第42話 またいつか、一緒に
1つ前の予約投稿をミスってしまいましたわ、( > <꧞)
「次はお昼ですわね。シード様、何を召し上がりたいですか?」
「僕が決めてもいいのですか?」
「もちろんですわ。ただし、遠慮して『なんでもいい』は禁止です!」
先回りされ、シードは考えてから近くの通りを指した。
「でしたら、この先に焼きたてのパンを出す店があります。僕は時々そこで昼を食べるんですが、お二人のお口に合うかどうか……」
「そこにしましょう!」
「まだどんな店か説明していませんよ?」
「シード様が普段召し上がっているものを、わたくしも食べてみたいのです!」
案内されたのは、本屋から歩いて数分の小さな店だった。大きな窓の向こうには焼きたてのパンが並び、扉を開ける前から香ばしい匂いが漂っている。店内にはいくつかテーブルがあり、買ったパンとスープをその場で食べられるようになっていた。
「シード様はいつも何を召し上がるのですか?」
「これですね。肉と野菜が挟んであって、一つでも結構お腹にたまるので」
「では、わたくしも同じものにしますわ!」
「僕と同じものでいいんですか?」
「同じものがいいのです!」
結局マリーまで同じものを選び、三人でテーブルを囲んだ。温かいパンには薄く切った肉と野菜が挟まれ、隣には湯気の立つスープが置かれている。侯爵家の昼食と比べればずっと簡単なものだが、リリアーナは待ちきれずにパンを一口かじった。
「美味しいですわ! お肉の味付けがパンによく合います!」
「よかった。リリアーナ様のお口には合わないかもしれないと思っていたので」
「こんなに美味しいのに、どうして心配なさるのです? マリーも美味しいでしょう?」
「ええ。わたくしも好きですよ。スープにもよく合いますね」
三人で同じものを食べながら、リリアーナはもう一口パンをかじった。
いつもは自分が第三文官執務室へ食べ物を持っていく。シード様が美味しいと言ってくれるのが嬉しくて、次は何を持っていこうかと考えるのも好きだった。けれど今日は、シード様が教えてくれたものを自分が食べている。
「なんだか今日は、いつもと反対ですわね」
「反対ですか?」
「はい。いつもはわたくしがシード様に食べていただくものを持っていくでしょう? 今日はシード様が、美味しいものをわたくしに教えてくださいましたわ」
シードも自分のパンを見てから頷いた。
「確かにそうですね。いつもいただいてばかりでしたから、今日はお返しができたらと」
「お返しなんて必要ありませんわ。わたくしが好きでしていることですもの」
シードはそこでパンを置いた。
「リリアーナ様には、ずっと色々なものをいただきましたから。クッキーも、椅子も、万年筆も、ランプも。僕にできることは多くありませんが、今日みたいに僕の知っているものを一つでもお返しできるなら、その方が嬉しいです」
リリアーナも食べる手を止めた。
暖魔布を他の文官たちへ貸したときも、シード様は自分がみんなの感想を欲しがっていることに気づいてくれた。今日だって、ただ行きつけの店へ連れてきてくれただけではない。いつも自分がしてきたことを覚えていて、そのお返しをしたいと思ってくれていたのだ。
「でしたら今日、もっと教えてくださいませ。シード様が好きな場所も、美味しいと思うものも、普段のお休みに何をされているのかも。わたくし、まだ知らないことがたくさんありますもの」
「分かりました。僕でよければ、いくらでも」
「本当ですの? では遠慮なく聞きますわよ!」
「はい。何でも聞いてください」
それなら聞きたいことはいくらでもある。リリアーナは次に何を聞こうか考えながら、もう一度パンを手に取った。
♢
昼食のあとも、三人は街を歩いた。
シードが普段使っている文房具店へ行き、リリアーナが露店のお菓子を見つければ三人で分ける。途中でマリーが店先の髪飾りへ目を向けたのをリリアーナが見逃さず、今度は二人でマリーを雑貨店へ連れていった。
「マリー、こちらの髪飾りなんて似合うと思いません?」
「お嬢様、今日はわたくしの買い物ではありませんよ」
「でも気になっていたでしょう? わたくし、ちゃんと見ていましたのよ」
