第44話 十一歳の誕生日、新たな決意
ケーキが運ばれてきたところで、アルベルトやエレノアだけじゃなく、マリーや使用人たちも集まってきた。
「リリアーナ、十一歳の誕生日おめでとう」
「おめでとう、リリアーナ」
「「「お嬢様、お誕生日おめでとうございます」」」
最後は使用人みんなの声が重なる。
リリアーナが振り返れば、マリーだけじゃなく、普段から顔を合わせているメイド、執事、料理人たちまでいる。
「ありがとうございます! 今年もみんなにお祝いしてもらえて、とっても嬉しいです」
家族とアドラー侯爵家に仕える使用人たちから向けられる祝いの言葉に、リリアーナは嬉しそうに頬を緩めた。
目の前のテーブルには、料理長が腕によりをかけた料理と大きなケーキが並んでいる。その中央に立てられたロウソクは十一本。
去年より一本増えたそれを眺めていると、この一年に色々あったなと思う。
十歳の誕生日を迎えた日、リリアーナはここが前世で知っていたゲームの世界であり、自分がいずれ破滅する運命にあることを思い出した。けれど、そんな自分の未来以上に心を揺さぶられたのは、この世界にはシード・キャメロンという、顔良し、声良し、スタイル良しのどストライクな推しが、本当に生きているという事実だった。
今ではシード様に会うため王宮へ通い、第三文官執務室の皆ともすっかり親しくなった。差し入れをしたり、シード様の仕事が少しでも快適になるような物を考えたりと、思う存分推し活を楽しむ毎日を送っている。
(本当に、楽しかった一年でしたわ!)
「どうしたの? さっきからロウソクを見つめて」
隣に座るエレノアに声をかけられ、リリアーナは我に返った。
「去年のお誕生日から一年経ったんだなと思っていました。本当にいろいろなことがありましたから」
「確かにな」と、二人の会話を聞いていたアルベルトも頷いた。
「十歳になってからのお前は、勉強にも礼儀作法にも随分と真剣に向き合うようになった。言われたからやるのではなく、自分から学ぼうとしているのが分かる」
アルベルトがそう言うと、エレノアも楽しそうに頷いた。
「お嬢様、そろそろロウソクを消されませんと、ケーキに蝋が垂れてしまいます」
「あっ、そうだったわ」
マリーに言われて慌ててケーキへ向き直ると、エレノアから笑い声が漏れた。
リリアーナは気を取り直して目を閉じる。
この世界では誕生日のロウソクを吹き消すときに願い事をする習慣がある。
今年も家族が元気でありますように。
マリーとも、たくさん楽しいことができますように。
それから、シード様への推し活を心置き無くできますようにと。
大きく息を吸って一気に吹きかけると、十一本の炎が次々と消えていく。
拍手に包まれながら顔を上げれば、父も母もマリーも笑っていた。
この一年で好きな人が増えた。行きたい場所が増えた。やってみたいことも、作ってみたいものも増えた。
十一歳の一年も、きっと楽しくなる。
そんなことを考えながら切り分けてもらったケーキを食べていると、アルベルトが思い出したように口を開いた。
「そういえば、十一歳になったお前には、そろそろ話しておかなければならないことがある」
フォークでケーキを切っていた手を止め、リリアーナは父へ顔を向ける。
「来年の春には、お前も王立学園へ入学する。まだ一年あるとはいえ、これからは学園生活を見据えた勉強も少しずつ始めなければならない」
「今までのお勉強とは違うのですか?」
「今まで続けてきたものをやめるわけではない。歴史や領地経営、語学も続けてもらう。そのうえで、貴族同士の家系や関係、学園で必要になる社交や勉学についても学ぶことになるだろう。詳しい内容についてはマダムとも相談するつもりだ」
言われてみれば当然だった。
十二歳になれば王立学園へ入学することは以前から決まっている。遠い未来に感じていたものが、十一歳になった途端、急に現実味を帯びてくる。
学園には同年代の貴族や平民の人々が集まる。
侯爵令嬢である以上、ただ授業についていければいいというわけではない。家同士の関係を把握し、相手に応じた振る舞いも求められるはずだ。
「これから覚えることがたくさんありますわね」
