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学校の『王子様』女子を甘やかしてみた  作者: 有明海
6章 卒業編

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71 王子様との旅行(後)

大涌谷からバスと徒歩で移動すること約30分。俺たちが到着したのは、静かな森の奥に佇む情緒溢れる和風旅館だった。


「いらっしゃいませ。上原様、白鷺様ですね。お待ちしておりました」


 品のある仲居さんに案内され、通されたのは最上階の角部屋。

 畳の香りが心地よい広々とした10畳間。その窓の外には、先ほどまでいた箱根の山々が夕闇に溶け込んでいく絶景が広がっていた。


「……すごいわね。ここなら誰にも邪魔されずに、大地を独占できるわ」


 華は部屋に入るなり、まるで自分の領土を確認するかのように周囲を見渡した。

仲居さんが部屋を去り、2人きりになると、部屋には柔らかな沈黙が流れる。


「……さて、夕食の前にひとっ風呂浴びてくるか」


「ええ、そうね。……はいこれ、浴衣。絶対来てね」


「……そんな強調しなくても着るって」


 俺たちはそれぞれ浴衣とタオルの入った籠を手に取った。

 部屋を出てすぐの廊下、『殿方』と『御婦人』に分かれる暖簾の前で、俺たちは一度足を止める。


「じゃあ、30分後くらいにここで」


「……待って」


「30分も、あなたの顔が見られないなんて……。一緒に入りましょ」


そういう彼女の頭に軽くチョップした。


「ほーら、冗談言ってないでいくよ」


「……わかったわ。代わりに、お風呂から上がったら1番に私のところへ来て。他の女の人に、あなたの湯上がり姿を見せびらかさないでね」


 念を押すようにそう言うと、華はようやく手を離し、暖簾の向こうへと消えていった。


◇ ◇ ◇


20分後。

 少し早めに風呂を出た俺は、待ち合わせ場所のベンチに座って彼女を待つことにした。

 火照った肌に、旅館の廊下を抜ける風が心地いい。


「……お待たせ、大地」


 ほどなくして、暖簾が静かに揺れた。

 

 そこには、湯上がりの熱でほんのりと頬を桜色に染めた華が立っていた。

 髪はまだ少し湿っていて、石鹸の香りがふわりと周囲に広がる。

普段の完璧な『王子様』の姿よりもずっと無防備で、柔らかい雰囲気を纏った彼女の姿に、俺は思わず息を呑んだ。


「……そんなに見つめて、どうしたの? 湯あたり?」


「……いや。……綺麗だな、と思って」


 正直すぎる感想に、今度は華の方が言葉に詰まった。

 彼女は自分の濡れた髪を指先でいじりながら、視線を足元に落とす。


「っ……! そ、そう……。なら、よかった。……じゃあ、大地、こっち向いて」


 華が震える手でスマホを構える。

 

