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学校の『王子様』女子を甘やかしてみた  作者: 有明海
6章 卒業編

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72 王子様と卒業式

体育館には、厳かな空気と、それ以上の熱気が満ちていた。今日は華たちの卒業式。俺は生徒会役員として、在校生代表の列に並んでいる。

 卒業生代表として登壇したのは、華だった。

 

「……以上をもちまして、答辞とさせていただきます。卒業生代表、白鷺 華」

 

 凛とした声が響き渡り、彼女が深く一礼する。その一挙手一投足に、女子たちから溜息が漏れた。

 

 華が壇上から降りる際、なぜかこちらをじーっと見つめてくる。

 壇上の彼女は誰もが憧れる『完璧な王子様』そのものだったが、俺に向けるその視線だけは、甘えん坊で独占欲の強い彼女自身のものだ。

 

 1秒も目を離すなと言わんばかりの、強烈な無言の圧力。というか、俺が座る場所なんて教えていないはずなのに、なぜ正確に位置を把握しているのかという疑問が真っ先に浮かんだ。

 

 式典が終わり、拍手の中で卒業生たちが退場していく。俺は生徒会役員としての片付けを済ませようとしていたが、そこに息を切らした南さんが駆け寄ってきた。

 

「大地くん、楓ちゃん! ごめん、ちょっと手伝って!」

 

「どうしたんですか、そんなに慌てて」

 

「生徒会の人気が想定外すぎて、校舎の廊下がパニックになってるの! とりあえず部室棟横の広場に誘導したんだけど、このままだと収拾がつかないわ!」

 

 ……流石はうちの先輩たちだ。

 俺たちは南さんに連れられ、半ば強制的に部室棟裏の倉庫前へと向かった。

 そこには、何列もの長蛇の列ができており、その先には生徒会の面々が控えている。まるでアイドルの握手会かのような人だかりに、改めて彼女たちの人気を思い知らされた。

 

「あー、2人ともお疲れさまー! 来てくれてありがと!」

 

 鳩ヶ谷さんが俺たちに気づいて手を振ると、周囲の視線が一斉にこちらへ集まる。久しぶりに会う先輩は進路も決まりとても元気そうだ。

 

「なんですか、この人だかりは?」

 

「ん? 卒業式だから、最後に写真撮りたいって子たちが並んでるのよ」

 

「あー、なるほど……。俺たちも、お写真を撮る係を手伝えばいいですか?」

 

「ごめん、頼んでいい?」

 

「いいですよ。並んでいる皆さんの対応をしていけばいいんですね?」

 

「大くんは、私たちはいいから。華ちゃんの『専属カメラマン』をやってあげて」

 

 ……まあ、そうなるか。

 俺と鳩ヶ谷さんが話していると、いつの間にか俺の左腕がずしりと重くなった。

 

「……浮気?」

 

「なわけないだろ。ほら、写真撮るから行くよ」

 

 俺は慣れた様子で、華を待つ行列の先頭へと彼女をエスコートした。俺たちが並んで立つと、列に並んでいた女性陣からもなぜか黄色い歓声が上がる。

 

「というか、写真撮るの俺でいいの? そういうの、あんまり上手くないけど」

 

「文化祭の写真が好評なの知ってるから大丈夫。それと、今回は私じゃなくて、皆からのご指名だから」

 

 華がそう言って列の人たちを見ると、皆が大きく頷き始めた。

 

「華ちゃんの笑顔を引き出せるのは上原くんだけだし!」

 

「箱根旅行の写真みたいな、とろけそうな笑顔が見られるかもって期待してるんだから」

 

「それに、2人の間に挟まれるなんて……」

 

 なるほど、そういう下心で呼ばれたということか。

 正直、これだけ多くの人に囲まれている彼女を見ると、少しだけ遠い存在に感じてしまうこともある。けれど、皆が求める『王子様』の素顔を独占し、その隣に立つのが俺だという優越感も、ほんの少しだけあった。

 まあ、悪い気はしない。俺は苦笑しながらカメラを構えた。

 

「わかりました。皆さん、撮りますよー!」

 

 ◇ ◇ ◇

 

 結局、撮影会は1時間を超えていた。

 最後の一人を笑顔で見送った瞬間、華はそれまでの「完璧な王子様」の表情を崩し、俺の胸に飛び込んできた。

 

「疲れたーーー! ぎゅーーー!」

 

