第60話 フェルナー領のお買い物
工房を出ると、リーネ様が次に案内してくれたのは、領主館へ戻る道から外れたところにある広場だった。
「こちらにも、見ていただきたいものがたくさんあるんです」
木工品や布製品を扱う店が集まっているらしい。工房で見た椅子とは違い、普段の暮らしで使う小物が多いと聞けば、行かない理由なんてない。
マリーにも一緒に来てもらい、三人で広場へ向かう。
「工房で作られた小箱や櫛もありますし、向こうのお店には刺繍の小物があります。あちらは焼き菓子のお店で……」
広場へ入ると、右を見ても左を見ても店がある。軒先に木工品を並べた店、その隣には色とりどりの布が揺れていて、さらに向こうからは甘い匂いまで流れてくる。
困った。全部気になる。
「リーネ様、順番に全部見てもよろしいですか?」
「はい! わたしも、たくさん見ていただきたいです」
最初に入った店には、小箱や櫛、髪留め、手鏡などが並んでいた。
同じ木で作られていても、木目の出方が違う。花や鳥が彫られているものもあれば、形を生かして磨いただけのものもあり、眺めているだけでも楽しい。
その中で、淡い木に白い花を彫った髪留めが目に留まった。
「可愛い……」
手に取ってみると、花びらの一枚一枚まで丁寧に彫られている。
自分が使うなら、もう少し色の濃い木も似合いそうだ。そう考えていたところで、隣にいるマリーの髪が目に入った。
赤みを帯びた栗色。
絶対にこちらの方が似合う。
「マリー、こちらへ来てくださいませ」
「はい、お嬢様」
髪留めをマリーの髪へ合わせてみると、淡い木の色が綺麗に映えた。
「やっぱり。こちらをいただきますわ」
「お嬢様がお使いになるのでは?」
「マリーの方が似合いましたもの」
自分用を探していたはずなのに、いつの間にかマリーのものを選んでいた。でも、これを見つけてしまったのだから仕方がない。
店の女性に包んでもらい、マリーへ渡す。
「ありがとうございます。大切に使わせていただきます」
「マリーに似合って、絶対に可愛いですわ!」
マリーの髪に合わせたところをもう一度想像していると、リーネ様が柔らかく笑っていた。
「リリアーナ様は、本当にマリーさんがお好きなんですね」
「ええ。大好きですわ!」
けれど、今日はマリーのものばかり見ている場合ではない。せっかくリーネ様が案内してくださっているのだから、リーネ様のことももっと知りたい。
次に入った店には、刺繍の入った布小物が並んでいた。
花や木の実を刺した袋、ハンカチ、細い布飾り。同じ花でも糸の色や形が違っていて、作った人の好みまで出るのかもしれない。
「リーネ様は、どちらがお好きですの?」
リリアーナが尋ねると、リーネ様は棚の中から白い花を刺した小さな袋を選んだ。
「こういうものが好きです。わたし白い花が好きなんです」
白い花。
「では、わたくしはこちらをいただきます」
「その袋ですか?」
「ええ。リーネ様がお好きな白いお花でしょう?」
今日ここへ来たことを思い出せるものが一つ欲しかった。リーネ様の好きな花なら、ちょうどいい。
包んでもらった袋を受け取ると、リーネ様が嬉しそうにそれを見ている。
手紙だけでは知らなかったことが、今日だけでどんどん増えていく。
白い花が好きなこと。工房だけではなく、この辺りの店にもよく来ること。
もっと知りたい。
店を出たところで、今度は甘い香りが鼻をくすぐった。
振り向けば、籠いっぱいに焼き菓子を並べた店がある。
「リーネ様。あちらは?」
「焼き菓子のお店です」
「おすすめはありますの?」
「あります!」
今まで以上に声が弾んでいる。
店先へ行くと、丸い焼き菓子や細長いもの、砂糖をまぶしたものまで並んでいる。
リーネ様が選んだのは、砕いた木の実を練り込んだ丸い焼き菓子だった。
「わたしは、これが一番好きです」
「では三つくださいませ」
自分とリーネ様とマリーの分を買い、広場の端でいただくことにする。
表面はさっくりしているのに、中は柔らかい。噛むたびに木の実の香りが広がった。
「美味しいですわ!」
「本当ですか?」
「ええ。帰る前にもう一つ買います」
リーネ様の顔がぱっと明るくなった。
自分の好きなものを気に入ってもらえるのが嬉しいのだろう。
リリアーナも嬉しかった。
今日だけで、リーネ様の好きなものをいくつも知れた。工房に白い花、この焼き菓子。ほかにもあるなら、もっと知りたい。
「広場の奥にもお店がありますよ」
「ぜひ見たいですわ」
焼き菓子を食べ終えてから、三人で奥へ向かった。
