第47話 聞いたことのある名前
オスカーが第二文官執務室へ戻ってきたのは、席を外してから二時間ほど経った頃だった。
抱えていた書類を近くの文官へ渡し、自分の席へ向かう。その途中でシードのいた場所へ目を向けると、椅子は机の中へ戻され、最初に渡した資料だけが綺麗に置かれていた。
「キャメロン君は?」
「第三から来てた子なら、少し前に帰ったぞ。仕事が終わったので失礼しますって」
「……帰った?」
確かに、終わったら帰っていいとは言った。
だが、シードへ渡したのは臨時人員配置表だ。通常業務に必要な人数を残しながら、受付や案内へ人を割り振り、休暇や勤務時間まで確認しなければならない。第二へ来たばかりの新人が、二時間程度で終わらせられる仕事ではない。
(ベテランでもこんな早く終わらないぞ。まさか、分からなくなって途中で諦めたんじゃないだろうな)
そう思ったものの、オスカーはすぐに眉を下げた。
最初の仕事をあまりにも簡単そうに終わらせるものだから、意地になって難しいものを渡したのは自分だ。しかも、分からなければ聞けと言っておきながら、その直後に二時間も席を外している。
(……俺が悪いな)
明日キャメロン君が来たらちゃんと謝って、もう少し簡単なところから教えよう。
そう考えながら自分の席まで戻ったオスカーは、机の上に置かれている書類を見て足を止めた。
「……ん?」
見覚えのある表紙だ。手に取ってみると、自分がキャメロン君へ渡した臨時人員配置表だ。一番上には小さな紙まで添えられている。
『ご不在でしたので、こちらへ置かせていただきます。ご確認をお願いいたします。 シード・キャメロン』
「終わったのか?」
オスカーは椅子へ座ると、すぐに中身を確認した。
必要な人数はすべて配置されている。休暇予定者の名前はなく、通常勤務との時間の重複もない。受付や案内には経験者が最低一人ずつ入り、そのうえで各部署に残すべき人数まできちんと確保されていた。
一通り確認しても間違いは見つからない。
最初から確認する。何度見ても結果は同じだった。
「……本当に全部合ってる」
思わず声が漏れた。
だが、驚いたのはそれだけではない。
配置表の最後に、シードが書いた短い補足があった。
『西側受付のみ、過去三回の配置では午後の来訪者が増えているため、交代要員を一名追加しております。不要であれば通常配置へ戻してください』
「過去三回?」
オスカーは思わず資料棚を見た。
確かにシードには、過去の配置表もそこにあると教えた。だが、あれは分からないところがあった時に参考にするためのものだ。三回分すべて確認しろとは一言も言っていない。
気になって過去の記録を取り出してみると、シードの補足通りだった。三回とも午後から西側の来訪者が増えており、そのうち一度は予定していた人数では足りず、別の受付から一人回している。
オスカーは記録と配置表を並べたまま、しばらく動けなかった。
今日初めて第二文官執務室へ来た新人が、手順をまとめた資料を読み、最初の仕事を終わらせ、そのあと二時間も経たないうちに過去の記録まで調べて、この配置表を完成させた。
そして、自分が言った通りに終わったから帰った。
「……嘘だろ」
「さっきから何を一人で驚いてるんだ?」
向かいの席から声をかけられ、オスカーは顔を上げた。
同僚の文官が、不思議そうにこちらを見ている。
「今日、第三から応援に来た若い子がいただろ」
「ああ。それがどうしたんだ?」
「これ、あいつに渡した仕事だ」
オスカーが配置表を差し出すと、相手は軽い調子で受け取った。
「お前、これを渡したのか。来たばかりのやつにこれは……って、進んではいるみたいだが、途中までか?」
「全部だ」
「全部?」
「俺が席を外してる間に完成させて、帰った」
同僚は一度オスカーを見たあと、冗談だと思ったのか小さく笑った。だが、配置表を確認し始めると、その表情が少しずつ変わっていく。
「休暇の確認も終わってるな。勤務時間も……合ってる。経験者もちゃんと入れてあるじゃないか」
「最後も見てみろ」
言われた通り補足まで読んだ同僚が、今度こそ黙った。
「これ、過去の記録まで確認したのか?」
「ああ。俺もさっき確かめた。全部合ってる」
「……今日初めて来たんだよな?」
「俺も朝、本人に聞いたよ」
二人でもう一度、机の上の配置表を見る。
最初に渡した簡単な仕事なら、覚えが早い新人で納得できた。だが、これは違う。普段から第二で働いている者でも、条件を一つずつ確認しながら作る仕事だ。
「名前、なんて言った?」
「シード・キャメロン」
答えたところで、オスカーは自分の口にした名前に引っかかった。
どこかで聞いたことがある。
第三文官執務室の新人。
最近、その条件に当てはまる名前を聞いたような気がする。
「シード・キャメロン……キャメロン……」
記憶を辿っているうちに、少し前に王宮内で話題になった出来事へ行き着いた。
「……ヴェルデ商会」
「え?」
「思い出した。ヴェルデ商会の件で、最初に数字の食い違いを見つけた新人だ」
複数の書類に残っていた数字のずれ。その共通点に気づき、確認を上げたことで監査へ回るきっかけを作った新人文官。
その名前が、シード・キャメロンだった。
「ああ! 第三にいるっていう、あの新人か!」
同僚も思い出したらしく、驚いた顔で配置表を見る。
噂を聞いた時、オスカーは数字に強い新人がいるらしいとしか思っていなかった。第三で毎日似たような書類を扱っているうちに、偶然違和感に気づいた可能性だってある。
だが、今日の仕事に偶然はない。
初めて来た部署で、初めて見る書類を渡され、必要なことを自分で調べて、ここまで仕上げて帰ったのだ。
「……なるほどな」
オスカーはようやく、第三の室長がシードを応援に寄越した理由が分かった気がした。
朝はよりによって新人を寄越してきたと思った。
今はもう、そんなことは思わない。
むしろ気になるのは別のことだった。
机の横には、人手不足のせいで後回しになっている仕事がまだ残っている。今日渡したものより確認項目が多く、手をつけるだけでも時間がかかる書類もある。
オスカーはその束を見てから、シードが使っていた空席へ目を向けた。
応援は、あと二日。
「……明日は、どこまで任せてみようか」
先程までもう少し簡単なことを教えればいい、と考えていたのとは違う。
明日、シードが来るのをオスカーは楽しみにしているのだった。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
[週間]異世界転生/転移〔恋愛〕 - 連載中 135位
[月間]異世界転生/転移〔恋愛〕 - 連載中 195位
少しづつですが上がって来ました ⸜(*ˊᗜˋ*)⸝
ブックマークしてくれた方も25人となり、目標まであと5人!!
続きを読んでもいいなと思ってくれたら是非、ブックマークや星での応援をよろしくお願いします、ですわ!




