第46話 第二文官執務室への応援
第三文官執務室では、いつもと変わらない一日が始まっていた。
シードは自分の机に届いた書類を確認し、期限と内容ごとに分けていく。すぐに処理できるものを手元へ残し、他部署への確認が必要なものには印をつける。いつものように最初の一枚へ手を伸ばしたところで、室長に呼ばれた。
「キャメロン、ちょっといいか」
「はい」
室長の机まで行くと、広げられた勤務表の横に一枚の書類が置かれていた。
「第二文官執務室から応援の依頼が来た。病欠と休暇が重なって、人手が足りないらしい。今日から三日間、一人貸してほしいそうだ」
「第二文官執務室ですか」
「ああ。それで、お前に行ってもらう」
第二文官執務室は、王宮で働く者たちの勤務や休暇、部署間の人員調整などを扱っている。第三とは仕事の内容が違うため、シードはそこで働いた経験がない。
「私で大丈夫でしょうか。第二の仕事は経験がありませんが」
「そんなことは分かってる。向こうでも最初に説明はしてくれるそうだ」
室長はそこで一度言葉を切ると、シードを見た。
「それに、できないと思ってたらお前を選んでない」
思いがけない言葉に、シードはわずかに目を見開いた。
「ただし、第三とはやり方が違うからな。分からないことがあったら勝手に判断せず、向こうの人間に確認しろ。応援に行って問題を増やして帰ってきたら、俺が怒られる」
最後の一言で、いつもの室長だとシードは思った。
「承知しました」
「今やってる分を片づけたら行ってこい。三日間だけだからな。四日目にはちゃんと帰ってこいよ」
「はい」
話を聞いていたニールが、シードが戻ってくるなり声をかけてきた。
「第二に応援か。俺も前に一度だけ手伝ったことがあるけど、第三とは結構違うぞ。勤務表だけでも種類が多いし、最初は覚えるのが大変だった」
「そうなのですか?」
「ああ。まあ、三日だけだ。頑張ってこい」
「ありがとうございます」
シードは残っていた仕事を片づけると、必要なものだけを持って第三文官執務室を出た。
♢
第二文官執務室へ入ると、第三とはずいぶん雰囲気が違っていた。
壁には部署ごとの勤務表が並び、その横には休暇や配置変更に関する書類がまとめられている。話をしている間にも、勤務変更の書類を持った文官が入ってきたかと思えば、別の者が新しい勤務表を抱えて出ていった。
シードが入口で用件を伝えると、二十代後半ほどの文官がこちらへやってきた。短く整えた茶色の髪に、腕には何枚もの書類を抱えている。
「第三からの応援だな?」
「はい。シード・キャメロンと申します。本日から三日間、よろしくお願いいたします」
「オスカー・ヘイルだ。君には俺のところを手伝ってもらう」
挨拶を交わしながら、オスカーはシードを見た。
(若い。見たところ、まだ十代半ばじゃないだろうか。第三の室長、まさか新人を寄越してくるとはな……)
ただでさえ人手が足りないから応援を頼んだのだ。
一から仕事を教えなければならない相手では、かえって手間が増えてしまう。
とはいえ、来てもらった以上は仕事を覚えてもらうしかない。
「第二の仕事はやったことがあるか?」
「いいえ。初めてです」
「分かった。なら、まずはこれを読んでくれ」
渡されたのは、第二文官執務室で扱う書類や仕事の手順がまとめられた資料だった。
「全部覚える必要はない。今日やってもらう仕事のやり方も載っているから、分からなくなったらこれを見ながらやってくれ。それでも分からなければ俺に聞けばいい」
「承知しました」
案内された席に座り、シードは資料を開いた。
休暇申請、勤務変更、臨時配置、部署間の人員調整。
第三で扱うものとは形式も確認する項目も違うため、一つずつ内容を確かめながらページを進めていく。
しばらくして最後まで読み終えると、シードは資料を閉じてオスカーのもとへ向かった。
「読み終わりました」
「もういいのか?」
「はい」
オスカーは少し驚いたが、それ以上は気にしなかった。
資料を一度読んだだけですべて覚えろとは言っていない。実際に仕事をしながら、必要なところを確認すればいい。
