第66話 存在しない倉庫
午後、商務局から届いた返事を読んでいた室長が、途中で眉を寄せた。
「キャメロン。ちょっと来い」
「はい」
シードが席を立つ。室長は手紙を机へ置き、午前中に並べていた倉庫使用申請を引っ張り出した。
「お前が確認したがってた運搬記録な。商務局にも同じ疑問があったらしい」
「同じ疑問ですか?」
「ああ。グラーツ伯爵家の関係商会について、仕入れた後の商品がどこへ行っているのか確認したいそうだ。今回うちへ照合を頼んできたのも、それが理由らしい」
室長が返事の下半分を指で叩く。
「追加の記録を回してくれる。ただし量が多い。倉庫からの搬出だけじゃなく、王都の門を通った荷の記録も一緒に確認してほしいとさ」
「分かりました」
「……お前、嬉しそうだな」
「そう見えますか?」
「見える。仕事が増えたんだぞ」
シードは自分の机に残っている書類を見た。
「確認できるなら、その方がいいです」
「そういうところだよ」
室長が肩を落とした。
夕方になると、今度は小さな書類箱が一つ届いた。
倉庫から商品を出した記録と、王都の各門を通過した荷の記録。シードは午前中に確認した搬入記録を左側へ置き、日付の近いものから順番に並べていく。
「これ、全部繋げるのか?」
ニールが隣から覗き込んだ。
「まずはフェルナー領から入った分を見ます」
「なんでそこから?」
シードの指が止まった。
数日前、リリアーナ様がフェルナー領の話をしてくださった。
工房で作られていた椅子のこと。友人に案内してもらった広場のこと。そして、嬉しそうに差し出してくださった焼き菓子。
『リーネ様のお気に入りなんですの』
あの時の笑顔まで浮かんだ。
「……最初に目についたので」
「そうか?」
「はい」
ニールは首を傾げたが、それ以上は聞かなかった。
シードは搬入記録を一枚取った。
木製品、百二十七点。倉庫への搬入日は六日前。その日から順に搬出記録を確認する。
翌日、三十点。同日午後、二十点。二日後、十五点。
「出てるな」
「はい」
ニールの言う通り、商品は倉庫から出ていた。これなら倉庫の大きさと搬入量が合わなくても不思議ではない。
シードは残りの記録も確認した。
三十、二十、十五。その後にも二回。
合計する。
「……九十二」
「入ったのはいくつだ?」
「百二十七です」
「残り三十五なら、倉庫に置いてあるんじゃないか?」
「その可能性はあります」
シードは確認済みの印をつけようとして、隣に置いた別の紙を見た。
王都の門を通った荷の記録。
倉庫から出た九十二点のうち、王都の外へ運ばれたものがあるなら、ここにも残っているはずだ。日付と商会名を追っていく。
「あったか?」
「同じ商会の荷はあります」
「じゃあ合ってるんじゃないか?」
「品目が違います」
シードは一枚を抜き出した。
商会名は同じ。日付も搬出日の翌日。だが、門を通った荷として記録されているのは布製品だった。
「木製品は?」
「ありません」
「王都の中で売ったとか」
「それなら問題ありません」
シードは別の搬出記録を取った。
搬出先の欄には商会名だけが書かれている。次も同じ。その次も。
「……全部同じですね」
「何が?」
「搬出先です。この商会の別倉庫へ移したことになっています」
「なら、その倉庫を見ればいいんじゃないか?」
「はい」
シードは倉庫使用申請を取った。
グラーツ伯爵家の関係商会が申請している倉庫は三つ。西区、南区、そして東区。
搬出先に記載されている住所と照らし合わせる。
シードの手が止まった。
「ありません」
「え?」
「この住所の倉庫です」
もう一度、三年分の申請を見る。
どこにもない。
ニールも横から住所を確認し、申請書を一枚ずつめくった。
「本当にないな」
「はい」
「申請を忘れてるだけじゃないのか?」
「その可能性もあります」
だから、まだ決めつけられない。
シードは該当する搬出記録だけを抜き、日付順に並べた。一枚ではない。二枚、三枚。同じ住所が何度も出てくる。
「室長」
「今度は何を見つけた」
「確認をお願いします」
室長が立ち上がり、シードの机まで来た。
シードは搬入、搬出、倉庫申請の三種類を順番に示す。
「フェルナー領から運ばれた木製品は、この倉庫へ入っています。その後、一部は別の倉庫へ移した記録があります」
「それで?」
「移動先として書かれている住所が、倉庫使用申請にありません」
室長の顔から、さっきまでの疲れた表情が消えた。
「何回ある?」
「今確認した範囲で三回です」
「ほかの領地から入った商品は?」
「まだ見ていません」
室長は書類を見たまま考え、ニールの机に置かれていた束へ目を向けた。
「キャメロン。そっちも確認してくれ。ただし、ここから先は書類を抜くな。見つけたものは全部そのまま残して、別紙に番号だけ控えろ」
「分かりました」
「ニール、お前も手伝え」
「はい!」
二人が席へ戻る。
今度はフェルナー領だけではない。同じ商人が商品を買い付けていた、別の領地の記録。
シードが一枚目を開いた。
搬入先、搬出日、移動先。
指が止まる。
「……室長」
「今度はなんだ!」
「同じ住所があります」
室長が椅子から立ち上がった。
シードはその住所を見つめた。
フェルナー領から運ばれた木工品。別の領地から運ばれた布製品。どちらも記録の上では、王都に申請されていない同じ場所へ運び込まれている。
室長は二枚の書類を手に取った。
「これ以上は、うちだけで触る話じゃないな」
「商務局へ?」
「ああ。向こうに返す。必要なら監査室も動くだろう」
シードは頷き、書類番号を別紙へ書き込んだ。その横には、まだ確認していない記録が残っている。
「キャメロン」
「はい」
「今日はそこまでにしろ」
シードが顔を上げた。
「まだ確認できますが」
「できるかどうかじゃない。ここから先は、商務局の返事を待ってからだ」
「……分かりました」
シードは万年筆へ蓋をした。
仕事が途中で止まるのは落ち着かない。それでも、勝手に進めていいものではないことも分かっている。
机の上の書類を順番通りに揃えていると、フェルナー領の文字がもう一度目に入った。数日前、友人ができたことを嬉しそうに話してくださったリリアーナ様の顔が浮かぶ。
シードは書類の端を揃え、箱へ戻した。
次にリリアーナ様がいらっしゃる時も、あんなふうに笑っていられればいい。
そう思いながら、最後の一束を箱へ収めた。