「……よし。まずは1枚目。……部屋でもっと撮っていい?」


「いいよ今日だけはね。せっかく来てるしね」


彼女は俺の隣に歩み寄ると、火照った俺の手を、それ以上に熱い彼女の手でしっかりと握りしめた。


 食事処へ向かうと、座卓の上には箱根の山海の幸がずらりと並べられていた。

 金目鯛の煮付けに、霜降りの和牛、そして色鮮やかな先付けの数々。

旅館の夕食という、旅のメインイベントの1つが幕を開ける。


「すごい……。これ本当に、高校生が食べていいやつ?」


「大丈夫よ、大地。いただきましょ」


 華は自分の箸を手に取ると、まずは俺の小鉢に手を伸ばした。


 当然のように「あーん」を強要してくるかと思いきや、彼女は真剣な表情で、金目鯛の身を丁寧にほぐし始めた。


「はい、大地。骨は全部取り除いたわ。あーん」


「……あ、ありがとう。でも、自分でできるよ?」


 俺が差し出された身を口に運ぶと、華はそれを見て満足そうに目を細め、今度は自分の分の和牛を俺の皿にスライドさせてきた。


「今度は、私に食べさせて」


 もうこの流れには慣れてきたので、彼女の口に運んでやると嬉しそうに頬張った。


「おいしーい! 大地の料理の次に美味しいわ!」


「華、はしゃぎすぎだよ。今日は疲れて早く寝ちゃいそうだね」


「そんなすぐに寝るわけないじゃない。……今夜は長いんだから」


 ……長いって、何するつもりなんだ。

 豪華な夕食を終え、少し火照った体で部屋に戻ると、そこには既に2つの布団が隙間なく並べて敷かれていた。


 俺たちは、椅子とテーブルが置かれた広縁に2人で向かい合って腰を下ろす。

窓の外から差し込む月の光が、俺たちを淡く照らしていた。


「……お腹いっぱいね、大地」


「うん。改めて、母さんに感謝しないとね」


 ここに来られたのは母さんのおかげだ。

 先ほど写真を送った時に、あちらも3人で出かけているようで、楽しそうな写真が送られてきた。


「まさかあなたと付き合って、2人でこんなところに来るとは思ってなかったわ」


 食事中もずっと俺を捉えて離さなかった華の視線が、今は外に浮かぶ月をじっと眺めている。


「俺も思わなかったよ。最初は、俺に対する態度がすごく怖かったからな」


「ヒヨリたちを狙ってると思っていて、『私が守らないと』って警戒してたのよ。……でも、私が一番簡単に恋に落ちてしまったわ」


 華はそう言って深く息を吐き、立ち上がった。

 そして次の瞬間、椅子に座っている俺の膝の上へと跨るように乗ってきた。

 

「ちょっ!? 華!」


 いくらなんでもこれは刺激が強すぎる。

 好きな人が、浴衣という無防備な姿で目と鼻の先にいるのだ。


「大地。さっき言質取ったわよね? ……『子供を連れてまた来る』って」


「……ああ。言ったよ」


「あれ、嘘じゃないわよね? ……私の人生を、1秒も余さず独占する覚悟が、あなたにはあるのよね? 私の隣にずっといてくれるのよね?」


 華の手が、俺の浴衣の袖をぎゅっと掴んだ。

 今にも泣き出しそうなほど真剣で、どこか不安そうな顔をしている。


「嘘じゃないよ。俺だって、君以外とそんな未来を描くつもりはないから」


 俺がそう答えた瞬間、彼女の瞳から堰を切ったように涙が溢れた。


「……っ、ずるいわよ……。そんなこと言われたら、もう、今日中にあなたの全部を縛り付けたくなっちゃうじゃない……」


 華が俺の胸に顔を埋めてくる。

 マフラーも制服もない、浴衣越しに伝わる彼女の体温は驚くほど熱い。


 そのまま押し倒されるようにして、俺は2つ並んだ布団の上に背中から倒れ込んだ。


「ちょ、ちょっと待って、華……」


「待たない。『ずっと一緒』って言質、取った。……今夜は、1秒だって逃がさない」


 重なる唇から、甘い吐息が漏れる。

 触れ合う肌の熱が、浴衣越しでも痛いほどに伝わってくる。


 ……つまり、そういうことだ。


「ごめん、待って! その、『そういう準備』してない!」


「それなら大丈夫。こういうこともあろうかと、準備してきたから」


 彼女がキャリーケースに向かうと、数字が印字された小さな箱が取り出された。


 内心、そういう雰囲気もあるのかなとは思っていたが、せっかくの旅行だし、今回は控えようと思っていたのだ。だが、華の方は完全にノリノリらしい。


 俺は彼女の背中に腕を回し、その華奢な体を強く抱き寄せて反転させた。

 俺が上で、華を下に。


「……すごく綺麗だよ、華」


「っ……ずるい。そういう不意打ちは、心臓に悪いっていつも言ってるじゃない……」


 顔を真っ赤にした彼女の首元に顔を寄せると、湯上がりの甘い石鹸の香りが鼻をくすぐった。


「……愛してるわ。今日は、思い切り甘えさせて」


「俺も愛してるよ。……もう、絶対に離さないから」


 彼女の重すぎる愛を全身で受け止め、そして俺の想いも彼女の心に深く刻み込んだ。



次の日俺の隣には、幸せそうに俺の胸元で眠る華の姿があった。

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