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学校の『王子様』女子を甘やかしてみた  作者: 有明海
6章 卒業編

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70 王子様との旅行(中)

箱根湯本駅に降り立つと、温泉街特有の硫黄の香りが漂ってきた。

 改札を出た瞬間、周囲の視線が一点に集まる。

その中心にいるのは、もちろん俺の隣でキャリーケースを引く華だ。


「……ねぇ、あの人すごく綺麗」


「モデルさんかな? 横の男の人は……マネージャー?」


 ひそひそと聞こえてくる声。

 制服を脱いでもなお、彼女の放つ『王子様』オーラは健在らしい。当の本人は俺の腕をがっちりとホールドし、周囲の視線など1ミリも気にしていない様子だが。


「早速、美術館に行きましょ! 1分でも長く、あなたとこの景色を共有したいわ」


 次に向かうのは、先ほどスマホで見ていた、彫刻で有名な美術館だ。


 駅に着いてようやく旅行を実感したのか、華は明らかにテンションが高い。

この調子だと、宿泊先の旅館に着くまでに彼女は相当疲れてしまいそうだ。


 バスに揺られること約20分。

 俺たちが到着したのは、広大な敷地に数々の彫刻作品が並ぶ『彫刻の森美術館』だった。


「華は、こういうの見るの好き?」


「そうね。美術館という場所そのものの雰囲気も含めて好きよ」


 正直、男子高校生の俺にはあまり理解できない作品も多い。「凄い」とは思うけれど。

 ただ、こういう静かな場所は嫌いじゃないし、眺めているだけで感覚が研ぎ澄まされるような気もする。


 すると、華が俺の姿をスマホで撮り始めた。


「ごめんなさい、思わず撮りたくなっちゃって」


「いいよ。旅行だし、俺も思い出をたくさん残したいしね」


 たくまくんの影響なのか、華はこうして写真を撮ることが増えた気がする。おかげで、自然と俺が被写体になる機会も増えてきた。


 俺はものすごい数の写真を撮られながら広場を抜け、目的の建物――ステンドグラスの建物に到着した。


「すごい……。写真で見るよりずっと迫力があるわね」


 高さ18メートルの塔。外観は無機質な石造りだが、一歩中へ足を踏み入れた瞬間、世界が一変した。

 全方位を埋め尽くす色鮮やかなステンドグラス。外からの光が透過し、螺旋階段を登る俺たちの全身を虹色の光が包み込む。


 華が塔の踊り場で足を止めた。


「……ねぇ、大地。ここで1枚撮って?」


「……うん。いくよ、3、2、1」


 シャッターを切る。

 その空間が織りなす幻想的な雰囲気と、彼女の端正な容姿。

 液晶に映し出されたのは、思わず見惚れてしまうほどに美しい1枚だった。


「見せて……。うん、いいわね! 次は大地の番よ!!」


華は俺の手からスマホを引ったくるような勢いで受け取ると、俺をステンドグラスの前に立たせた。


「……あ、今の角度いいわ! 大地、もう少しだけ顎を引いて。そう、そのまま……!」


 螺旋階段の踊り場という限られたスペースで、華はシャッターを切っていく。


「華、もういいって。恥ずかしいよ」


周りに観光客も多いわけでたくさんの人に見られている。俺が恥ずかしさで顔を赤く染めていることなど、お構いなくカメラを向け続ける。


「ダメよ! まだ10枚しか撮っていないもの、まだ足りない」


「十分でしょ」


結局、俺は10回以上もポーズを取らされ、階段を降りる頃にはどっと疲れ果てていた。


◇ ◇ ◇


次に、電車を使い大涌谷まで来た。


扉が開いた瞬間、美術館の清涼な空気とは一変して、鼻を突く強烈な硫黄の香りが立ち込める。


「……すごい景色ね。地獄谷と呼ばれる理由がよくわかるわ」


 眼下に広がるのは、白煙が立ち上り、山肌が剥き出しになった荒涼とした光景だ。しかし、この壮大な景色の中に佇む華の姿は、どこかの映画のワンシーンのように完成されていた。やっぱり華は、どこにいても絵になるな。


「これ、気になってたよね? 『黒たまご』」


 俺は売店で買ったばかりの、真っ黒な殻に包まれたゆで卵の袋を差し出した。大涌谷の名物であり、1つ食べれば7年寿命が延びると言われている縁起物だ。


「ええ、ありがとう。……ねぇ大地、さっきの説明、本当なの?」


「1つの卵で7年っていう伝説? まあ、あくまで言い伝えだけどね」


 俺がそう言って1つの卵を差し出すと、華はそれを受け取らず、真剣な眼差しで袋の中を覗き込んだ。


「……これ、1袋に5個入っているのね。ということは、全部食べれば35年。さらに20袋食べれば700年……」


「不老不死にでもなるつもり?」


 確実に「良くないこと」を考えている顔をしている。


「大地に、私より1秒でも長く生きてもらうためよ。……いいえ、本当は私と一緒に、数百年単位で添い遂げてもらうため」


 華は袋から1つの黒たまごを取り出すと、丁寧に殻を剥き、俺の口元へと運んできた。


「はい、まずは7年。あと99個ね」


「重いよ。……味じゃなくて、愛が」


 苦笑いしながらも、俺は彼女が差し出した卵を口にした。味は凝縮された旨みがあって驚くほど美味い。


「どう? 7年分、私への愛が深まったかしら?」


「……ああ。あと300年くらいは君の隣にいてもいいかな、って気分になったよ」


「……300年じゃ足りない。次は、別の売店で5袋目を買いましょう。あなたの人生、1秒たりとも余さず私が独占するんだから」


「流石に1袋ずつにしないか? またデートで来るでしょ。……今度は、俺たちの子供も連れて」


「っ……!」


 俺が本音を混ぜてそう返すと、華は案の定、真っ赤になって黙り込んでしまった。


『王子様』のメッキが剥がれ、ただの恋する乙女に戻った彼女は、残りの卵を大事そうに抱えながら、俺の腕をさらに強く引き寄せた。


「……今の、言質取ったから! 絶対よ!」


華の声は少し震えていたが、その瞳には逃げ場を許さないほどの強い決意が宿っていた。


俺が口にしたその一言は、彼女の重すぎる愛に、さらに巨大な「責任」という名の幸せを上乗せしてしまったらしい。


「さあ、行きましょう。次は宿でイチャイチャよ!……あ、でもその前に」


華はスマホを取り出すと、何やら神妙な面持ちでメモアプリに打ち込み始めた。


『2026年3月9日、大涌谷。将来、子供を連れてまたここに来ると大地が宣言。絶対に忘れないこと』


「……。それ、バックアップも取るつもり?」


「当然よ。クラウドと、外付けHDDと、念のために私の心臓に刻んでおくわ」


「最後のは物理的に無理だろ」


呆れながらも、俺は彼女の腕を引いて再び駅と向かっていった。


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