第一話 転生者対策室として、一つの政策を提案いたします
「また転生者です」
朝の王宮会議室に、その一言が落ちた。
誰も驚かなかった。
驚く体力が、もう残っていないのだ。
「これで何人目だ」
国王陛下が、こめかみを押さえながら問う。
「今週分で十七人です」
「今週だけで?」
「今月累計では八十三人になります」
国王陛下はゆっくりと目を閉じた。
額に刻まれた皺が、この五年でずいぶんと深くなったと思う。
私——王国転生者対策室室長補佐、カヴァレキア・フォン・リーヴェルは、手元の報告書を静かにめくりながら、会議室を見渡した。
宰相は疲れた顔で水を飲んでいる。
財務大臣は書類の山に埋まっている。
外務大臣に至っては、会議の冒頭から机に突っ伏したまま動いていない。
無理もない。
この五年で、このナロウダロウ王国における転生者と転移者の数は爆発的に増加した。
正確な数は把握しきれていないが、現在確認されているだけで四百名を超える。
未登録の者を含めれば、おそらく倍はいるだろう。
転生者とは、別の世界から魂だけ、もしくは身体ごとこちらへ飛んでくる現象によって生まれた存在だ。
異世界人と呼ぶ者もいる。
彼らは死後、あるいは突然に、この世界の誰かの体に宿るか、新たな肉体を持って生まれてくる。
最初の一人が現れたのは、今から二十年ほど前のこと。
当時は国を挙げての歓迎だったと聞く。
「神に選ばれた者」
「聖なる使者」
「救世主」
さまざまな呼び名で崇め奉られた。
しかし今や、転生者は珍しくも何ともない。
むしろ多すぎて、困っている。
かつては年に数人だった。
だがここ半年で状況は一変し、今月など、すでに八十三人である。
「改めて、現状を整理いたします」
私は立ち上がり、準備しておいた資料を配布した。
「まず、王族の婚姻問題です。第一王子から第四王子まで、全員が転生者と結婚いたしました。いずれも黒髪黒目の元日本人女性で、転生聖女を名乗っています。王女方も例外ではなく、転生勇者一名、転生商人二名にそれぞれ嫁いでおります」
外務大臣が、突っ伏したままうめき声を上げた。
無理もない。
その弊害は、すでに我が国の存続を揺るがすレベルに達している。
まず、国際政治の基礎である外交婚姻が完全に崩壊した。
我が国の王子方は全員、どこからともなく現れた黒髪黒目の転生聖女と結婚済み。
王女方も全員、転生勇者か前世は敏腕商人の転生者に胃袋なり経済なりを掴まれて嫁いでいった。
美男美女のロイヤルファミリーは、今や転生者のフリー素材と化しているのだ。
「隣国との婚姻外交が、完全に崩壊しています。先方から縁談を持ちかけるたびに、王族が全員転生者と婚約済みだと判明して……先月など、カクットヨム公国の使者が帰り際に泣いておりました」
「……泣いたのか」
「はい。『うちの姫は、何のために十年も王妃教育を受けたのでしょうか』と」
「それは泣く」
会議室に重苦しい沈黙が落ちた。
「発明品の問題も深刻です。マヨネーズ、石鹸、リバーシ、ポテトチップス、カレー、活版印刷——これらの新規発明特許申請が、現在までにそれぞれ十七件ずつ提出されております」
「十七件ずつ?」
「はい。全員が『自分が最初に発明した』と主張します。特許審査部が機能停止寸前です」
「マヨネーズの発明者が十七人いるのか」
「現在、マヨネーズの元祖を名乗る商会が国内に十七あります」
「卵と油で国が割れるとは思わなかったな……」
国王陛下が遠い目をした。
私は続ける。
「貴族社会にも混乱が生じています。いわゆる悪役令嬢と呼ばれる立場の令嬢方が、次々と『前世の記憶があります』と公言するようになりました。その結果、断罪イベントと呼ばれる婚約破棄の儀が頻発しておりまして——」
「断罪イベントが事前予約制になったとは本当ですか」
宰相が顔を上げる。
「事実です。現在、王宮大広間の断罪イベント枠は三ヶ月先まで埋まっております。先着順です」
「王宮大広間は舞踏会を開くための場所だぞ」
「現在は舞踏会より断罪イベントの利用希望が多いです」
「何の会場なのだ、ここは」
沈黙が会議室を満たした。
「さらに現在、この世界が乙女ゲームの舞台であると主張する令嬢が五十二名おります」
「乙女ゲームとは」
国王陛下が眉をひそめる。
「転生者の世界に存在する、恋愛を題材とした遊戯の一種です。彼女たちは自分が死亡前にそのような遊戯を愛好しており、夢中になっていたゲームの世界に転生したと主張しています」
「それで、その世界が本当に乙女ゲームなのか?」
「問題はそこでして。五十二名全員が主張するゲームタイトルが異なります」
「全部違うのか」
「全部違います」
タチが悪いのは、彼女たちが主張するゲームのタイトルが、五十二人全員バラバラという点だ。
ある者は『恋する☆マジカル・アカデミー』と言い、ある者は『漆黒のヴィーナス』と言い、ある者は『王子様は薔薇の檻で眠る』と言い、互いに「私の知っているシナリオと違う!」と派閥争いを始めている。
知らんがな、そんなインディーズゲーム。
「チート能力保持者の税務問題も山積しています」
財務大臣が、書類の山をバンと叩いた。
「魔法を使って大量生産した商品を市場に流す者、他人より百倍速く成長できる身体能力で競技を独占する者、アイテムボックスから大量の希少素材を取り出して市場価格を崩壊させる者……通常の税体系では対応できません。むしろ今や、魔王の対処より転生者の税務処理の方が複雑です」
そして何より、チート能力持ちが増えすぎた。
対象者の年齢、職業、ステータス、好感度、隠し称号まで見える鑑定。
どこからともなくあらゆるものを取り出すアイテムボックス。
努力、家系、神殿認定、騎士団資格を全部ぶっ壊す、あらゆる能力をコピーする力。
これらの手合いがゴロゴロいるせいで、国内の市場経済は崩壊寸前。
ぶっちゃけ、魔王の軍勢を相手にするより、彼らのしでかした経済テロの税務処理をする方が遥かに大変だ。
国王陛下は深く、深くため息をついた。
「カヴァレキア嬢。何か、解決策はあるのか」
「はい」
私は、準備していた提案書を配布した。
「転生者対策室として、一つの政策を提案いたします」
提案書の表紙には、こう記されている。
『転生者希望帰還支援事業』
簡単に言えば、帰りたい転生者を元の世界に送り返す、というものだ。
神殿の大司教によれば、転生の扉を逆方向に開くことは技術的には不可能ではないらしい。
ただし膨大な神力と費用が必要なため、これまで実施されたことはなかった。
「費用はかかりますが、転生者が増え続けることによる長期的なコストを考えれば、むしろ安上がりです。希望者を募り、順次、元の世界へ帰還させる。それにより人口を適正化する」
「うまくいくかね」
宰相が疑わしそうな目を向ける。
「やってみなければわかりません。まず面談を実施します」
ブックマーク、★★★★★、リアクション
よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ




