第68話 同じ場所へ集まる商品
翌日の午後、アルベルトの執務室へヴィクトルが一枚の書類を持ってきた。
「旦那様。昨日の住所について確認が取れました」
「早かったな。それで、誰の建物だった?」
アルベルトは読んでいた書類を閉じ、向かいの椅子を示した。
「名義上の所有者は、ハロルド・ケインという商人です。ただ、ケインは六年前に店を畳んでおり、現在は所有する建物を貸して生活しているようです」
「グラーツ伯爵家の所有ではないのか」
「はい」
ヴィクトルが持ってきた書類を机へ置く。そこには建物の所在地と所有者、それから過去数年の貸し出し先がまとめられていた。
アルベルトは上から順に目を通し、一つの名前で指を止めた。
「借りているのは……この商会か」
「はい。グラーツ伯爵家と長く取引している商会の一つです。フェルナー男爵家から商品を買い付けている商人とは別ですが、双方に取引があります」
「なるほど」
アルベルトは椅子へ深く座り直した。
フェルナー領から商品を買う商人。その商品が、申請されていない住所へ運ばれる。建物を借りているのは別の商会だが、どちらもグラーツ伯爵家と繋がっている。
線は見えてきた。けれど、それだけで不正と決めるには早い。
「この建物を倉庫として使っていること自体に問題は?」
「商品を継続して保管する倉庫として使用しているのであれば、届け出が必要です。ただ、先方が一時的な荷の受け渡し場所だと主張する可能性はあります」
「実際にどう使っているかを確認しないと判断できないか」
「はい」
アルベルトは書類を指先で二度叩いた。
「なら、そこを調べよう。出入りしている荷と商人、それから建物を借り始めた時期も確認してくれ。ただし、向こうに気づかれるようなことはするなよ。今の段階では、不正をしていると決まったわけじゃない」
「承知しました。それと、もう一つございます」
ヴィクトルが別の紙を取り出した。
「先日確認した三領のうち、二領から取引記録の写しが届きました。どちらも同じ商人と五年以上取引を続けています」
アルベルトは差し出された紙を受け取り、材料費、買い取り価格、取引量の順に目を通した。
フェルナー家で見たものとよく似ている。
「こちらも値段が上がっていないな」
「はい。片方の領地は四年前に値上げを求めていますが、断られています」
「理由は?」
「売れ行きが悪い、と」
アルベルトの指が止まった。
「売れ行きが悪い?」
「記録にはそう残っています」
売れ行きが悪いから、買い取り価格を上げられない。それだけなら、おかしくはない。
アルベルトは机の上に二つの資料を並べた。
「ヴィクトル。この領地から買い取った商品も、例の住所へ運ばれていたな?」
「王宮から届いた報告では、一部が同じ住所へ運ばれています」
「買い取り量は?」
「減っておりません」
「……そうか」
売れないから値段を上げられない。
けれど、買い取る量は減っていない。その商品は、申請されていない同じ場所へ運ばれている。
アルベルトは二枚の書類を重ねた。
「調べるべきことが、はっきりしてきたな」
「はい」
「売れ行きが悪いという説明が事実だったのか。それから、あの建物へ集めた商品をどうしていたのか。両方確認してくれ」
「承知しました」
ヴィクトルが資料を揃えて立ち上がる。
まだ答えは出ていない。
けれど、次に見るべき場所は決まった。
♢
その頃、リリアーナは自室の机に向かっていた。
目の前にあるのは、リーネから届いたばかりの手紙。
『リリアーナ様へ。
先日は本当にありがとうございました。
工房のみんなが、リリアーナ様が椅子をとても気に入ってくださったことを喜んでいます。
それから、新しく好きなものを見つけました。
今度お会いした時に、お話ししたいです。』
「新しく好きなもの……!」
リリアーナは手紙を両手で持ち上げた。
「マリー! リーネ様が見つけてくださいましたわ!」
「はい。書いてありますね」
隣で衣類を畳んでいたマリーが笑う。
「何でしょう。お菓子かしら。それとも、また工房の何かでしょうか」
「次にお会いした時までのお楽しみでは?」
「そうですけれど、気になりますわ!」
聞きたい。
今すぐ聞きたい。
でも、次に会った時に話したいと書いてある。
リリアーナは手紙をもう一度最初から読み、最後の一文でまた頬を緩めた。
あの日、自分はリーネ様に言った。次に会う時は、困ったからではなく、会いたいから来てほしい。
「お返事を書きますわ!」
「今からですか?」
「もちろんです!」
リリアーナは便箋を取り出し、ペンを握った。
何から書こうか迷う。フェルナー領から帰ってきてからのこと。家族のこと。
それから。
(あっ!)
ペン先が勢いよく動き始める。
『リーネ様へ。
お手紙ありがとうございます。
新しく好きなものを見つけたと読んで、とっても嬉しくなりました。次にお会いした時、絶対に教えてくださいませ!
それから、フェルナー領で買った焼き菓子をシード様にもお渡ししましたの。
美味しいと仰っていましたわ!』
そこまで書いて、リリアーナは満足げに頷いた。
「完璧ですわ」
「まだ三行ほどしか書いていませんよ、お嬢様」
「一番大切なことは書けましたもの!」
マリーが堪えきれずに笑った。
リリアーナは気にせず、その下へ続きを書き足す。
『次にお会いしたら、今度はわたくしの好きなものもたくさんご紹介しますわ!』
王宮。
本屋。
お気に入りのお菓子のお店もいい。
リーネが喜びそうな場所を思いつくたび、便箋の端へ小さく書き足していく。
「本屋でしょう? それから、お菓子のお店と……王宮にもご案内したいですわね。あっ、マリー。この前のお店も!」
「お嬢様」
「はい?」
「それ、お手紙ですよね?」
リリアーナは便箋を見下ろした。
手紙だったはずの紙には、いつの間にか次にリーネと行きたい場所までびっしり書き込まれている。
「……もう一枚使えば問題ありませんわね!」
マリーの笑い声を聞きながら、リリアーナは新しい便箋へ手を伸ばした。
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