第57話 アルベルト・ヴァン・アドラーの考え
「王宮全体となれば、今の工房だけでは厳しいですな。ただ、私がすべて作る必要はありません。裁断や基本的な縫製なら、任せられる者を増やせます。布も揃えられますし、魔石も必要な数が早めに分かれば手配できます」
エミルの返答を聞き、アルベルトが次に確認したのは、単純な製作数ではなかった。
「君にしかできない工程はどこになる?」
「最初のうちは、魔石を収める位置と最終的な仕上がりは私が確認した方がいいでしょうな。重さの偏りや、身につけた時の具合は見ておきたいです」
アルベルトは呼び鈴を鳴らし、ヴィクトルを応接室へ呼んだ。
事情を聞いたヴィクトルが手帳を開くと、アルベルトは必要な項目を順に伝えた。
「まず王宮から注文を受けた場合に必要な材料、人手、期間を出してくれ。エミル殿の工房で人を増やす場合も含めてほしい。それから、生産数を倍、三倍にした場合も同じ条件で計算してくれ。布と魔石を継続して確保できるかも調べておきたい」
「販売なさるおつもりで?」
「そこまで決めてはいない。まずは数字を見たい。王宮で使われれば、同じものを欲しがる者が出る可能性はある。だからといって、注文が来ると決めつけて先に金を使うつもりもない。ただ、いくらで作れて、どこまで数を増やせるのか。それを知らなければ、売るかどうかの判断すらできないだろう」
ヴィクトルは頷き、必要な項目を書き留めていく。
アルベルトが考えるべきなのは、数だけではなかった。
王宮からまとまった注文が入った結果、エミルの工房が今までの仕事を受けられなくなっては困る。人を増やしたことで品質が落ちれば、暖魔布と魔導アイマスクそのものの評判を落とすことになる。
その考えを伝えると、エミルもすぐに同意した。
「数を作るために縫い目が雑になるような仕事なら、私も受けたくありませんな。お嬢様に渡したものと同じ名前で出す以上、出来の悪い物を混ぜるつもりはありません」
「私も同じ考えだ。必要なら工房を広げる費用も考える。ただ、人を増やせばそのまま生産数が増えるわけではないだろう。どこまでなら君が品質を確認できるのか、その数字も欲しい。王宮へ返事をする以上、受けられるかもしれない数ではなく、確実に納められる数を出したいんだ」
「でしたら、工程を分けてみましょう。職人でなければ難しいところと、きちんと教えれば任せられるところを分ければ、必要な人数も出せます」
エミルが暖魔布と魔導アイマスクの製作工程を説明し、それをヴィクトルが書き留めていく。
布を型に合わせて裁つ。決められた位置を縫う。魔石を収める部分を作る。最後に形を整え、重さの偏りや仕上がりを確認する。
工程を一つずつ分けてみると、すべてに熟練した職人の技術が必要なわけではなかった。
「裁断と縫製の一部なら、経験が浅い者でも教えられます。魔石を扱わないところなら、工房の職人でなくてもできるかもしれませんな」
その言葉で、アルベルトの中に一つの領地が浮かんだ。
「フェルナー領にも任せられるかもしれないな」
「フェルナー領ですか?」
「ああ。第三文官執務室へ渡した椅子はすでに完成しているが、今は他部署の文官向けと、貴族向けの椅子を作ってもらっている。あの土地には木工だけでなく、細かな手仕事を得意とする者も多いと聞いているからね」
第三文官執務室で椅子を使ってもらった結果も悪くなかった。
そこでアルベルトは、他部署の文官にも使える量産型と、素材や意匠までこだわった貴族向けを分けて作るよう依頼していた。
特に貴族向けについては、最初から安く売るつもりはない。
「長く座っても疲れにくいというだけでも価値はある。そこに上質な木材や布を使い、屋敷の執務室に置けるだけの仕上げにすれば、高価でも買う貴族はいるだろう。材料や職人に十分な金をかけても、利益は出せると見ている」
「なるほど。すでにそこまで進めておられたのですか」
「リリアーナが第三文官執務室へ配った椅子を見て、欲しがる者が出たからね。実際に需要があると分かった以上、試してみる価値はある。フェルナー領にとっても、継続して仕事が入るなら悪い話ではないだろう」
暖魔布と魔導アイマスクにも、同じ土地の人材を活かせる可能性がある。
ただし、アルベルトが考えたのは、すでに椅子作りに携わっている職人を別の仕事へ回すことではなかった。
「ヴィクトル。フェルナー領へ確認してくれ。椅子の製作に影響を出さず、ほかの仕事を受けられる者がどれだけいるのか知りたい。特に、一日中工房で働くことは難しくても、手仕事ならできる者がいないか調べてほしい」
「家で仕事をしてもらうこともお考えですか?」
「エミル殿が任せられると判断した工程ならね。家事や子育てがあって長い時間家を空けられない者でも、自宅でできる仕事なら収入にできる。決まった形に裁つ、指定された場所を縫うといった工程まで、全員が工房へ集まらなければならない理由はないだろう」
エミルも製作工程を思い返しながら頷いた。
「型をこちらで用意して、最初にきちんと教えればできる仕事はありますな。仕上がったものを工房へ集めて確認すれば、品質も見られます」
アルベルトには、もう一つ考えていることがあった。
「それなら、身体の事情で今の仕事に就けていない者についても調べてほしい。働く意思があって、任せる仕事ができる者に限るがね。長く立っていられなくても、座って縫うことならできる者はいるだろう。重い物を持てなくても、布を扱う仕事には支障がないかもしれない。できる仕事があるのに、今までと同じ働き方ができないというだけで候補から外す必要はない」
その話を聞いたエミルが、すぐに反応した。
「それはありがたいですな。職人にもおりますよ。怪我をして以前と同じ仕事ができなくなった者が。腕は動くのに長く立てなくなったり、重い物を扱えなくなったりして、工房を辞めた者もいます」
「仕事を望んでいるなら、そういう者にも声をかけてくれないか。経験があるなら、製作だけでなく新しく始める者へ教える仕事も任せられるかもしれない。本人に合う仕事があるのなら、その経験を眠らせておくのはもったいない」
「何人か心当たりがあります。本人たちが望むなら、話をしてみましょう」
「頼むよ。ただし、安い人手を集めるつもりはない。それは最初に伝えておいてほしい」
アルベルトはヴィクトルへも同じことを念押しした。
「家で作業する者でも、身体に事情がある者でも、任せた仕事に見合う賃金はきちんと払う。同じ仕事なら同じだけだ。それで利益が残らないなら、売値か作り方の方を見直すべきだろう。働く者の賃金を削って無理に利益を作っても、長くは続かない」
「承知いたしました。椅子の製作に関わる人員と合わせて、フェルナー領で希望者を確認させます」
「椅子の方も一緒に見てくれ。貴族向けでどれだけ利益が出るのか、その利益を使って文官向けをどこまで抑えられるのかも知りたい。フェルナー領に仕事を増やすなら、一時的な注文ではなく、続けられる形にしたい」
エミルはそこまで聞くと、感心したようにアルベルトを見た。
「王宮から暖魔布を欲しいと言われた話が、いつの間にか領地の仕事の話になってしまいましたな」
「人手が必要だと聞いたから、使える人手を考えただけだよ。ちょうどフェルナー領では椅子の仕事を増やしている。別々に考えるより、まとめて見た方が無駄が少ない」
「それでも、怪我をした職人にまで仕事が回るなら、私にはありがたい話です。腕があるのに働く場所がないというのは、見ていて気持ちのいいものではありませんからな」
「なら、なおさら調べてみよう。仕事として成り立つなら、働く側にもフェルナー領にも侯爵家にも利益がある。誰か一人に負担を押しつけなければ続かない商売にする必要はないだろう」
アルベルトは最後に、ヴィクトルが書き留めた項目を確認した。
王宮へ納める場合。
エミルの工房で人員を増やした場合。
フェルナー領へ一部の工程を任せた場合。
それぞれの材料費、人件費、生産数、製作期間。そして、品質を落とさず作れる上限。
「王宮への返事は、まずこの数字が出てからにしよう。フェルナー領の話はそれとは分けて進めてくれ。王宮への納品だけならエミル殿の工房で足りるのか、それとも最初から人手が必要なのか。それを見てから決める」
「かしこまりました」
エミルも、自分の工房へ戻ったら工程を整理し、ほかの者へ任せられる仕事をまとめることになった。
エミルが帰ったあとも、アルベルトとヴィクトルは応接室に残った。
机の上には国王からの書状と、王宮への納品に必要な数字を書き込むための紙が置かれている。
その隣に、ヴィクトルがもう一枚の紙を並べた。
一番上に書かれたのは、フェルナー領。
その下には、すでに製作を進めている文官向けの椅子と貴族向けの椅子。そして新たに、暖魔布と魔導アイマスクの名が加えられていた。
アルベルトはまだ何も書かれていない数字の欄を眺めた。
「まずは、どれだけ作れるかだな」
王宮から届いた一通の書状をきっかけに、フェルナー領へ回るかもしれない仕事が、また一つ増えていた。
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