第55話 国王陛下、推し活アイテムに目をつける
再び第三文官執務室を訪れたルイスは、リリアーナが預けていた二つの品を受け取り、数日後、国王の元へと向かう。
国王は財務局から届いた報告書を読み終え、最後の頁へ署名した。次の書類へ手を伸ばしたところで扉が叩かれ、ルイスの声が聞こえてくる。
「父上、入ってもよろしいですか?」
「入れ」
許しを得て入ってきたルイスは挨拶を済ませると、執務机の前までやってきた。その手には、見慣れない布製の品が二つある。
「第三文官執務室へ行った時にいただいたものです。父上も仕事で長く座っていることが多いので、使ってみていただこうと思って持ってきました」
ルイスが差し出したのは、首から肩を覆う形に縫われた厚手の布だった。
「暖魔布という名で、首から肩に掛けて使います。第三では室長も文官の皆さんも、仕事をしながら使っていました」
国王も肩へ掛けてみる。首の後ろから肩までじんわりと温かくなり、布は軽い。腕を動かして書類を取ってみても邪魔にならず、そのまま次の報告書を開いて読み進めた。
一枚読み終えて署名を入れたところで、国王は暖魔布へ手をやった。
「よくできているな。これはどこで売っている?」
「売り物ではないそうです。リリアーナ・ヴァン・アドラーが職人に相談して作ってもらったと言っていました。第三の文官が肩を疲れさせていたので、仕事中に使えて、少しでも楽になるものを作りたかったそうです」
「アドラー……アルベルトの娘か。最近、王宮へよく来ているとは聞いていたが、第三になんの用があるのだ?」
「……文官の仕事に興味があるそうです」
国王はリリアーナの顔を思い浮かべながら、暖魔布をもう一度確かめた。アルベルトとともに王宮へ来た幼い頃の姿は覚えているが、最近は第三文官執務室へ通っているらしいという話を聞く程度だった。
「もう一つもリリアーナが考えたものです。魔導アイマスクといって、目が疲れた時に使います。僕も使わせてもらいましたが、とても使い勝手のいいものでした」
ルイスからアイマスクを受け取った国王は、その場で目元へ当ててみた。柔らかな布が光を遮り、目の周りが温かくなる。朝から細かな文字を追い続けていた目には心地よく、しばらく使ってから外すと、手の中で形を確かめた。
「これもなかなか……初めて見る形だな」
「僕も初めて見ました。暖魔布も魔導アイマスクも、他では見たことがありません」
国王は二つの品を机へ並べ、控えていた側近へ声をかけた。
「王宮付きの魔導技師を呼んでくれ。この二つを見てもらいたい」
側近が工房へ人を向かわせると、ルイスは父が再び暖魔布を肩へ掛けたのを見て口元を緩めた。
「気に入りましたか?」
「ああ。軽くて温かい。仕事をしながら使えるのもいい。第三で皆が使っているのも分かる」
国王は暖魔布を掛けたまま次の書類を開き、魔導技師が来るまで執務を続けた。
♢
やってきた魔導技師は暖魔布を机へ広げ、中に入った魔石や縫い目を丁寧に調べていく。続いて魔導アイマスクも手に取ると、自分の目元へ当てて使い心地まで確かめた。
「陛下、面白い品ですな。暖魔布に使われているのは、王宮の工房でも扱っている蓄熱用の魔石です。こちらの魔導アイマスクも、特別な魔石を使っているわけではございません」
「では、作るのは難しくないのか?」
「この二つを見本にするのであれば作れるでしょう。しかし、一からとなれば話は別ですな」
技師は暖魔布を肩へ掛け、首を動かしながら中の魔石へ触れた。
「肩まで温かいのに腕を動かしても邪魔にならず、魔石の位置もよく考えられております。アイマスクの方は目元へ当てることを考えて、さらに温度を抑えてある。同じ蓄熱用の魔石でも、使う場所に合わせてきちんと作り分けておりますな」
技師は二つの品を見比べ、感心したように暖魔布を撫でた。
「使われている技術そのものは珍しくありません。しかし、これを首や肩、目元の疲れを和らげるために使うという発想は、私も初めて見ました。いったい誰が考えたのですか?」
「リリアーナ・ヴァン・アドラーだそうだ。本人は職人に相談して作ってもらったと話しているらしい」
「アドラー侯爵家のリリアーナ様が? それなら製作した職人にも話を聞いてみたいですな。どのような依頼を受け、どこから職人が考えたのか。作った者なら詳しく覚えているでしょう」
「私もそこを確認しておきたい」
国王は机に並んだ二つの品へ目を向けた。
