第40話 明日が待ちきれませんわ!
シード様とのお出かけを明日に控えた朝、リリアーナは朝食を終えると自室へ戻り、マリーと今日の予定を確認していた。
「お嬢様、明日の午前中にはマダム・ヴァレンティノの授業がございます。後日に変更していただきますか?」
マリーに尋ねられ、リリアーナは予定表に書かれた明日の欄を確認した。待ち合わせの時間を考えれば、授業を受けてからでも出かけられなくはない。けれど、せっかく初めてシード様と王宮の外で会えるのだ。できることなら時間を気にせず一日を使いたい。
「それとこれとは話が別ですわ。楽しみな予定ができたからといって、やるべきことを後回しにするのはよくありませんもの」
「では、明日は授業を終えてからお出かけになりますか?」
「いいえ。マダムのご都合がよろしければ、明日の分まで今日教えていただきますわ! 今日できることを終わらせておけば、明日は朝から心置きなくシード様とのお出かけを楽しめますもの!」
マリーは返事をする前に、予定表へもう一度目を落とした。
十歳の誕生日を迎えてから、リリアーナは変わった。
以前なら、勉強を休める理由ができれば喜んでいた。机に向かっても退屈そうに時間が過ぎるのを待ち、マダムから課題を出されれば露骨に嫌な顔をすることも珍しくなかった。
それが今では、自分から本を開く。分からないことがあれば質問し、先日の貴族制度の授業では、終わったあとまでアドラー家の歴史について調べていた。
今までのお嬢様ではないみたいだと、何度思ったか分からない。
「マリー?」
呼ばれて、マリーは顔を上げた。
「失礼いたしました。マダムに確認してまいります。今日のご都合がよろしければ、明日の分もお願いしてみますね」
「お願いしますわ! それから、明日の服も今日のうちに決めますわよ。わたくしの服はマリーにお願いしますから、マリーの服はわたくしが選びます!」
「わたくしの服も、ですか?」
「当然ですわ。マリーも一緒にお出かけするのですから!」
マリーが何か言うより早く、リリアーナの視線は衣装棚へ向かっていた。
♢
幸い、マダム・ヴァレンティノの午後の予定は空いていた。
昼食を挟んで二日分の授業を受けることになったリリアーナは、明日のためにも今日中に終わらせると張り切っていたのだが、二日分となれば当然いつもより長い。最後の課題を終えた頃には、窓から差し込む日も傾き始めていた。
「本日はここまでにいたしましょう。明日の分までよく頑張りましたね、リリアーナ様」
「ありがとうございました、マダム!」
机の上の教材を閉じながら、リリアーナは時計を確認した。これで授業は終わり、明日の予定を邪魔するものはもう何もない。
「マリー!」
「お洋服ですね。分かっております」
言おうとしていたことを先回りされ、リリアーナは一度口を閉じた。
(さすがはマリーですわ!)
「やるべきことを終えたから、心置き無くお洋服選びができますわね!」
リリアーナは胸を張った。授業を疎かにしたわけではない。明日の分まできちんと終わらせたのだから、ここから先は遠慮なくシード様とのお出かけに浮かれていい時間である。
リリアーナはマリーの手を取ると、そのまま自室へ向かった。
♢
自室へ戻ると、今度は衣装棚が戦場になった。
「こちらはいかがでしょう。外を歩くことを考えると、普段のドレスより軽いものがよろしいかと思います」
マリーが広げたのは、淡い水色のワンピースだった。裾には白い刺繍が入り、侯爵令嬢としての品は残しながら、街を歩いても邪魔にならない作りになっている。
リリアーナは姿見の前で身体に合わせ、右を向いてから左も確認した。
「可愛いですわ! でも……シード様から見ても、おかしくありませんわよね?」
「おかしくありません。お嬢様によくお似合いです」
「本当に?」
「本当です」
そこまで言われて、ようやくリリアーナは水色のワンピースをマリーへ返した。
「では、これにしますわ!」
自分では何着見ても決められなかったのに、マリーが選んだものなら安心できる。
明日の自分の服が決まったところで、リリアーナはすぐ衣装棚の反対側へ移動した。
「次はマリーですわね」
「わたくしはいつもの外出用の侍女服で十分ですよ。お嬢様とシード様のお出かけに同行するだけですから」
「駄目ですわ。せっかく三人で街へ行くのに、マリーだけいつもの侍女服なんて嫌ですもの」
「ですが、わたくしはお二人のお付きですので、あまり目立つ格好をするわけにはまいりません」
「でしたら、目立ちすぎずマリーに似合うものを選べばいいだけですわね」
きっぱり返され、マリーはそれ以上止めなかった。
リリアーナが選んだのは、深い緑色のワンピースだった。腰の位置を細いベルトで締め、外出用の短い上着を合わせる。普段は侍女服に隠れている長い手足と高い腰の位置がよく分かり、派手ではないのにマリーによく似合っていた。
「やっぱりこれですわ! マリーはこういう服が絶対に似合うと思っていましたの。髪も明日はいつもと変えましょう!」
「お嬢様は、わたくしの服ですと迷われないのですね」
「だってマリーに似合うものは分かりますもの」
「では、お嬢様に似合うものはわたくしが分かっておりますので、明日の朝になってご自分のお洋服を変更なさらないでくださいませ」
先手を打たれたリリアーナは、水色のワンピースを見てからマリーを見る。
「……変更しませんわよ?」
「今の間は何でしょう」
「何でもありませんわ!」
明日の服も決まり、授業も終わった。あとは眠って朝を迎えれば、シード様との初めてのお出かけである。
♢
ところが、その「あとは眠るだけ」が一番難しかった。
湯浴みを済ませ、ベッドへ入ってから随分経つのに、リリアーナの目は冴えたままだった。
明日はいつものように第三文官執務室へ行くのではない。仕事中ではないシード様と王宮の外で待ち合わせて、一緒に街へ出かける。しかも、私服で。
(どんなお洋服なのでしょう。いつもの文官服とは絶対に違いますわよね。髪型も変わったりするのでしょうか……)
考え始めると止まらない。
二日前、シード様は『僕も楽しみにしています』と言ってくれた。自分だけが浮かれているのではなく、シード様も明日を楽しみにしてくれている。その事実を思い出すたび、布団の中で足が動きそうになる。
リリアーナは掛け布団を握り、どうにか耐えた。
(寝なくては。明日、寝不足でシード様にお会いするなんて絶対に嫌ですわ)
目を閉じ、明日のことは考えないと決める。何も考えずに眠ればいいだけなのに、頭の中には見たこともない私服姿のシード様が勝手に現れた。
王宮の前で待っていたシード様が自分を見つけ、いつもの声で名前を呼ぶ。
『リリアーナ様』
「…………」
掛け布団の下で、両足がばたばたと動いた。
明日の朝になれば会えると分かっているのに、それでも待ち遠しい。
(早く朝になってくださいませ……!)
あと数話で10歳編が終わり、11歳編が始まります。
最終章は年内に完結予定ですので最後まで応援よろしくお願いいたします(⋆ᴗ͈ˬᴗ͈)”
それと、ブックマークが20人になりました(ᐢ ˙꒳˙ ᐢ)
次は30人を目標に頑張ります!




