第50話 はじめまして、リーネ様!
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リーネから手紙が届いてから五日後、リリアーナはようやく待ち望んでいた日を迎えた。
フェルナー男爵家の馬車がアドラー侯爵邸へ到着したと聞き、リリアーナはマリーと一緒に応接室へ向かっていた。
父から予定を聞いた日から楽しみにしていたせいで、今日は授業中まで時計を気にしそうになり、いつも以上に意識して勉強へ集中したほどだ。
「マリー、髪はおかしくありませんわよね? 服も大丈夫です?」
「どちらも大丈夫でございますよ。お部屋を出る前にも確認いたしました」
「では、最初になんとお声をかけましょう。お手紙ありがとうございます、では普通すぎるでしょうか?」
「お嬢様、それをお聞きになるのは三度目でございます」
言われて、リリアーナは口を閉じた。
シード様へ会いに第三文官執務室へ行くときだって、こんなことを考えた覚えはない。会いたければ会いに行き、渡したいものがあれば渡して、素晴らしいと思ったらそのまま伝えてきた。
なのに今日は、どうにも勝手が違う。
「お友達になりたいと思うと、難しいものですわね」
「最初から上手にお友達になろうとなさらなくてもよろしいのではありませんか? お手紙では、お互いにお会いするのを楽しみにしていらっしゃったでしょう?」
「そうですわね。まずは普通にお話ししてみますわ!」
そうしているうちに応接室へ着き、マリーが扉を開ける。
先に到着していたフェルナー男爵がアルベルトと話しており、その隣には一人の少女が座っていた。
リリアーナの目は、父の隣に座っていた少女へすぐに向いた。
肩より下まで伸びた淡い茶色の髪に、薄緑色の瞳。背丈はリリアーナと比べても小さく、華やかな美少女というより、柔らかな顔立ちが可愛らしい女の子だった。
(リーネ様ですわ……! 可愛らしい方だと思っていましたけれど、本物はもっと可愛いですわね!)
リーネ・フェルナー。
リリアーナが入ってきたことに気づいたリーネは、挨拶をするために立ち上がろうとして、その動きを一瞬止めた。
(か、可愛い……!)
淡いシャンパンブロンドの髪に、宝石みたいなアメジストの瞳。着ている服も髪を飾るものも自分とは比べものにならないほど上等なのに、それ以上に目の前の少女そのものが可愛かった。
侯爵令嬢と聞いていたから、もっと近寄りがたい人を想像していた。
(これが侯爵令嬢……!)
見惚れている場合ではないと気づき、リーネは慌てて立ち上がった。
「お、お初にお目にかかります。リーネ・フェルナーと申します。本日はお招きいただき、ありがとうございます」
練習してきた挨拶をなんとか言い終える。
ところが、目の前の侯爵令嬢はリーネが想像していたような澄ました顔をするどころか、ぱっと嬉しそうな顔になった。
「リリアーナ・ヴァン・アドラーですわ。来てくださってありがとうございます! リーネ様からのお手紙、とても嬉しかったです!」
「あ、ありがとうございます。リリアーナ様からのお返事も、嬉しく拝見いたしました」
「本当ですか? もっといろいろ書きたかったのですけれど、マリーに止められまして」
「お嬢様、人聞きの悪い言い方をなさらないでくださいませ。初めてのお手紙に全部書かなくてもよいと申し上げただけです」
二人のやり取りを聞きながら、リーネはどう反応すればいいのか分からなかった。
もっと静かで、大人びた令嬢だと思っていた。
それなのに、リリアーナは手紙をもらったことを隠そうともせず喜んでくれている。
「そうだったのですね。お気遣いいただき、ありがとうございます」
なんとか返事をすると、リリアーナが不思議そうに瞬きをした。
リーネとしては失礼のないように答えたつもりだったが、侯爵令嬢を前にして身体に力が入っているのは自分でも分かっている。
アルベルトはフェルナー男爵との話を切り上げると、娘へ声をかけた。
「リリアーナ。せっかく同じ年頃なのだから、二人で話してきたらどうだ。工房の件なら、リーネ嬢の方が詳しいところもあるそうだ」
「それは本当ですの?」
「はい。娘は昔から工房へ入り浸っておりますので」
フェルナー男爵に言われ、リーネは思わず父親を見る。
「お父様、入り浸っているというほどでは……」
「では、私が工房まで迎えに行くことが多いのはなぜだ?」
「それは、見ていると時間を忘れてしまうだけです」
答えてから、リーネははっとした。
侯爵家で、それも初めて会ったリリアーナの前だというのに、いつものように父親へ言い返してしまった。
けれど、リリアーナは気にするどころか目を輝かせている。
「そんなに工房がお好きなのですか? お手紙にも書いてありましたわ。同じものをお願いしても、作る方によって考え方が違うと。あれを読んでから、ずっとお話を聞いてみたかったんです!」
「えっと……はい。工房へ行くのは好きです」
「でしたら、ぜひ教えてくださいませ!」
リリアーナに促され、二人は向かい合って座った。
「リーネ様は、ご自分でも何か作られるのですか?」
「いいえ。わたしは作れません。木を削るのも下手ですし、魔導具についても簡単な仕組みを教えていただいているだけです。でも、見るのは好きなんです。職人さんによって得意なものが違いますから」
「たとえば、どんなふうに違いますの?」