「これは有用な品だ。いずれ王宮でも広く使えるようにしたい。そのためにも、誰がどこまで考案したのかは明確にしておくべきだろう。職人が考えた部分は職人の功績として扱う。リリアーナが考えた部分があるのなら、それも正しく評価しなければならない」
国王は暖魔布を手に取った。
「文官達は一日の大半を机に向かって過ごしている。肩や目の疲れを和らげられるなら、体調管理にも役立つだろう。第三だけでなく、財務局や監査室にも一日中机に向かっている者は大勢いる。必要な数をこちらで買い取れるよう、製作した職人と話を進めてくれ」
「王宮で購入されるのですか?」
「ああ。この品なら使いたい者もいるだろう。それに、広く使われるようになれば、同じものを作ろうとする者も出てくるかもしれん。考案した者の許可もなく、形だけを真似た品が出回るようなことは避けたい。王宮が購入する以上、その辺りも曖昧にはしておけん」
隣で聞いていたルイスは、父の言葉に静かに耳を傾けていた。
(価値のあるものだけじゃなく、それを生み出した人の価値まで認める。……父上らしいな)
国王は側近へ向き直った。
「アルベルトへ書状を送ってくれ。暖魔布と魔導アイマスクについて、製作した職人を交えて詳しい話を聞きたい。王宮で数を揃えられるかも確認したいと伝えてくれ」
「承知いたしました。ただちに手配いたします」
側近が内容を書き留める横で、魔導技師は暖魔布を裏返し、縫製や魔石の位置を熱心に見ていた。
「陛下、私もその話し合いに同席させていただけますか。製作した職人に聞きたいことがございます」
「構わん。日程が決まれば知らせる」
技師が頭を下げると、用件を終えたルイスは机に置かれた二つの品を手に取った。
「父上、そろそろ僕は戻ります。暖魔布も持って帰りますね」
「私も気に入ったのだがな」
「これは僕がリリアーナからいただいたものですから、いくら父上でも渡せませんよ」
「ふっ、珍しいな。ルイスがそんなことを言うとは。しかし、良い物を見せてもらった」
ルイスは暖魔布と魔導アイマスクを鞄へしまい、父と魔導技師へ挨拶をして執務室を出ていった。
その日のうちに、国王から一通の書状がアドラー侯爵家へ届けられた。
♢
王宮から届いた書状を受け取ったアルベルトは、差出人の名を確認して封を切った。国王から直接書状が届くとなれば、何か重要な用件があるはずだ。
そう思って読み始めたアルベルトだったが、途中で娘の名前を見つけて目を止めた。
暖魔布と魔導アイマスクを、王宮で働く者たちの体調管理に役立てたい。そのため、まとまった数を購入したいと書かれている。あわせて、製作した職人からも詳しい話を聞きたいとある。
「王宮で購入するのか」
アルベルトは書状を机へ置き、マリーから受け取っていた報告書を取り出した。
暖魔布と魔導アイマスクについても報告を受けている。リリアーナが職人へ依頼して作り、第三文官執務室で使われていることや、文官たちから好評だったことも書かれていた。
だが、国王が知りたがっている製作の詳しい話までは載っていない。
アルベルトは呼び鈴を鳴らし、近侍であるヴィクトルを呼んだ。
「リリアーナが暖魔布と魔導アイマスクを依頼した職人について、マリーに確認してくれ。分かり次第、屋敷へ来てもらいたい。陛下へ返事をする前に、私も一度話を聞いておこう」
「承知いたしました」
ヴィクトルが退出すると、アルベルトはマリーの報告書と国王から届いた書状を机の上に並べ、改めて目を通した。
娘がしたかったことは、シード・キャメロンをはじめとした第三文官執務室の者たちが、少しでも楽に仕事をできるようにすることだったはずだ。
それが今では第三文官執務室を越え、国王自ら王宮で使いたいと言い出すところまで来ている。
報告書には、暖魔布を使った文官たちから好評だったことが記されている。その隣に置いた国王の書状には、まとまった数を購入したいという言葉がある。
アルベルトは二つを見比べるうち、自然と口元を緩めていた。
娘が誰か一人のために考えたものが、いつの間にか多くの者に求められるものになっている。
ならば父親として、その価値が正しく扱われるようにしてやりたい。
まずは職人から話を聞く。
その上で、国王へ返事をすればいい。
アルベルトは書状を丁寧に畳み直すと、ヴィクトルが職人を連れてくるのを待つことにした。
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