツと長く取引しているとなると、契約の内容を確認したほうがいいと思います」
室長はしばらく資料を見つめたあと、口を開いた。
「商務局へ照会を出してみよう」
「お願いします」
室長が照会書を作る間も、シードは別の記録を確認した。同じ商会が過去にどの領地と取引していたのかを調べ、さらに代金の流れを追っていく。
昼過ぎ、商務局から返事が届いた。室長から渡された契約書を開いたシードは、数枚めくったところで指を止める。
「……指定商人への販売」
「何かあったのか?」
ニールが顔を上げる。シードは契約書の一文を指で示した。
「この商会は、商品を預かっていただけではないようです。仕入れた商品を、指定された商人へ販売することまで契約に書かれています」
室長も別の契約書を開いた。
「こっちにもあるぞ」
「……こちらも同じです」
フェルナー領とは別の領地の契約書だった。さらに革製品の契約書にも同じ条項がある。
商品も領地も違う。それなのに、販売先を指定する仕組みだけが同じだった。
シードは販売記録を契約書の数字と照らし合わせた。そこで、また一つの違和感に気づく。
「……販売価格が違います」
「何?」
「契約書では、この金額で販売したことになっています。でも、実際の入金額はもっと高いです」
室長とニールが帳簿を覗き込む。
記入ミスではない。日付も支払先も一致している。ただ、販売記録に残っている金額と、実際に動いた金額だけが違っていた。
シードはさらに入金記録を追った。すると、その差額の一部が、先ほどから何度も名前の出ている商会へ支払われていることが分かった。
その商会はグラーツ伯爵家と長く取引している。
グラーツへ直接金が入っているわけではない。それでも、別々の領地の商品から生じた差額が、同じグラーツ関連商会へ集まっている。
「……室長。これも、偶然でしょうか」
室長は答えず、帳簿を見つめた。
フェルナー領の木工品だけなら、まだ偶然だと言える。だが、布製品にも革製品にも同じ形がある。
販売価格を低く記録し、実際にはそれより高い金額を受け取る。そして、その差額の一部が同じグラーツ関連商会へ流れている。
「まだ断定はするな」
「はい」
シードは頷いた。
「この取引がいつから続いているのか、確認したいです。今回だけなら別の理由があるかもしれません。でも、過去の記録にも同じ形が残っているなら、話が変わります」
室長は契約書を閉じた。
「商務局へ過去の記録も出してもらおう。少なくとも数年分は必要だな」
「ありがとうございます」
シードが頭を下げると、ニールが資料を見ながら苦笑した。
「キャメロン。お前、またやっかいなことに首をつっこんだかもしれないぞ」
「そうかもしれませんね、まさか気になったことを調べただけだったのに」
「それが、ここまでつながるとはな」
シードは少し困ったように笑った。
「僕も、ここまで同じ形が出てくるとは思っていませんでした。ただ、帳簿に残っていない理由を確認していたら、こうなりました」
ニールは返事をせず、三つの領地の資料を見比べた。
シードの頭には、フェルナー領で聞いた話が浮かんでいた。
材料費が上がっているのに、買い取り価格はほとんど変わっていない。それでも領民たちは商品を作り続けている。
王都へ運ばれた木工品は、いったいどんな値段で売られていたのだろう。
「……もっと古い記録を見れば、分かるかもしれません」
シードは新しい照会書へ目を落とした。
まだ、グラーツ伯爵家が何をしているのかは分からない。ただ、最初は帳簿の片隅にあった十二点の不一致が、別の領地へ、別の商品へ、そして契約書と金の流れへつながった。
次に調べるのは、現在の取引だけではない。
この仕組みが、いつから始まったのか。
その答えを知るために、シードは過去の帳簿を取り寄せるための追加照会書へ手を伸ばした。
ちょっと分かりにくいかもしれませんが、なるべく、わかりやすくできるよう努力します( > <꧞)