「見つかってしまいましたか」
「似合いますわよね、シード様?」
突然話を振られ、シードはリリアーナが持っている髪飾りとマリーを見比べた。
「僕に女性の髪飾りはよく分かりませんが、その色なら似合うと思います」
「ほら、シード様もこう仰っていますわ!」
「お二人にそこまで言われてしまっては、買わない方訳にはいきませんね」
マリーが髪飾りを買うと、今度はその場でリリアーナが着けてほしいと言い出した。
「やっぱり似合いますわ! 今日のお洋服にもぴったりです!」
「ありがとうございます。お嬢様に見つからなければ、見るだけで終わっていたと思います」
「それではもったいないですわ。欲しいものがあるときは、ちゃんと言ってくださいませ」
「それはお嬢様もですよ」
「わたくしですの?」
「はい。いつも人に何かを差し上げることばかり考えていらっしゃいますから」
言われてみれば、今日は自分の買い物を一つもしていない。けれど特に欲しいものも思いつかず、リリアーナが考えていると、シードが通りの向こうへ目を向けた。
「でしたら、次はリリアーナ様が行きたいところへ行きませんか?」
「わたくしが?」
「はい。僕の行きたいところには付き合っていただきましたから」
本屋へ行き、好きなパンを一緒に食べ、普段使っている文房具店まで案内してもらった。それだけでも十分楽しかったのに、今度は自分が行きたい場所を聞いてくれる。
リリアーナは通りを見回した。店はいくらでもあるけれど、どこへ行くかよりも、今は三人で歩いていること自体が楽しかった。
そのとき、甘い匂いが風に乗ってきた。少し先の店先には、焼き菓子がずらりと並べられている。
「では、あちらへ行きたいですわ! 三人で食べられるものを探しましょう!」
「分かりました。行きましょうか」
「マリーも選ぶのですわよ!」
「はい。行きましょう、お嬢様」
三人で店へ向かう途中、リリアーナは隣を歩くシードを見上げた。
二日前、休日だと聞いたときは私服が見たいという気持ちで頭がいっぱいだった。もちろん、私服のシード様は最高だった。
けれど今日は、それだけでは終わらない。
何年も通っている本屋があって、歴史や法律の本が好きで、給料日のあとには本を買いすぎてしまうこともある。よく食べるパンも、普段使っている文房具店も知った。シード様のことを今日だけでいくつも知ることができた。
「リリアーナ様、どうかしましたか?」
見上げたままだったので、シードと目が合った。
「いいえ。今日お誘いして、本当によかったと思っていましたの!」
「僕もです。休みの日に誰かとこうして出かけることはほとんどありませんから、今日は楽しいです」
二日前に『僕も楽しみにしています』と言ってもらえただけでも、眠れなくなるほど嬉しかった。それなのに今日は、本当に楽しいとまで言ってくれた。
「わたくしもですわ! まだ帰りたくないくらい、とっても楽しいです!」
言ってから前を向くと、もう夕方が近づいていることが急に惜しくなった。
「でしたら、最後まで楽しみましょう。まだ時間はありますから」
隣から返ってきた声に、リリアーナはすぐ顔を上げた。
「はい!」
今度は三人で、焼き菓子の並ぶ店へ入った。
♢
王宮前へ戻ってきた頃には、空が夕方の色へ変わっていた。迎えの馬車もすでに到着している。
「今日はありがとうございました、リリアーナ様。それからマリーさんも」
「こちらこそですわ! シード様が普段行かれるところをたくさん教えていただけて、本当に楽しかったです!」
「わたくしまで一日ご一緒させていただき、ありがとうございました」
挨拶を終え、リリアーナは馬車へ向かう。あと数歩で扉へ着くところで足を止めた。このまま乗ったら、今日が終わる。
リリアーナは振り返った。
「シード様!」
「はい?」
「あの……また、一緒にお出かけしてくださいますか?」
今日一日ずっと一緒にいたのに、帰る前からもう次の約束が欲しくなっている。
シードはすぐに答えた。
「もちろんです」
「よろしいのですか?」
「はい。僕もまた行きたいと思っていましたから」
(……嬉しすぎますわ!)
