第39話 シード様を誘ってしまいましたわ!
暖魔布と魔導アイマスクを第三文官執務室のみんなにも用意すると約束し、そろそろ帰ろうとリリアーナがマリーへ声をかけようとした、そのときだった。
「室長、よろしいでしょうか。今度の勤務について相談がありまして……家の用事ができてしまって、この日だけどうしても休みをいただきたいんです」
申し訳なさそうに室長の机へ向かったのは、ニール・バートンだった。第三文官執務室へ通い始めて半年以上経った今では、リリアーナも文官たちの顔と名前を自然と覚えている。
「この日か……ちょっと待ってくれ。人数を確認するから」
室長は勤務表を広げて日付と名前を確認すると、執務室を見回してシードを呼んだ。
「キャメロン、次の休みのことなんだが、この日、バートンが家の用事でどうしても休みたいらしくてな。急で悪いが勤務を入れ替えて、代わりに明後日休んでもらえないか?」
「分かりました。僕は大丈夫ですし、明後日なら予定もありませんから」
「急に変えて悪いな。助かるよ」
「キャメロン、本当にありがとう。今度何か奢るよ」
ニールがほっとした顔で頭を下げると、シードは気にしなくていいと答えた。勤務表が書き換えられ、それで話は終わったはずなのに、リリアーナの頭には「明後日、シードが休み」という部分だけが残った。
(そういえば、わたくしは休日のシード様を何も知りませんわ。お休みの日は何をして過ごしていらっしゃるのでしょう?)
これまで仕事をしているシードなら何度も見てきた。書類を確認する真剣な横顔も、迷いなくペンを走らせる手元も、他の文官から頼られている姿も知っている。
けれど休日なら王宮には来ない。そして王宮へ来ないのなら、いつもの文官服だって着る必要はない。
(つまり明後日は私服ですの!? いつも文官服のシード様しか見たことがありませんし、どんな格好をされるのか全然想像できませんわ!)
十五歳のシードは、休日にどんな服を着るのだろう。王宮にいるときよりくだけた格好なのか、それとも性格通り、休日でもきっちりしているのか。髪だって仕事の日とは違うかもしれない。
考えれば考えるほど気になってしまい、リリアーナは席へ戻ろうとしていたシードを思わず呼び止めた。
「シード様! 明後日、お時間はありますか?」
思った以上に大きな声が出て、シードだけでなく室長や文官たちまでこちらを向いた。
「明後日ですか? 今のところ予定はありませんが、どうされました?」
予定がない。その答えを聞いた瞬間、リリアーナの中から迷いが綺麗に消えた。
「でしたら、わたくしと一緒にお出かけしませんか! せっかくのお休みですもの、王宮の外へ遊びに行きましょう!」
室長の手が止まり、ニールもこちらを見ていたが、今のリリアーナには周囲を気にする余裕などなかった。これで今まで一度も見たことがない、休日のシードに会えるかもしれないのだ。
突然の誘いにシードは驚いていたものの、困った顔をしたわけではなかった。
「……僕でよろしいのですか?」
「もちろんですわ。わたくしはシード様をお誘いしているのですもの、他の方では意味がありませんわ」
あまりにも当然のように返され、シードはリリアーナの顔を見つめたあと、柔らかく口元を緩めた。
「分かりました。僕でよろしければ、ご一緒します」
「本当ですの!? でしたら、お昼に王宮の前で待ち合わせにしましょう。わたくし、行ってみたいところもありますの!」
その場で飛び跳ねたいほど嬉しかったが、さすがに室長も文官たちも見ている。リリアーナはドレスの裾を握って堪えながら、最後にもう一度シードを見上げた。
「明後日のお昼ですわよ。絶対に忘れないでくださいませ、約束ですわよ?」
「はい。約束します」
これで明後日は、仕事ではない日にシードと会える。王宮の外で待ち合わせて一緒に出かけられるうえ、もちろん文官服ではない。
(楽しみですわ! 今すぐ明後日になってほしいくらいですけれど、その前に一つ聞いておきたいことがありますわね)
「シード様は普段、お休みの日には何をなさっているのですか?」
「本を読んだり、必要なものを買いに出たりするくらいですよ。特別なことはしていません」
「でしたら、明後日は特別ですわね! せっかくですから、いつもとは違う一日にいたしましょう!」
リリアーナがそう言うと、シードは今度こそはっきりと笑った。
「そうですね。僕も楽しみにしています」
自分だけが楽しみにしているのではない。その事実が思っていた以上に嬉しくて、リリアーナは今度こそ飛び跳ねそうになった足をどうにか堪えた。
(シード様も楽しみにしてくださっていますのね! それなら絶対に楽しい一日にしなくてはいけませんわ!)
隣を見ると、マリーが微笑ましそうにこちらを見ている。
「……なんですの、マリー。その顔は?」
「いいえ。お嬢様がとても楽しそうで何よりだと思っていただけでございます」
「もちろん楽しみですわ! シード様とお休みの日にお会いするのは初めてなのですもの!」
何も恥ずかしいことなどない。このときのリリアーナは、本気でそう思っていた。
♢
第三文官執務室を出たあとも、リリアーナの頭の中は明後日のことでいっぱいだった。昼に待ち合わせるのだから一緒に何か食べてもいいし、そのあと街を歩くのも楽しそうだ。
(せっかくのシード様のお休みですもの。わたくしの行きたい場所だけではなく、何を召し上がりたいのか、どこへ行きたいのか聞いて、二人で決めるのも楽しそうですわね)
そこまで考えたところで、リリアーナは廊下の途中で足を止めた。数歩先へ進んでいたマリーが不思議そうに振り返る。
「お嬢様、どうかなさいましたか?」
「…………マリー。わたくし、先ほどかなり勢いよくシード様を誘ってしまいましたわよね?」
今になって第三文官執務室での自分を思い返すと、シードの休みを知った途端に名前を呼び、室長も文官たちもいる前で誘い、最後には「約束ですわよ?」と念まで押している。
「はい。お誘いすると決めてからは、とても早かったですね」
「そこは否定してくださらないの!? 皆様の前でしたのよ!?」
急に恥ずかしくなり、リリアーナは熱くなった頬を両手で押さえた。
「どうしましょう。シード様に変な子だと思われていませんかしら。休日だと聞いた途端に誘って、しかも絶対に忘れないでくださいなんて念まで押してしまいましたわ」
「その心配はいらないと思いますよ。シード様が最後になんと仰っていたのか、お嬢様も覚えていらっしゃるでしょう?」
言われてすぐに、『僕も楽しみにしています』というシードの声が頭の中に蘇った。
「……シード様も、楽しみにしてくださっているのですよね?」
「ええ。少なくとも、嫌がっている方のお返事には見えませんでしたよ」
それを聞くと、さっきまでの恥ずかしさより嬉しさの方が勝ってしまう。シードは誘いを受けてくれただけではなく、明後日を楽しみにしていると言ってくれたのだ。
(それに、シード様の私服も見られるのですもの。やっぱり恥ずかしがっている場合ではありませんわ!)
「帰ったら明後日の服を決めますわ。マリーも一緒に選んでくださいませ!」
「もちろんでございます。ですが、お嬢様。まだ二日前ですよ?」
「二日前だからですわ。明日になってからでは落ち着いて選べませんもの」
「明日でも一日はございますけれど……いえ、なんでもございません」
(どんな服装でも、リリアーナ様は可愛いので大丈夫なんですけどね……エレノア様に報告しときますか)




