第64話 グラーツ伯爵家
フェルナー領から戻って数日。
夕食を終えたリリアーナが部屋で本を読んでいると、扉を叩く音がした。
「リリアーナ。まだ起きているか?」
「お父様?」
返事をすると、アルベルトが何枚かの書類を持って入ってきた。
「少し話をしてもいいかな」
「もちろんですわ!」
リリアーナは本を閉じた。
アルベルトが向かいの椅子へ座る。その手にある書類を見て、すぐに思い当たった。
「グラーツ伯爵家のことですの?」
「ああ。少し分かったことがある」
リリアーナは座り直した。フェルナー領から帰る前、アルベルトはグラーツ伯爵家と、その商人について調べると言ってくれた。
リーネと約束したからといって、すぐに全部が解決するわけではない。それでも、何か分かったら知りたかった。
「まず、あの商人が商品を買い付けているのは、フェルナー領だけではなかった」
「ほかの領地からも?」
「ああ。確認できただけで三つある。木工品や布製品、革製品を扱っている小さな領地だ」
アルベルトが書類を一枚、リリアーナの前へ置いた。
「取引の仕方も似ている。長く同じ商人へ商品を売っていて、まとめて大量に買い取ってもらっている。そして、材料費が上がっても買い取り価格はほとんど変わっていない」
「フェルナー家と同じですわ」
「ああ」
リリアーナは書類へ目を落とした。数字だけでは、その領地がどんな場所なのかは分からない。
けれど、フェルナー領なら知っている。
工房で働いていた人たちも、広場に並んでいた商品も見た。もし同じことが、ほかの場所でも起きているのなら。
「その方々も、ほかに売るところがないんですの?」
「一つの領地には確認が取れた。グラーツ伯爵家との取引をやめれば、かなりの商品が売れずに残るそうだ」
「……だから、安くても売るしかない」
「そういうことになるね」
やっぱり似ている。フェルナー家だけが、たまたま不利な取引をしていたわけではないのかもしれない。
「お父様。グラーツ伯爵家は、そんなにたくさん買ったものをどうしているんですの?」
「それを今、調べている」
アルベルトが別の紙を取り出した。
「王都にはグラーツ伯爵家と関係のある商会がいくつかある。だが、確認できた範囲では、仕入れている量と売っている量が合わない」
「合わない?」
「フェルナー領たちから買っている量の方が多いんだ」
リリアーナは首を傾げた。
「残った商品は、どこへ行ったんですの?」
「分からない」
「消えてしまったんですの?」
「そうと決まったわけではないよ」
アルベルトが穏やかに言った。
「別の商会へ売っているのかもしれない。王都以外へ運んでいる可能性もある。今見えている記録だけで、何か悪いことをしていると決めることはできない」
「あ……」
リリアーナは口を閉じた。
原作ではフェルナー家が困っていた。だから、グラーツ伯爵家がその原因なのだと思いかけていた。
けれど、自分が知っているのは未来の結果だけ。
「ちゃんと調べないといけませんのね」
「ああ。分からないことを、分からないまま決めつけてはいけない」
「はい」
リリアーナは頷いた。
「では、どうやって調べるんですの?」
「王宮に残っている記録も確認できればいいんだが」
「王宮?」
「これだけの商品を毎年動かしているなら、運搬や税に関係する記録が残っている可能性がある。侯爵家だけで調べられる範囲にも限界があるからね」
「なるほど……」
王宮には、国中からたくさんの書類が集まる。
リリアーナが普段見ている第三文官執務室にだって、毎日山ほどの書類が運び込まれている。
(……書類)
机に向かい、万年筆を動かす細い指。
一度見た書類の内容まで覚えてしまう人物。
(もしかして、シード様も見たことがあったりして……)
あり得ない話ではない。
でも王宮には文官がたくさんいる。第三文官執務室だけでも、シード一人ではない。
(いえいえ。何でもシード様へ繋げるのはよくありませんわ)
「リリアーナ?」
「はい!」
「どうした?」
「何でもありませんわ!」
アルベルトが不思議そうに娘を見る。
リリアーナは何事もなかったように書類へ視線を戻した。
「王宮の記録を確認すれば、どこへ運ばれたのか分かるかもしれないんですのね?」
「可能性はある。ただ、何年分もあるから、すぐには分からないだろう」
「それでも、どうにかして調べてくださるんですよね?」
「ああ。約束したからね」
その言葉に、リリアーナは笑った。
「ありがとうございます、お父様」
「まだ礼を言うのは早いよ。何も見つからないかもしれない」
「それでもですわ。リーネ様が困ってしまう前に、できることをしてくださっているだけで嬉しいんです」
アルベルトは娘を見てから、書類を揃えた。
「いい友達ができたようだね」
「はい!」
今度はすぐに答えられた。
リーネから次の手紙が届いたら、何が書かれているだろう。また好きなものを見つけてくれているかもしれない。
その時までに、こちらも何か一つでも進んでいてほしい。
「お父様」
「なんだい?」
「何か分かったら、また教えてくださいませ」
「ああ。もちろんだ」
アルベルトが部屋を出たあと、リリアーナは閉じていた本を開いた。
けれど、なかなか文字が頭に入ってこない。
(王宮の記録、ですか……)
誰が見るのかは分からないし、どの部署へ回るのかも知らない。それでも、どうしても一人だけ浮かんでしまう。
(もしシード様のお仕事に関係する書類だったら……)
そこまで考えて、リリアーナは本で口元を隠した。
シード様なら、何に気づくのだろう。そんなことを考えてしまう自分に気づいて、リリアーナは一人で笑った。
この作品が「明日も続きを読もう」と思えるような、日々の楽しみのひとつになれたら嬉しいです!
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次回《書類の中のフェルナー》ですわ!




