第69話 アルベルトとヴィクトル
「ヴィクトル。フェルナーの商品を、アドラー商会で買おう」
アルベルトがそう告げると、ヴィクトルは机の書類から顔を上げた。
「現在の商人より高い値で、ということでしょうか」
「ああ。王都の卸値は確認できた。輸送費と保管費を引いても、うちの販路なら利益が残るはずだ。商会に正式な試算を出させてくれ」
「承知しました。フェルナー男爵家への提示額も、合わせて用意させます」
ヴィクトルが手帳を開く。アルベルトは机に広げた商品一覧を指で押さえた。
「独占契約にはしないでくれ。ほかに売り先ができたら、フェルナーは自由に選べるように。それと、材料費が上がった時は買い取り額を話し合う条項も入れたい」
「商会側にも利益が残る条件でまとめます」
「頼むよ。助けたいからって、赤字の商売を始めるわけにはいかないからね」
「旦那様なら、そう仰ると思っておりました」
ヴィクトルが笑う。アルベルトも笑い返したが、フェルナー男爵家の名が書かれた紙を見ると、表情を和らげた。
「……これなら、リリアーナのお願いも叶えられそうだ」
「お嬢様には、商会の話を?」
「まだだよ。男爵家が条件を見て、受けると決めてからにする」
アルベルトはあの日のことを思い出した。リーネの隣で、リリアーナは自分がこれから欲しがるものを全部我慢してもいいと言った。
「昔はね、仕事中に『お父様、お願いですわ』って来てくれたんだ。庭へ行こうとか、一緒にお菓子を食べようとか。可愛かったなあ」
「そのたびに、旦那様は仕事を中断なさっていましたからね」
「あの時は君がいてくれて助かったよ」
「今も、助けておりますが」
「もちろん。いつもありがとう」
ヴィクトルが肩を揺らすと、アルベルトは机の端に置かれた娘の手紙へ目を向けた。
「最近は、あの子からお願いされることも減ったんだ。それが久しぶりに頼ってくれたと思ったら、自分のためじゃなかった」
「リーネ様と、フェルナー領のためでしたね」
「ああ。自分の欲しいものを全部諦めてもいいなんて言うんだよ。……あの子自身が助けてほしいと言っているみたいで、心にきたよ」
アルベルトは手紙を手に取り、折り目を指でなぞった。
「ここで動かなければ、父親失格さ」
ヴィクトルは、幼いリリアーナが父の袖を引いていた姿を覚えている。今度は友達の手を離したくなくて、父を頼ったのだ。
「旦那様。商会への指示は、私がすぐに出します」
「ありがとう。利益が出る商売なんだ。遠慮なく、いい条件を持っていこう」
「はい。フェルナー男爵家にも、施しではなく取引としてお話しできます」
「それがいい。あちらにも、これから自分たちで売り先を選んでほしいからね」
ヴィクトルが立ち上がり、扉へ向かう。アルベルトは呼び止めて、もう一つ頼んだ。
「取引が始まったら、この事業の利益は別に記録しておいてくれ。商会が働いた分は当然商会のものだ。そのうえで、リリアーナの取り分を設けたい」
「お嬢様の取り分を、ですか」
「あの子は商売を探しに行ったわけじゃない。でも、リーネ嬢と友達になって、フェルナーへ行って、私に話してくれた。だから見つかった商売だろう?」
「……ええ。お嬢様がいらっしゃらなければ、始まらなかったお話です」
「いつか自分で使い道を決められるようになったら、渡してやりたいんだ」
ヴィクトルは手帳に書き加えた。
「では、まずは商談を成立させましょう」
「ああ。リリアーナには、ちゃんと決まってから知らせたい」
「きっとお喜びになりますね」
ヴィクトルが言うと、アルベルトは頷いた。
「そうだといいな。あの子、フェルナーから帰ってきてからも、リーネ嬢のことを気にしていたからね」
「では、早くよいお返事をいただけるよう、商会へ話を通してまいります」
「頼むよ。リリアーナには、決まってから私の口で伝えたいんだ」
ヴィクトルが一礼して扉へ向かう。アルベルトはフェルナー男爵家宛ての便箋を引き寄せ、最初の一行を書き始めた。
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