第54話 背が伸びた王子様
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午前の授業を終えたリリアーナは、マリーと一緒に王宮の廊下を歩いていた。
廊下の先に見覚えのある淡い金色の髪が見えた。窓のそばに立つ少年の横顔を確かめ、リリアーナは足を止める。
「あ……ルイ様?」
少年が振り返り、深い青色の瞳と目が合った。
「リリアーナ」
「やっぱりルイ様ですわ! お久しぶりです!」
久しぶりに会えたことが嬉しくて近寄ったリリアーナは、ルイスの前まで来たところで目を丸くした。
「ルイ様、背が伸びました?」
「うん。最近また伸びたんだ」
「やっぱり! 前よりずっと高くなっていますわ」
リリアーナは改めてルイスを見上げた。もともと綺麗な顔立ちをした少年だったが、久しぶりに見ると幼さが抜け始め、背が伸びたせいか可愛らしさよりも格好よさが目を引くようになっている。
「それに、前より格好よくなりましたわ」
「……久しぶりに会って、いきなり何言ってるのさ」
「だって、本当にそう思いましたもの」
ルイスは困ったようにリリアーナから顔を逸らした。
「ルイ様、今日はお父様の職場見学ですか?」
「……ああ。午前中は勉強だったけど、今日はもう終わったから、王宮内を見学させてもらってるところだよ」
「そうでしたのね!じゃあ、これから第三文官執務室へ行くのですが、ルイ様もいらっしゃいます?」
「うん。一緒に行くよ」
ルイスはそのままリリアーナの隣へ並び、後ろからマリーがついて三人で第三文官執務室へ向かった。
♢
「ごきげんよう」
第三文官執務室の扉を開けると、顔馴染みの文官たちがリリアーナを見て、それぞれに挨拶を返した。
「リリアーナ様、ごきげんよう」
その後ろからルイスが入ってきた途端、室長の手が止まった。ニールが書類から顔を上げ、他の文官たちも揃って背筋を伸ばす。
「今日はルイ様もご一緒ですの」
リリアーナはいつも通り紹介しただけなのに、室長は椅子から立ち上がりかけていた。
「どうかなさいました?」
「い、いえ! 何でもございません!」
「そうですか?」
リリアーナは首を傾げたが、それ以上は気にせず、奥の席へ目を向けた。
眼鏡の奥の青灰色の瞳を机の上へ向けていた。手にはリリアーナが贈った万年筆、首元には暖魔布。
(仕事に集中している顔まで今日も変わらず格好いいですわ!)
「シード様、ごきげんよう」
「ごきげんよう、リリアーナ様。ルイ様も、お久しぶりです」
「お久しぶりです、シードさん」
挨拶を交わし、リリアーナがいつもの場所へ向かおうとしたところで、隣にいたはずのルイスがついてきていないことに気づいた。振り返ると、ルイスはニールの前で足を止め、その首元を見ている。
「……それは何ですか?」
突然話しかけられたニールの肩が跳ねた。
「こ、こちらでしょうか? 暖魔布と申します。中に蓄熱する魔石が入っておりまして、首から肩まで温めてくれるのです」
「暖魔布……」
ルイスはニールの首元から、周りの文官たちへ目を向けた。書類を読んでいる者も、計算をしている者も、室長まで同じものを首から肩へかけている。
「皆さん使っているんですね。肩が楽になるとかですか?」
「はい。私はもう、ない方が困るほどです。仕事が終わった後の肩の疲れ方が全然違いますから」
それを聞いたルイスは、自分の肩へ手をやった。
「僕も午前中ずっと座っていたから、少し肩が疲れてるんです。使わせてもらってもいいですか?」
「も、もちろんでございます!」
ニールは慌てて自分の暖魔布を外し、使い方も一緒に説明しながらルイスへ渡した。首から肩へ乗せるだけだと教えられ、ルイスがその通りにすると、すぐに首元へ手を当てる。
「……温かい。肩と首まで温まるんだ」
布の上から肩の辺りまで確かめ、何度か肩を回している。その隣には、いつの間にか得意顔になったリリアーナが立っていた。
「ルイ様、使ってみた感じはいかがでしょう?」
「これ、いいな。軽いし、勉強している時につけておきたい」
自分が考えたものを友達まで気に入ってくれたことが嬉しくて、リリアーナの頬が緩む。
そんな二人を見ていたシードが、机の引き出しから魔導アイマスクを取り出した。
「ルイ様。目もお疲れでしたら、こちらも試してみますか?」
「これは……?」
