第三話 ナロウダロウ王国 転生者迷惑防止条例 案
第一条。
マヨネーズその他の転生者知識に基づく新規発明品は、発明開始前に転生者対策室への登録を義務付ける。同一品の重複登録は認めない。
第二条。
断罪イベントの開催は、対策室への事前届出を必要とする。無断開催および公共の場での無許可開催は禁止する。
第三条。
「この世界は乙女ゲームの世界です」という発言は、公共の場では禁止する。ただし、同意した成人転生者同士の私的空間での発言は問わない。
第四条。
攻略対象者と呼称される人物への過度な接触を禁じる。過度とは週三回以上の一方的な訪問、深夜の呼び出し、および本人が拒否の意思を示した後の継続的接触とする。
第五条。
王族との婚約、婚姻を希望する場合、外交部への事前申請を必要とする。電撃婚約、電撃婚姻は承認なき場合、法的効力を持たない。
第六条。
チート能力による市場競争への参入は認めるが、通常の市場価格を著しく下回る販売行為、または通常の労働力では不可能な速度での大量生産行為には、チート能力税を課税する。
第七条。
鑑定スキル保持者は、他者の個人情報、能力、好感度、称号、秘密の過去などを本人の同意なく閲覧してはならない。
第八条。
アイテムボックスおよび異空間収納に類する能力の保持者は、収納物のうち、危険物、希少素材、大型魔獣の死骸、調理済み食品、王宮備品について申告義務を負う。
第九条。
他者の技能、魔法、固有能力をコピー、模倣、強奪する能力を持つ者は、能力模倣許可証を取得しなければならない。
第十条。
「俺また何かやっちゃいました?」という発言には、一件につき銀貨五枚の罰金を科す。
最後の一条を読み上げた時、転生者たちの間で奇妙なざわめきが起きた。
「最後のやつ、なんですか」
「そのままの意味です。あの発言をされると、周囲の人間が非常に困惑します。また、その発言をした後に何ら反省が見られないケースが多く、被害の拡大につながります」
「でも、どうやって把握するんですか」
「密告制度を設けます。報奨金あり」
しん、と静まり返った。
「……対策室長補佐、あなた、なかなか怖い人ですね」
「お褒めいただきありがとうございます」
これ以上ない褒め言葉に、笑みが零れた。
条例の草案は王議会でおおむね可決された。
チート能力税の税率をめぐって転生商人たちから猛反発があったが、「嫌なら帰れ」と言ったら全員黙った。
帰らないのだから、税は払わなければならない。
断罪イベントの事前届出制については、悪役令嬢転生者たちから「断罪は感情的なイベントであり、事前に届け出るものではない」という主張があった。
一理あると思ったが、「ならば断罪イベントをやめてください」と返したら渋々同意された。
鑑定スキルの無断使用禁止についても、「相手の好感度が見えなかったら恋愛攻略ができない」という反論があった。
それに対しては、「好感度を数値で見なければ成立しない恋愛は、恋愛ではなく情報処理です」と答えた。
なぜか数名が深く傷ついた顔をしていた。
知るか。
条例施行から一週間後、対策室の窓口はかつてないほど賑わっていた。
チート能力の申告をしに来る商人。
発明品の重複確認をしに来る転生者。
断罪イベントの届出を提出しに来る令嬢。
アイテムボックスの収納物一覧を提出しに来る冒険者。
今日だけで三十件以上の書類が処理された。
「次の方、どうぞ」
私は窓口に座り、視線を上げた。
入ってきたのは、十代半ばほどの少年。
いかにも「俺、何か特別な力に目覚めました」という顔をしている。
「能力申告ですね」
「はい。鑑定スキルを持っています」
「鑑定対象は?」
「名前、年齢、職業、能力値、好感度、隠し称号、秘めた恋心、前世の罪、今朝食べたものまで見えます」
「最後の二つは必要ですか」
「見えるんです」
「では、こちらにご署名を」
私は『無断鑑定禁止誓約書』を差し出すと、少年が固まる。
「えっ」
「この世界にも個人情報はあります」
「でも、鑑定ってチートの基本で……」
「基本的人権の方が上です」
「異世界なのに?」
「異世界だからといって、覗き見が許されると思わないでください」
少年はしょんぼりしながら署名した。
「次の方」
次に入ってきたのは、背中に大剣を背負った青年だった。
「アイテムボックスの申告ですね。収納物を確認します」
「えーと、ポーション三百本、魔剣七本、ドラゴンの死骸、カレー粉、マヨネーズの試作品、謎の卵、あと王宮の燭台が一本」
「最後のものは何ですか」
「気づいたら入っていました」
「窃盗物返還窓口へどうぞ」
「異世界なのに税関があるんですか?」
「異世界だからこそ必要なんです」
「ドラゴンの死骸は?」
「大型魔獣資源管理課へ」
「マヨネーズは?」
「発明品重複審査部へ」
「謎の卵は?」
「孵化前危険生物相談窓口へ」
「窓口、多くないですか?」
「あなた方が増やしたんです」
青年は黙った。
「次の方」
次に現れたのは、白いローブをまとった少女。
「コピー能力を持っています」
「能力模倣許可証の申請ですね。模倣可能範囲は?」
「一度見た魔法や剣技は、だいたい再現できます」
「では、こちらの申請書に、模倣予定の技能名、元技能保持者、模倣の目的、商用利用の有無を記載してください」
「許可制なんですか?」
「剣聖の家が三代かけて継承した奥義を、目視三秒で盗まれたら困りますので」
「でも、私のチートが……」
「他人の努力より優先される理由にはなりません」
「異世界なのに厳しい……」
「現実ですので」
少女は泣きそうな顔で申請書を受け取った。
そう。
ここは異世界ではあるが、彼らのためだけの遊び場ではない。
泣こうが、叫ぼうが、転生特典があろうが、書類は書いてもらう。
それが行政である。
「カヴァレキア様。少しよろしいですか」
午後になり、隣に座る補佐官が小さく声をかけてきた。
「何ですか」
「個人的な質問でして」
少し躊躇してから、補佐官は声を落とした。
「カヴァレキア様にも……前世の記憶があると、聞いたのですが」
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