「じゃあ、まずはこれを頼む」
渡されたのは、休暇申請書とそれに対応する勤務表だった。
「申請された休暇を勤務表に反映して、各日の人数が最低配置数を下回っていないか確認する。半休の場合は時間も間違えないようにな。やり方はさっきの資料に載っている」
シードは何枚かの申請書へ目を通した。
名前、所属、日付、休暇の区分。勤務表と照らし合わせながら処理する仕事らしい。
「期限はいつまででしょうか」
「今日中でいい。初めてなんだから、急がなくていいぞ」
「分かりました」
シードが席へ戻ると、オスカーも自分の仕事を再開した。
(最初はこれくらいでいい。分からないところが出てくれば、その都度教えればいいし、今日中に一通り終われば十分だろう)
そう思っていた。
「ヘイルさん」
「ん?」
声をかけられて顔を上げる。
そこには、先ほど渡した書類を持ったシードが立っていた。
「なんだ、もう何か分からないところがあったか」
「終わりましたので、ご確認をお願いします」
「……終わった?」
オスカーは思わず壁の時計を見た。
そんなに時間が経っていない。
「全部か?」
「はい」
差し出された書類を受け取りながら、オスカーは眉を寄せた。
いくら簡単な仕事とはいえ、第二へ来たばかりの新人だ。分からないところを飛ばしたか、どこかで確認を抜かしている可能性もある。
一枚目を確認する。
申請日、勤務時間、休暇の区分。
合っている。
最低配置人数にも問題はない。
二枚目も合っている。
三枚目も。
途中からオスカーは、間違いを探すつもりで確認し始めていた。
それでも、最後の一枚まで訂正するところは見つからなかった。
「……君、本当に第二の仕事をしたことがないのか?」
「はい。先ほどが初めてです」
「本当に?」
「はい」
オスカーは手元の書類とシードを交互に見る。
「じゃあ、どうやったんだ?」
「先ほどいただいた資料にやり方が書いてありましたので、その通りに確認しただけですが」
シードは当然のように答えた。
オスカーはもう一度、書類へ目を落とす。
確かに、難しい仕事ではない。手順を理解してしまえば、第二の人間ならそれほど時間はかからない仕事だ。
(……まあ、これは簡単だからな)
そう納得したものの、あまりにもあっさり終わらせたシードを見ていると、第二の仕事はこの程度だと思われたようで、なんとなく面白くない。
「キャメロン君」
「はい」
「時間があるから次はこれ、やってみるか?」
オスカーは棚から別の書類を取り出した。
今度は先ほどより明らかに厚い。
内容は数日後に予定されている王宮行事の臨時人員配置に関するものだった。
通常の仕事に必要な人数を残しながら、受付、案内、記録係などへ人員を割り振る。休暇予定者は使えず、勤務時間が重ならないようにする必要もある。さらに、それぞれの場所には経験者を最低一人は配置しなければならない。
「今度はさっきより面倒だ。基本的な決まりは資料に載っているし、過去の配置表もそこの棚にある。分からないところは調べながらやってみてくれ」
シードは受け取った書類を開き、最初の一枚へ目を通した。
「期限はいつまででしょうか」
「今日中でいい。終わらなくても定時になったら切り上げてくれ。応援初日から残業させるつもりはないからな」
「分かりました」
「もし早く終わったら、その時点で今日は帰っていいぞ」
(……終われればだけどな)
「承知しました」
シードは書類を持って席へ戻った。
その様子を見送りながら、オスカーは今度こそ自分の仕事へ戻る。
さすがにこれは、さっきのようにはいかない。
第三では扱わない仕事で、確認しなければならない条件も多い。資料を調べるだけでも、それなりに時間がかかるはずだ。
しばらくして別の文官から呼ばれ、オスカーは書類を抱えて立ち上がった。
「キャメロン君、俺は少し席を外す。分からないことがあれば、戻ってから聞いてくれ」
「はい」
オスカーはその返事を聞いて、執務室を出ていった。
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