第17話 迷子?とリリアーナ
リリアーナは、焼き立てのアップルパイを入れた小さなバスケットを手に、王宮の回廊を歩いていた。
「今日のお菓子も、文官の皆様においしく召し上がっていただけると嬉しいですわ」
ふんわりとドレスの裾を揺らしながら、ご機嫌な足取りで進む。
すると前方の柱の陰に、一人の少年が静かに佇んでいるのが目に入った。
洗練された美しい金髪に、吸い込まれそうな深い青の瞳。自分と同じ十歳くらいに見えるその少年は、絵本から飛び出してきた王子様のように整った容姿をしていた。
(まあ……なんてお顔立ちの綺麗な男の子。私と背丈もあまり変わりませんわね。……この世界は本当にお顔の整った方が多くて目の毒ですわ。……ふふ、でも私の一番は、やっぱりシード様ですけれど!)
胸の中でそっと推しへの揺るぎない忠誠を確かめつつ、リリアーナはそっと歩み寄り、柔らかく微笑んで声をかけた。
「ご機嫌よう。何かお困りですの?」
少年——第一王子ルイスは、不意に声をかけられてすっと眉を寄せた。
ルイスの周囲にいる大人は皆、彼を「第一王子」として敬い、顔色を窺い、計算された言葉を向けてくる。だが、目の前に立つ少女の瞳には、そんな不純な計算や緊張の色が一切見当たらない。
「……あいにく困ってなどいないよ。僕はルイ。今日は、父の仕事の見学に来たんだ」
胸元に刺した下級貴族風の簡素なブローチに触れながら、ルイスは偽名を口にした。
「まあ、ルイ様とおっしゃるのね。私も今、王宮の見学の途中なのですの。でしたら同じですわね」
何でもないことのようにそう言って、リリアーナは笑った。
王宮で自分と「同じ」だと言う者など、いない。誰もが第一王子という肩書きを先に見て、その向こうにいる自分を見ようとはしなかった。
「……そうだね。同じだ」
そう口にした自分の声が、いつもより少しだけ軽く聞こえた。
「ルイ様、私はこれから地下の執務室へ行くところですの。よろしければご一緒にいかがかしら?」
「地下……? あそこは暗くて閉ざされた場所だろう。華やかな令嬢が行くような場所とは思えないけれど」
「あそこには、誰にも見えないところでこの国を懸命に支えていらっしゃる素敵な方々がたくさんいらっしゃいますもの。私はあの場所がとても好きですのよ」
迷いのない、誇らしげな笑み。
ルイスは静かに青い瞳を細めた。
「……僕も同行させてもらえないだろうか? 職場の見学として、その地下という場所にも興味がある」
「では、ご一緒しましょう。皆様のお仕事の邪魔にならないようにだけ気をつけましょうね」
背丈の近い二人は並んで、地下へと続く階段を降りていくのだった。
★やブックマークで応援してもらえると、作品を見つけてもらいやすくなり、モチベーションが上がり更新を続ける力にもなります。
次回もよろしくお願いします、ですわ!




