第38話 ここへ来たくなる理由
「リリアーナ様、お話し中に申し訳ありません。その肩に乗せるものなんですが、キャメロンがそんなに楽になったと言うなら、私も一度使わせていただいてもよろしいでしょうか。最近、夕方になると肩が重くて困っているんです」
「わたくしは構いませんわ。ただ、もうシード様へ差し上げたものですから、シード様がよろしければですけれど」
リリアーナが振り返ると、シードはすぐに暖魔布を肩から外した。
「どうぞ。僕一人より、他の人の感想もあった方がリリアーナ様も嬉しいでしょうから」
(シード様……!)
ただ喜ぶだけではなく、使った人によってどう違うのかまで知りたがることを、シードは分かってくれている。
「その通りですわ! ぜひ使ってみてくださいませ!」
文官は礼を言って受け取ると、すぐに肩へ乗せた。そのまま仕事へ戻ったものの、しばらくして手を止め、確かめるように何度か肩を回す。
「……これ、本当に楽ですね。さっきまで肩がずっと重かったのに、かなり違います」
「本当ですの?」
「はい。日光に当てればまた使えるんですよね? もし買えるなら、私も一つ欲しいくらいです」
その言葉と同時に、少し離れた席から椅子を引く音が響いた。
「おい、お前!」
室長が書類から勢いよく顔を上げる。
「リリアーナ様からキャメロンへ贈られた品を使わせていただいたうえに、自分も欲しいなどと気軽にお願いする奴があるか! 最近お話しする機会が増えたからといって、相手はアドラー侯爵家の御令嬢だぞ!」
言われた文官も、そこでようやく我に返ったらしい。
「申し訳ありません! あまりに楽になったので、つい……」
室長まで頭を下げようとしたので、リリアーナは慌てて手を振った。
「そんなに謝らないでくださいませ。欲しいと思っていただけるくらい気に入ってくださったのでしょう? でしたら、わたくしは嬉しいですわ」
「それはもう。正直、このまま持って帰りたいくらいです」
その答えを聞いて、リリアーナは暖魔布を見る。
「では、お金はいりません。その代わり、使った感想を教えてくださいませ。どれくらい楽になったか、もっとこうした方が使いやすいとか、そういうことを聞けたら嬉しいですわ」
「それなら、いくらでもお伝えします!」
シードのために考えたものが、同じ部屋で働く人にも役立つ。
毎日ここで働いている人たちが少しでも楽になるなら、リリアーナにとっても嬉しいことだった。
「では、後日お持ちしますわね」
「ありがとうございます!」
話がまとまり、リリアーナが笑顔で頷いたところで、ふと室長と目が合った。
さっきまで部下を叱っていた室長の視線が、なぜか暖魔布へ向いている。
目が合うと逸らす。
しばらくすると、また見る。
(……もしかして)
リリアーナが何も言わず待っていると、室長は観念したように咳払いをした。
「あの……リリアーナ様。先ほど部下を叱った手前、大変申し上げにくいのですが……もし余分がございましたら、私もお願いしてよろしいでしょうか。最近、私も肩がどうにも重くて……」
部屋のあちこちから笑い声が上がる。
室長は顔を赤くしながら周囲を睨んだ。
「笑うな! 私は頼むなと言ったわけではない!」
その姿がおかしくて、リリアーナまで笑ってしまった。
初めてこの部屋へ来た頃なら、室長が自分にこんなことを頼む姿なんて想像もできなかった。
「でしたら、皆様の分もお持ちしますわ!」
「……全員分を、ですか?」
「はい。せっかくですもの。皆様にも使っていただいて、感想を聞かせてくださいませ。それに、毎日お忙しそうですから、少しでも楽になった方がいいでしょう?」
今度は部屋のあちこちから素直に喜ぶ声が上がった。
さっきまで部下を叱っていた室長まで、どこかほっとした顔をしている。
その様子が嬉しくて、リリアーナは隣のシードを見た。
ちょうどシードもこちらを見ていた。
「皆さん、喜んでいますね」
「はい! まさかこんなに気に入っていただけるとは思いませんでしたわ」
「リリアーナ様が持ってきてくださるものは、どれも仕事中に使いやすいですから。皆さんも、一度使えば欲しくなると思います」
「シード様までそんなことを言ってくださるのですか?」
「本当のことです」
さらりと返され、リリアーナの頬が緩む。
(シード様にそう言っていただけるなら、今日は大成功ですわ!)
風邪で数日来られなかったぶんまで、今日は楽しい。
久しぶりに見るシード様も、いつもの第三文官執務室も、以前よりずっと気軽に話してくれるようになった文官たちも。
リリアーナは全員分を用意すると約束してから、マリーと並んでいつもの場所へ腰を下ろした。
まだ帰るには少し早い。
目の前では、シードが再び万年筆を手に取り、書類へ向かっている。
リリアーナは邪魔をしないよう静かにしながら、その姿を眺めた。
やっぱりこの時間が好きだ。
何か特別なことがなくても、シード様がいつものように仕事をしていて、自分もその近くにいられる。
それだけで、ここへ来たくなる理由としては十分だった。
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次回《誘ってしまいましたわ!?》ですわ!




