第56話 職人から見たリリアーナ
アルベルトの呼び出しを受け、王都で工房を営む仕立職人エミル・ローナーがアドラー侯爵邸の応接室を訪れた。
「急に呼び立ててすまない。娘が頼んだ暖魔布と魔導アイマスクについて、話を聞きたくてね」
「あの二つですか。大変面白いものを考えられたお嬢様でしたな。いい物ができたと喜んでおられましたぞ」
「そう言ってもらえるのはありがたい。実は、陛下があの品をご覧になった。王宮でまとまった数を購入できないかと打診を受けている」
さすがのエミルも、これには驚いた。
「王宮で、ですか」
「陛下ご自身も使われたそうだ。王宮の魔導技師も興味を持っている。製作した職人から直接話を聞いた上で、今後のことを決めたいと書状が届いた」
「いやあ……そこまで大きな話になるとは思いませんでしたな。まさか陛下のお目に留まるとは」
「私もだよ。マリーから、リリアーナが君に相談して作ってもらったとは聞いている。ただ、どういうやり取りがあって出来上がったのかまでは知らない。最初から聞かせてもらえないか」
「それなら、ぜひ。あのお嬢様の注文は、そんじょそこらの貴族の気まぐれとはワケが違いましたからな」
最初にリリアーナが持ち込んだのは、「肩が凝っている人を、仕事中に温めたい」という相談だった。
エミルは肩掛けを作ればいいと考えた。ところがリリアーナは、それでは腕を動かしにくくならないかと聞いたという。
「書類を取るにも、字を書くにも邪魔になってはいけない。では首に巻く形ならどうかと話せば、それも仕事中に気になるかもしれないから嫌だと。注文は多いんですが、必ず理由があるんですよ」
「ただ温かければいいわけではなく、仕事をしながら使えることが前提だったのか」
「ええ。腕は自由にしたい。下を向いてもずれない方がいい。肩が疲れている人に使わせるのだから重くしたくない。温かくしたいけれど、長く使うかもしれないから熱すぎても困る。そこまで聞けば、こちらも作り方を考えられます」
エミルは茶を一口飲み、最初に作った試作品の話を続けた。
今の暖魔布より肩を広く覆う形だった。その方が温かくなると考えてのことだったが、試作品を見たリリアーナが真っ先に気にしたのは別のことだった。
「『ここまで布があると、シード様が右側へ手を伸ばした時に邪魔になりませんか?』と」
「……右側?」
「書類を取る時、右へ手を伸ばすことが多いそうです」
アルベルトは娘が第三文官執務室でシード・キャメロンを、熱心に見ているらしいことは知っていた。
「そんなところまで見ているのか」
「それだけではありませんよ。下を向いて書き物をする時間が長いとか、集中すると長時間そのまま使うかもしれないとか。私はシード様とやらにお会いしたこともないのに、作り終わる頃には仕事中の姿まで想像できるようになっていましたよ」
「職人に何を教えているんだ、あの子は」
「私も途中から面白くなりましてね。次は何を聞かされるのか、楽しみになっていたくらいです」
そこまで聞けば、リリアーナがシード・キャメロンのためにどれだけ細かな注文を重ねたのか、アルベルトにも十分想像できた。
一方で、作り方そのものまで娘が決めていたわけではない。
温かさを長く保つため、エミルが大きな魔石を使う案を出した時もそうだった。重くなると聞いたリリアーナは、それでは駄目だと言ったという。
「『肩を楽にするためのものなのに、重かったらもっと疲れてしまいますわ』と」
「だが、軽くするだけなら温かさを保てる時間が短くなる。そこは両方必要だったわけか」
「ええ。だから、そこからは私の仕事です。小さな魔石を分けて入れて、重さが一か所に偏らない位置を探しました。布の裁ち方も縫い方も何度か変えています。お嬢様は欲しいものについては細かいですが、作り方には口を出されませんからな」
「それは職人としてやりやすいのか?」
「やりやすいですよ。誰がどう使って、何が困るのかさえ分かれば、どう作るかはこちらで考えられる。知りもしない作り方まで指定されるより、ずっと仕事がしやすいです」
魔導アイマスクも同じだった。
光は遮りたい。締め付けたくない。顔につけるから重くしたくない。目元だから暖魔布より熱くしない。そして、椅子に座ったままでも使えるようにしてほしい。
「お嬢様の注文は多かったですが、『お仕事の疲れを取るためのものなのに、使って疲れてしまったら意味がありませんでしょう?』と返されましてね。本当に当たり前のことを言っている顔をされるものですから、こちらも何も言えなくなりましたよ」
「言うだろうな。本人にとっては、それが当然なんだろう」
完成したあとも、リリアーナはそこで終わらせなかった。
第三文官執務室で実際に使ってもらい、肩幅が違っても使いやすいか、温かさは十分か、直した方がいいところはないかと感想を集め、それをエミルの工房へ持ち込んでいた。
「最初はシード様一人のための品だったはずが、いつの間にか他の方も使える形になっていましたな。おかげで今の形なら、最初のものより数も作りやすいですよ」
アルベルトはそこで、国王から届いた書状へ目を向けた。
ここまで聞けば、陛下が気にしていたことへの答えも見えてくる。
「リリアーナが考えたのは、誰がどう使うのかと、そのために何が必要なのか。君はその条件を満たすために、布の裁ち方や縫い方、魔石の大きさや配置を考えた。そういう理解でいいか」
「ええ。それが一番近いでしょうな」
「なら、そのまま陛下へ伝えよう。娘の名前を立てるために君の仕事まで娘の功績にするつもりはないし、反対に、形にした君だけの功績とするのも違う。王宮で話を聞かれた時も、自分が考えた部分は遠慮なく話してほしい」
エミルは国王の書状を見てから、深く頷いた。
「それはありがたい話です。私も職人ですから、自分で考えた仕事には誇りがあります。ですが、お嬢様の注文がなければ、そもそも暖魔布という形には辿り着いていません」
「それでいい。どちらか一人の手柄にする必要はない」
アルベルトが知りたかったことは、これで一つ片付いた。だが、エミルの話にはもう一つ、聞き逃せない言葉があった。今の形なら、数も作りやすい。
アルベルトは国王の書状を手元へ引き寄せて考えるのであった。
次の話は11時頃に投稿予定ですのでよろしくお願いいたしますヾ(*ˊᗜˋ*)