「約束ですわよ!」
「はい。約束します」
「それでは、また王宮でお会いしましょう。シード様、ごきげんよう!」
「はい。またお会いしましょう、リリアーナ様」
馬車へ乗り込んでも、リリアーナは窓から手を振った。シードも王宮前に立ったまま手を上げている。
馬車が動き出し、姿が少しずつ小さくなっていく。それでも窓から離れず、王宮の建物に隠れて完全に見えなくなったところで、ようやく座席へ戻った。
向かいにはマリーが座っている。
リリアーナは足元を確認した。
座席に両手をつき、今日ずっと我慢していた両足をぱたぱたと動かした。
「~~~~っ! 楽しかったですわ! ものすごく楽しかったですわ、マリー!」
「はい。朝からずっとご一緒しておりましたので、よく存じております」
「私服のシード様も見られましたし、いつもの本屋も、好きなパンも、本を買いすぎてしまうことがあるのも知りましたわ! それに最後! 聞きましたわよね!? 『僕もまた行きたい』って!」
「ええ。わたくしも隣で聞いておりました」
口にするとまた嬉しくなり、足がもう一度動き始める。マリーは止めずに、ずれかけたリリアーナのワンピースの裾だけを直した。
「お嬢様、せっかくのお洋服ですから、あまり皺になさらないでくださいませ」
「だって、じっとしていられませんの!」
そう答えた直後にもう一度足が動き、マリーの手が今度はリリアーナの膝を押さえた。
「お嬢様」
ようやく足を止め、リリアーナは座席へ身体を預けた。今日一日で、仕事をしているときには見られないシード様をたくさん知った。それなのに、知れば知るほど次が欲しくなる。
「マリー。次のお出かけでは、どこへ行きましょうか?」
「気が早いですよ、お嬢様」
「今から考えておけば、いつ決まっても大丈夫ですわ! 今度はシード様が行ったことのない場所にもお連れしたいですし、今日みたいにシード様の好きな場所へ行くのも楽しそうですもの」
次の話をしているうちに、また今日の出来事が頭に浮かんでくる。
第三文官執務室でシード様を見つけて、疲れているなら楽にしてあげたい、美味しいものを食べてほしい、もっと働きやすい場所にしてあげたいと、そればかり考えて通ってきた。
けれど今日は違った。
シード様が自分の好きな場所へ連れていってくれて、好きな本やいつも食べているものを教えてくれた。
そして帰る前には、また一緒に出かけたいと言ってくれた。
リリアーナは膝の上に置いた両手へ目を落とした。
自分がシード様を幸せにしたくて始めたことなのに、今日は朝からずっと自分の方が嬉しいことばかりだった。
「……マリー」
「はい」
「わたくし、シード様を推していて本当によかったですわ」
「はい」
短い返事だった。それ以上は何も言われなかったので、リリアーナも窓の外へ顔を向けた。
今度はどこへ行こう。何を見て、何を食べて、どんなシード様を見られるだろう。
考え始めたら、もう楽しみになってきたのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
リリアーナにとって、待ちに待ったシード様とのお出かけでした。
二人が次に一緒に出かける日はいつになるのか。
その日を楽しみにしつつ、これからの二人も見守っていただけたら嬉しいです!
次は18時頃に投稿予定です




