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【完結】『異世界に転生しすぎた』と言われましても。〜ようこそ、転生者対策室へ。帰らないなら住民として扱います〜  作者: 木風


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第二話 帰還意思なし。理由、承認欲求の充足

承認が下りたのは、会議の終わりだった。


翌日から、転生者対策室の面談が始まった。

対策室は王宮の北棟三階にある。

もともとは物置だった部屋を改装したもので、窓が小さく、天井が低い。


転生者問題が本格化する以前は、私一人で雑務をこなす程度の部署だった。

しかし今では補佐官が三名、事務員が五名、さらに警備員が二名常駐している。


補佐官の補佐官など、転生者対策室に配属された初日には「ここは栄転でしょうか、左遷でしょうか」と真顔で聞いてきた。


私は「まだ判断がつきません」と答えた。

今も判断はついていない。


「それでは面談を始めます」


最初に呼ばれたのは、神殿に所属する転生聖女、フジノ。

黒髪黒目の、いかにも転生者然とした外見をしている。


「帰還を希望されますか?」


フジノは、即座に首を横に振った。


「帰りません」

「理由を聞かせてください」

「前の世界ではブラック企業の事務員でした。毎日終電まで残業して、有給は一度も使えなくて、上司にどなられ続けて……ここでは神殿が三食昼寝付きで面倒を見てくれます。聖女扱いされています。なんで帰らないといけないんですか?」


返す言葉がないまま、私は書類に記入した。


『帰還意思なし。理由、労働環境の改善』


「……わかりました。次の方、どうぞ」


次に来たのは、転生勇者のカズマだ。

金髪に改造されているが、根元が黒い。


「帰還を希望されますか?」

「帰りません」

「理由を」

「前世では引きこもりでした。部屋から出られなくて、人と話すのが怖くて……でもここでは、剣を振るだけで皆が褒めてくれます。モンスターを倒すだけで英雄扱いです。こんなに承認される毎日、初めてです。帰れません」


私は書類に『帰還意思なし。理由、承認欲求の充足』と書き込んだ。


「次の方」


三番目は、薄紫の髪の令嬢。

転生悪役令嬢として名を馳せている、フセーク侯爵令嬢だ。


「帰還を希望されますか?」

「帰りません」

「理由を」

「もしここが乙女ゲームの世界なら、悪役令嬢として断罪される運命ですが、知識を活かして破滅ルートを回避する所存です。違う世界だったとしても、私は現在、侯爵令嬢という好待遇の身分です。どちらにしても帰る理由がありません」

「……合理的ですね」

「ええ。侯爵令嬢ですので」

「次の方」


四番目は、転生商人のリュウだ。

茶髪に切れ長の目。

商会を三つ経営していると聞く。


「帰還を希望されますか?」

「まだです」

「まだ?」

「まだ味噌と醤油でこの世界の市場を制覇していません。醤油の普及率が国内でまだ三十パーセント台で、これは納得いかない。帰還は天下統一後に検討します」

「天下統一とは、どの範囲を想定していますか」

「食卓です」

「……次の方」


五番目は、第三王子の妃である転生者、ナツメだった。


「帰還を希望されますか?」


彼女は少し考えてから、穏やかに首を振った。


「帰りません。推しが夫です。帰る理由がありますか?」

「推し、というのは?」

「前の世界から愛していた存在が、そのまま目の前にいるということです。毎朝おはようと言い合える距離に、ずっと好きだった人がいる。帰るわけないじゃないですか」


ただの重度の限界オタクじゃねーか。


面談を終えた私は、静かに書類を机に置く。


そう。

彼らにとって、この世界は過酷な異世界などではなく、前世の不満をすべて解消してくれる最高に都合の良い天国なのだ。


だから、誰一人として、元の世界に帰る意思など持っているはずもなく。


全員、見事なまでの『だが断る』だった。


私は何も言えなかった。

少しだけ、なんなら羨ましいとすら思った。


それを心の奥底に押し込んで、『帰還拒否』書類に記載した。


その日の面談を終えると、帰還希望者はゼロ。

翌日もゼロ。

その翌日もゼロ。


一週間後、私は会議室で報告した。


「帰還希望者、現時点でゼロです」

「そうか……では、どうする」


予想はしていたのに、国王陛下の声は心なしか力がない。


私はため息をついてから、立ち上がった。


「次の手を提案いたします」


私は対策室に集めた転生者代表たちを前に、できる限り穏やかな声で言った。


各界で名を上げた転生者たちが目の前にいる。

聖女、勇者、悪役令嬢、商人、学者、料理人、冒険者。

そして何人かは、自分がどのジャンルに属しているのかまだ決めかねている顔をしていた。


「帰らないのは結構です。ただし、一つだけお願いがあります」

「なんですか?」

「現地の文化を、これ以上壊さないでください」

「どういう意味ですか」


私は、手元の書類を取り出す。


「例えば、マヨネーズです。現在、王国内でマヨネーズを発明した、あるいは発明しようとしている転生者が十七名います。全員が『自分が最初だ』と特許を申請し、互いに訴訟を起こしています。その煽りを受けて、普通の卵料理をする料理人が訴えられるという事例まで起きています」

「それはちょっと……」

「断罪イベントについても同様です。貴族社会で婚約破棄という手続きは本来、当事者間の深刻な問題です。しかし現在は悪役令嬢転生者が量産されたことにより、断罪イベントが一種の見世物と化しています。先月など、お互いに悪役令嬢転生者だった者同士が断罪イベントを開催しようとして、役割の取り合いで殴り合いになりました」

「あれは見苦しかったわね」

「また、この世界が乙女ゲームであるという主張を公共の場で繰り返される方が増えており、この世界の人間——ゲームのキャラクターに相当すると彼女たちが主張されたことで、自分の人格や人生を否定されているような感覚を覚えているという声も上がっています」


私の声が、少し硬くなった。

意図的にではなく、そうなってしまった。


「皆さんがこの世界に来ることを、私は止められません。皆さんが帰らないことを、強制する権限も私にはありません。でも、この世界には、皆さんが来る前から生きていた人間がいます。この世界で生まれ、この世界で育ち、この世界だけを自分の世界として生きている人たちが」


誰も口を挟まなかった。


「その人たちの生活を、文化を、社会を、これ以上かき乱さないでください。それだけです」

「で、具体的にはどうしろと」

「条例を制定します」


私は立ち上がり、新たな書類を配布した。

表紙には、こう書かれていた。


『ナロウダロウ王国 転生者迷惑防止条例 案』


「読み上げます」

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