木彫りの動物を並べた店では、リーネ様と一緒に小さな鳥を見比べた。布製品の店では、マリーが珍しい編み方の袋を見つける。
王都なら、もっと大きくて立派な店はいくらでもある。
でも、ここにはリーネ様がいる。
「あちらは昔からあるお店です」
「この小箱は、さっきの工房の方が作ったものですよ」
そう教えてもらうたびに、ただ並んでいるだけだった品物が、少しずつ身近になっていく。
工房だけ見て帰らなくてよかった。
木彫りの小鳥を棚へ戻したところで、広場の入口から大きな荷車が入ってきた。
一台、その後ろにもう一台。
店の人たちも荷車に気づき、何人かが表へ出ていく。
「大きな荷車ですわね」
「いつもの商人の方だと思います」
「いつもの?」
「はい。フェルナー家と昔からお付き合いがある方です。領内で作ったものを、まとめて買ってくださるんですよ」
リーネ様にとっては見慣れた光景らしい。
荷車から降りてきた男も、店の主人たちと親しそうに挨拶を交わしていた。連れてきた者たちが空の木箱を運び出し、店先の商品が次々と集められていく。
最初は木工品だった。
櫛や小箱に混じって、見覚えのある髪留めが運ばれていく。
「マリー。先ほどの髪留めですわ」
「ええ。同じものですね」
マリーに買ったものと同じ髪留めが、何個もまとめられている。
布製品の方には、リーネ様が好きだと教えてくれた白い花の刺繍もあった。
さっき二人で見ていたものが、木箱の中へどんどん収まっていく。
「こちらは王都にも行きますの?」
「どこへ運ばれるかまでは分かりません。でも、王都で売られるものもあると思います」
それなら、帰ったあと探してみたい。
同じものを見つけたら、リーネ様へ手紙を書こう。
そんなことを考えながら眺めていると、品数の確認をしていた商人と店の主人が代金の話を始めた。
何個でいくら。
こちらはまとめていくら。
聞こえてきた金額に、リリアーナは商人の前に並んだ品を見直した。
(……安くありません?)
まとめてたくさん買うなら、店頭の値段より安くなる。
それでも、差が大きい。
先ほどマリーに買った髪留めと同じものもあるから、余計に分かりやすかった。布製品も同じで、数をまとめているとはいえ、さっき店で見た値段から随分下がっている。
「リーネ様、あの方はいつもこのくらいのお値段で買われるのですか?」
「はい。たくさん買ってくださいますから」
「フェルナー家から王都へ直接お売りすることはありませんの?」
「王都にはお店がありませんし、遠くへたくさん運ぶのも難しいので、昔からあの方たちにお願いしています」
なるほど。
この商人が来れば、領内で作ったものを一度にたくさん買ってもらえる。
店の人たちが親しそうなのも、長い付き合いがあるからなのだろう。
それでも、リリアーナの中に引っかかったものは消えなかった。
今日見てきた品物は、どれも悪くない。職人が丁寧に作っていたし、実際に自分も欲しいと思った。マリーへの髪留めも買ったし、リーネ様の好きな白い花の刺繍も気に入った。
それを荷車二台分も買っていく商人がいるのだから、売れていないわけではない。
原作のリーネ様は、家が金銭的に苦しくなったことで侯爵令嬢リリアーナへ近づいてくる。
けれど、今日自分が見たフェルナー領には職人がいて、店には商品がたくさん並んでいる。それを買うために、荷車を二台も連れてくる商人までいる。
リリアーナは、積み込まれていく木箱を見た。
(もしかして……原作でフェルナー家がお金に困っていたのって、これが原因ですの?)
商品が売れなかったのではなく、作ったものを安く手放していたからだとしたら、今日見たものと原作の話が繋がる。
「リリアーナ様?」
リーネ様に呼ばれて、そちらを見る。
「どうかなさいました?」
「リーネ様。お父様たちは、領主館にいらっしゃいますわよね?」
「はい。お話をされていると思います」
この値段が本当におかしいのか、リリアーナには判断できない。けれど、今日見た品物と取引の金額を伝えれば、お父様なら分かるはずだ。
「わたくし、お父様に聞いてみたいことができました」
「では、領主館へ戻りますか?」
「はい。……あ、その前に焼き菓子を買ってもよろしいですか?」
帰る前にもう一つ買うと決めていた。
リーネ様に教えてもらった焼き菓子を包んでもらい、三人で領主館へ向かうのだった。
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