「椅子でしたら、座面や背もたれを作るのが上手な方と、細かな装飾が得意な方は別です。箱を作るのが上手な方でも、大きな家具になると他の方の方が早かったりします」
リーネは答えながら、リリアーナの顔を窺った。
こんな話をして面白いのだろうかと思ったのに、目の前の少女は退屈するどころか、もっと聞きたそうにこちらを見ている。
それならと、リーネも続きを話した。
「魔導加工も同じです。魔石を組み込むだけならベックさんが早いですけれど、細かな調整が必要ならオットーさんの方が向いています。ベックさんは、同じものをたくさん作るのが得意なんです」
「そんなに違うのですね。では、わたくしの椅子をたくさん作るなら、どなたにお願いするのがいいと思います?」
「一人に全部お願いするのは難しいと思います」
すぐに言い返してしまい、はっとするリーネだったが
リリアーナは嫌な顔をせず、理由を聞いてくる。
「今回のお話は、同じ椅子をたくさん作るのでしょう? それなら木材を切る方と、形を整える方を分けた方が早いと思います。魔導クッションもありますから、最後にそれを取りつけられる方も必要です」
「なるほど……一人の職人さんが最初から最後まで作る必要はありませんものね」
「はい。以前、領地で学校用の机をまとめて作ったときも、最初は一人ずつ作っていたのですが間に合わなくなってしまって、途中から木を切る人と組み立てる人を分けたんです」
「なるほど、リーネ様はその時の様子をご覧になってたのですか?」
「はい、そのときも工房へ行っていましたから。最初はみんな忙しそうだったのに、作業を分けてからどんどん机が完成していくのが面白くて、ずっと見ていたんです」
そこまで話したところで、リーネは急に不安になった。
聞かれたから答えていたとはいえ、侯爵家と父が進めている仕事について、自分が勝手なことを言いすぎたかもしれない。
「……申し訳ありません。まだ何も決まっていないのに、わたしがこんなことを言うのはよくありませんよね」
「どうしてです?」
「わたしは職人でもありませんし、お父様たちがお話ししていることに口を出せる立場でもありませんから」
「でも、わたくしが聞いたから答えてくださったのでしょう? それに、わたくしはリーネ様のお話をもっと聞きたいですわ」
「わたしの、ですか?」
「はい。だってリーネ様、誰が何を得意としているのか、全部覚えていらっしゃるではありませんか」
リリアーナに言われ、リーネは戸惑った。
自分にとっては、工房へ遊びに行っているうちに自然と覚えただけのことだ。
「わたしは、ただ工房へ行くのが好きなだけです」
「それなら、もっと素敵ですわ! 好きだからたくさん見て、誰が何を得意なのかまで覚えていらっしゃるのでしょう?」
リーネは返事ができなかった。
工房へ行くことは昔から好きだったけれど、それを褒められたことはない。父や母も好きにさせてくれているものの、将来何かの役に立つから通っていたわけでもなかった。
ただ好きで見ていたことを、目の前の少女は素敵だと言ってくれた。
「……ありがとうございます。そんなふうに言っていただいたのは初めてです」
「でしたら、わたくしが最初ですわね!」
リリアーナが嬉しそうに言う。
その顔を見たリーネも、今度は緊張せずに笑うことができた。
(侯爵令嬢って、もっと怖い方だと思っていたのに)
最初に見たときは、あまりに可愛くて別の意味でも緊張してしまった。
けれど話してみれば、自分が好きなことを楽しそうに聞いてくれて、知らないことがあればもっと教えてほしいと言ってくれる。
「リーネ様。今度、工房へ案内していただけませんか?」
「工房へ、ですか?」
「はい! 今日のお話を聞いたら、実際に皆様がお仕事をしているところを見てみたくなりました。それに、椅子を作ってくださる方々にも直接お会いしたいですわ」
「それでしたら、ご案内できます。椅子を作る予定の工房だけではなくて、近くに魔導加工をしている工房もあります。木材を保管している場所もありますし、家具を作っているところでは……」
「全部見たいですわ!」
思わずリーネは笑ってしまった。
「全部回ったら、一日かかってしまいますよ?」
「それなら朝から行きますわ!」
「本当に全部見るおつもりなのですね」
「もちろんです! せっかくリーネ様が案内してくださるのですもの!」
初めて会ったときの緊張は、いつの間にかなくなっていた。
「では、次はフェルナー家でお会いしましょう。わたしがご案内します」
「はい! 楽しみにしていますわ。今度こそ風邪なんてひきませんから!」
「ふふっ。では、わたしも楽しみにしています」
帰りの馬車へ向かう頃には、リーネは来たときとは違う気持ちでリリアーナの隣を歩いていた。
侯爵令嬢から会いたいと言われたと聞いたときは、何を話せばいいのかも分からず、今日までずっと緊張していた。
けれど次に会う日は、もう怖くない。
工房を案内したら、リリアーナはどんな顔をするのだろう。ベックさんやオットーさんの仕事を見たら、きっと今日みたいに目を輝かせてくれるはずだ。
そう考えていると、次の約束が楽しみになった。
「リリアーナ様。またお会いできるのを楽しみにしております」
「わたくしもですわ、リーネ様!」
リリアーナが嬉しそうに手を振る。
リーネも手を振り返しながら、最後にもう一度だけ思った。
(やっぱり、リリアーナ様ってすごく可愛い……)
次の投稿は11時頃になります。
新人メイド目線の話になります(⋆ᴗ͈ˬᴗ͈)”




