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破滅ルート回避?そんなことより推しの「モブ文官」に全力で推し活ですわ!そしたら世界最強の黒幕になっちゃいましたの!!  作者: 逢華 (最後の挑戦)


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第3話 椅子の余波と、胃痛の室長

翌朝。王宮の最果てにある『第三文官執務室』の扉を開けた室長は、その場で心臓が止まるかと思った。


「……おい。なんだ、あれは」


部屋の最奥、湿気で塗装の剥げかけたボロ机の前に、それがある。


鈍く高貴な魔力の波動を放つ、最高級の革張りワークチェア。背もたれには、泣く子も黙る大貴族『アドラー侯爵家』の紋章が誇らしげに刻まれていた。


そしてそこには、いつもと変わらない煤けた文官服を着た平民の新人、シード・キャメロンが平然と座ってペンを握っている。


室長は一歩近づき、慌てて一歩下がった。


椅子を見る。


シードを見る。


もう一度椅子を見る。


刻まれた金刺繍の紋章を凝視し、室長はぎゅっと目をこすった。


もう一度見る。


……やはり、消えない。


「おはようございます、室長。昨日、リリアーナ様が座れとおっしゃったので」


「だからってそのまま本当に座る奴があるか! 不敬罪で俺たちの首が飛んだらどうするんだ!」


室長は泡を吹きそうになりながら、ガタガタと震える指先で高級椅子を指さした。


「ですが、持って帰るなとも言われましたので」


「意味が分からん!!」


室長は頭を抱えた。


恐る恐る近づき、声を潜めてシードの顔を覗き込む。


「おい、キャメロン。……俺、昨日お前に何か失礼なこと言ったか? 実は俺の知らないところで、俺の破滅が決定していたりしないか!?」


「いえ、特に」


「本当か!? 明日急にクビになったりしないか!?」


「何のことですか?」


「お前と侯爵家は一体どういう関係なんだ!」


「知りません。先日初めてお会いしました」


「余計に意味が分からん!!」


室長はガタゴトと震える手でデスクに戻ると、引き出しから取り出した胃薬の瓶を傾け、水も飲まずに粒をガブ飲みした。



昼下がり。


執務室の立て付けの悪い扉が、すりガラスの向こうからトコトコと小さな足音を響かせて、そっと開いた。


ひょこり、と顔を出したのは、やはりアメジストの瞳を持つ美少女、リリアーナだった。


部屋の奥へと視線を走らせ――そして、内心で激しいガッツポーズを繰り出した。


(座ってるーーー!!! 私が昨日課金した特注高級チェアに、シード様が深々と腰掛けてらっしゃるーーー!!!)


(背筋も完璧!)


(ちゃんと使ってくれてるわ!)


(椅子の高級感とシード様の顔の良さが合わさって、そこだけ王宮の王座の間みたいになってる! 尊い……尊すぎる……!)


(ありがとう世界!!!)


リリアーナはあまりの尊さに胸を押さえつつ、心底満足感に満ち溢れた笑顔で、ペコリと一礼した。


「皆様、お仕事中に失礼いたしましたわ! それではご機嫌よう!」


「えっ? あ、アドラー令嬢……!?」


室長が慌てて立ち上がった時には、リリアーナは嵐のように去っていった後だった。


「……見たか?」


「本当に、ただキャメロンの様子を見に来ただけだ……」


「わざわざ令嬢が会いに来る平民の新人文官……」


第三文官室の面々は、シードを見る目が完全に「得体の知れないナニカ」を見るものへと変わっていた。



その噂は、じわじわと王宮の廊下を伝って広がり始めていた。


「おい、聞いたか? 最底辺の第三文官室に変な噂があるぞ」


廊下の片隅で、第一文官室のエリートたちがひそひそと声を潜めている。


「ああ。アドラー侯爵家の令嬢が、会いに来ている新人文官がいるらしいな」


「恋人か?」


「そんなわけないだろ。令嬢は十歳だぞ。文官は平民だし」


「何か大きな恩でも売ったのか……?」


「待て、まさか……あの平民、侯爵家の『遠縁』なんじゃないだろうな?」


「そんな馬鹿な話があるか!」


誰もその明確な理由を掴めない。そして誰一人として真相に近づけない。だからこそ、その不気味な存在感は膨れ上がっていくのだった。



静まり返った夕暮れの執務室。


同僚たちが全員、腫れ物を触るような態度で早々に退勤していく中、シードは一人、残されていた。


部屋にはもう誰もいない。


シードは一度ペンを置くと、自分が座っている椅子の、金刺繍が施された美しいアームレストにそっと触れた。


細い指先で、上質な革の柔らかな感触を確かめる。


シードは静かに、深々と背中を預けた。


力を抜いても、体が支えられる。


これまで硬い木椅子の上で、誰にも何にも頼れず常に緊張させていた身体が、ふっと緩んだ。


(……私のために)


『世界一幸せに書類を捌く姿を特等席で眺めることに決まっているじゃない!』


耳の奥で、鈴を転がすような明るい少女の声が爽やかに蘇る。


シードは椅子の感触を指先でじっくりと確かめ、それから小さく、呼吸をするように呟いた。


「……明日も、お会いできますかね」


ぽつりと、誰もいない静寂の部屋にシードの低い声が落ちる。


シードは万年筆を握り直すと、静かに手元の書類へ視線を落とした。


――サラサラサラ……。


薄暗い執務室の中に、ただペンの音だけが、途切れることなくどこまでも滑らかに響いていた。

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次回もよろしくお願いします、ですわ!!


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