「今から準備を始めれば十分に間に合う。一年後に困らないよう、少しずつ覚えていけばいい」
「分かりましたわ。頑張ります!」
やるべきことが増えるなら、きちんとやろう。
王宮へ行く時間は減らしたくないから、今まで以上に時間の使い方も考えた方がいい。授業の復習をその日のうちに済ませてしまえば、翌日に回すより効率がいいかもしれない。
頭の中でこれからの予定を組み始めていると、それまで父娘の会話を聞いていたエレノアが、そっとリリアーナの名前を呼んだ。
「お父様のおっしゃる通り、学園へ入るための準備は大切よ。でもね、リリアーナ。お勉強だけで十一歳の一年をいっぱいにしてしまっては駄目だからね」
「お勉強以外のことも、ですか?」
「もちろんよ。たくさん遊んだり、好きな場所へ出かけたり、興味を持ったことを自分でやってみたり。
そういう経験だって、あなたが成長するためには必要なことだとお母様は思うわ」
エレノアはそう言って、娘の頬にそっと手を添えた。
「学園へ入るためだけに、この一年があるわけではないでしょう? 十一歳のリリアーナが過ごせる時間は今しかないのだから、お勉強も頑張って、それ以外のこともたくさん経験してほしいの。楽しかったことも、失敗したことも、きっと全部あなたのためになるわ」
母の手の温かさを頬に感じながら、リリアーナはその言葉をゆっくり受け止めた。
アルベルトの話を聞いてから、どうやって勉強時間を増やそうかと真っ先に考えていた。
やるべきことを後回しにして、好きなことだけをするつもりはない。それでも、王宮へ行く時間やマリーと過ごす時間まで削って勉強だけをする必要もないらしい。
何より母が言う通り、十一歳の一年は一度しかない。
「はい。お勉強も頑張ります。でも、やってみたいことも我慢しないようにします」
「ええ。それがいいわ」
エレノアが嬉しそうに頷くと、それまで少し離れた場所に控えていたマリーが一歩前へ出た。
「ご安心くださいませ、お嬢様。学園へ向けたお勉強はもちろん、お出かけの準備から王宮へお持ちになる物の手配まで、これまで以上に私が全力でサポートいたします」
「マリー……!」
なんとも頼もしい。
これまでだって、リリアーナが何かを思いつくたびに一番近くで手伝ってくれたのはマリーだ。
王宮へ菓子を持っていきたいと言えば準備してくれた。新しい物を作りたいと言えば職人との話を進めてくれたし、出かけるときにはいつだって一緒にいてくれる。
これから忙しくなったとしても、マリーがいてくれるなら何とかなりそうな気がした。
「ありがとう、マリー。今年もいっぱい頼ってしまうと思うけど、よろしくね」
「はい。何なりとお申し付けくださいませ。ただし、お嬢様が無理をなさっていると判断した場合に限りましては、ご命令であっても止めさせていただきます」
「……そこまで含めて全力なのね」
「もちろんでございます」
迷いなく返され、リリアーナは苦笑するしかなかった。
以前、体調を崩して迷惑をかけた。マリーが心配するのも無理はないし、同じことを繰り返せば今度こそ本気で怒られる気がする。
「ちゃんと休むことも約束します」
「それを聞けて安心いたしました」
満足そうに頷いたマリーを見ていると、アルベルトが小さく笑った。
「リリアーナ、お前は良い侍女を持ったな」
「はい。それは私もずっと思っています。マリーは私の自慢ですから」
当然のこととして答えたのに、マリーが珍しく言葉を失った。
ほんの少し赤くなった耳を見つけ、リリアーナは嬉しくなる。いつも自分ばかり世話を焼かれているのだから、たまにはこれくらい言ってもいいだろう。
家族に祝ってもらい、これからの話をして、大好きなケーキを食べる。
十一歳の始まりは、思っていた以上に賑やかで温かいものになった。
第2章、十一歳編スタートです。学園入学まであと一年。
勉強も頑張りながら、リリアーナの推し活はまだまだ続きます!
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これからもリリアーナとシード様たちをよろしくお願いします!