「魔導アイマスクです。長く書類を読んだ後などに使うと、目が楽になります。目元につけて、そのまま目を閉じてください」
ルイスはシードから受け取ると、初めて見るアイマスクを表から裏まで眺めたあと、近くの椅子へ座って目元につけた。
暖魔布を首にかけ、その上からアイマスクまでつけている。廊下で再会した時には随分格好よくなったと思ったのに、今は第三の文官たちと同じような姿で椅子に座っている。リリアーナには、その姿が少し可愛く見えた。
しばらくしてルイスはアイマスクを外した。何度か瞬きをして自分の目元へ触れたかと思えば、今度は自分からもう一度つけて目を閉じる。
「ルイ様、いかがです?」
「……これ、すごいな。さっきまで目が重かったのに、楽になってる」
満足するまで試したらしいルイスは、ようやくアイマスクを外した。手の中にあるそれを眺め、それから首にかけた暖魔布にも触れる。
「こんなもの、見たことも聞いたこともないです。シードさん、これはどこで買えるんですか?」
「私たちが購入したものではありません。どちらもリリアーナ様からいただきました」
「リリアーナから?」
深い青色の瞳がこちらへ向いた。
「どこで買ったの?」
「買ったものではありませんわ。こういうものが欲しいと職人さんに相談して、作っていただいたのです」
「リリアーナが考えたの?」
「はい。シード様が長くお仕事をしていると、肩や目が疲れてしまうでしょう? それなら楽になるものがあればいいと思いまして」
椅子も、暖魔布も、アイマスクも、始まりは同じだった。シード様には、できるだけ身体を楽にして仕事をしていてほしい。そんな気持ちで作ってもらったものを、今では第三の皆も喜んで使ってくれている。
ルイスは暖魔布を首にかけたまま、手元のアイマスクを見つめた。
「……僕も欲しい」
「まあ! 気に入ってくださったのですか?」
「ああ。勉強する時に使いたい。暖魔布も、こっちも」
友達が自分の考えたものを欲しいと言ってくれるのは嬉しい。リリアーナはすぐ職人へお願いしようと考えたが、今は別の品を作ってもらっているところだった。
「今は違うものを作っていただいていますから、新しくお願いすると時間がかかると思いますわ」
「それなら待つよ。急いでるわけじゃないし」
そう言いながらも、ルイスは暖魔布を外す様子がない。その姿を見ているうちに、リリアーナは家に置いてある自分の暖魔布を思い出した。
「わたくしが使っていたものでよければ、すぐにお渡しできますわ」
「……リリアーナが使ってたもの?」
「はい。最初に自分でも試したかったので、一つ持っていますの。今は使っていませんから、ルイ様に差し上げますわ!」
「いや、それは……」
先ほどまで欲しがっていたのに、ルイスはリリアーナから目を逸らした。
「いりません?」
「欲しいけど……それ、リリアーナが使ってたんだろ?」
「もちろん綺麗にしてありますわよ?」
「そういう意味じゃなくて」
横を向いたルイスの耳が赤くなっている。何が気になっているのかリリアーナには分からなかったが、暖魔布と魔導アイマスクそのものは欲しいと言っている。それなら使ってもらった方がいい。
「では、今度持ってきますわね。第三文官執務室に置かせていただきますから、ルイ様がいらした時に受け取ってください。室長様、よろしいですか?」
室長はルイスを見て、リリアーナへ視線を移し、またルイスを見た。
「……もちろんでございます。お預かりしておきます」
「ありがとうございます」
室長は暑いのか汗をかいていた。ニールは何も見なかったことにするように書類へ目を落とし、シードも静かに万年筆を走らせている。マリーもルイスの赤い耳について触れることはなかった。
「ルイ様?」
リリアーナが顔を覗き込むと、ルイスは暖魔布の端を指でつまんだまま、こちらを見ようとしない。
「……ありがとう」
「どういたしまして。次に来る時は忘れず持ってきますわね」
家に置いたままの暖魔布とアイマスクを友達が使ってくれるなら、その方がずっといい。リリアーナは帰ったら忘れないよう、マリーにもお願いしておこうと決めたのだった。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
本日はこの一話投稿のみですが、
活動報告の【決意表明とお願い】を見てほしいです!
次回《国王陛下、推し活アイテムに目をつける》ですわ!