「お疲れ様。やっぱり華の人気は、最後の日まで凄かったね」

 

「そんなのどうでもいいの。……それより大地、頭撫でて。あと、ちゃんと褒めて」

 

「はいはい。華は本当によく頑張ってたよ。3年間、改めてお疲れ様」

 

「……もっと。あと、スマホ貸して」

 

「はいはい……」

 

 いつものおねだりだと思い、俺はロックを解除してスマホを渡した。華は俺に抱きついたまま、満足げな顔で俺のスマホをいじり始める。

「あなたたち、卒業式でも変わらないのねぇ」

 

「あ、お姉ちゃんがお兄ちゃんに抱きついてるー!」

 

 他の場所で撮影を終えたらしい生徒会のメンツや、千代、さらには母さんとたくま君までこちらへやってきた。

 

「ごめんね、たくま。お姉ちゃん、今すごく疲れてるから『大地成分』を補給しないといけないの。……あ、お義母様、すみません。こんなはしたないところをお見せして」

 

「もう慣れてるからいいわよ。華ちゃん、うちに遊びに来た時もずっとそんな感じじゃない」

 

「華ちゃん、流石に彼氏のお母さんの前でそれはヤバいって……」

 

 母さんと華の、妙に波長の合ったやり取りに、鶴見さんはかなり引いたリアクションをしている。その時、ふと俺のスマホを覗き込んだ菊池さんが声を上げた。

 

「華さん、今入れているのって位置情報共有アプリですよね。……なんで、上原くんのスマホに勝手に設定してるんですか?」

 

「はぁ!?」

 

 俺が急いでスマホを取り上げると、そこには見慣れないアイコンと共に地図が表示され、俺と華の現在地が1ミリの狂いもなく重なっていた。

 つまり、甘えているフリをして、どさくさに紛れて位置情報アプリをブチ込んだということだ。

 

「……華?」

 

「……だって、明日からは毎日学校で会えなくなるのよ?大地の家に行く時、どこにいるかすぐわかった方がいいし。私がお迎えに行く時も、来てもらう時も便利だと思うのよ」


「――本当は?」


「私がいない間に悪い虫に刺されないか、私が24時間体制で守ってあげなきゃいけないでしょう?」

 

 確信犯だ。卒業した瞬間に監視体制を強化しやがった。

 普通なら引くところかもしれないし、重すぎると怒るのが健全な彼氏の反応だろう。でも、華が抱えてきた孤独を知っている俺からすれば、この『重さ』すら愛おしかった。彼女が安心できるなら、GPSの1つや2つ、安いものだ。

 

「……わかったよ。入れていいよ、そのアプリ」

 

「! ……本当? 大好きよ、大地!」

 

「大地くん、ダメよ! 流石にそれは断らないと、一生監視されちゃうわよ!」

 

 鳥羽さんの悲鳴に近い忠告も、今の俺には遠く聞こえる。惚れた弱みか、どうしても華のこの甘えには勝てそうにない。すると、俺の首元の匂いを嗅いでいた華が起き上がり、上目遣いでねだってきた。

 

「ねぇ、大地? ……卒業祝いほしい」

 

 それを言われ、俺はドキッとしてしまった。確かに準備はしてある。

 本当は、すべてが終わって帰り際、誰もいない校門あたりで渡そうと思っていた。けれど、こんな顔をされたらもう、我慢なんてできるはずもなかった。

 

「わかった、ちょっと待ってて。準備してくる」

 

「ええ、1ミリも動かずに待ってるわ」

 

 俺は彼女の肩を優しく押し返し、賑やかな広場を後にして、校舎へと足を進めた。喧騒が遠ざかり、静まり返った廊下に俺の足音だけが響く。


 この1年はみんなで歩いたこの校舎も、2人で帰った通学路も――今日を境に『思い出』へと変わっていく。

 だからこそ、最後くらいは彼氏らしい、とびきりのサプライズで彼女を喜ばせたかった。歩くたびに、期待と少しの緊張で胸が高鳴る。

 

 生徒会室の扉を開けると、大事に保管していた俺の思いがあった。俺は棚の陰に隠しておいた包みを、壊れ物を扱うように慎重に抱え上げる。

 

 急いで広場へ戻ると、そこには言われた通り、微動だにせず俺を待つ華の姿があった。

 

 夕陽に照らされた彼女のシルエットは、どこまでも凛としていて、やっぱり誰よりも美しい『王子様』だった。

 

「私たちはいない方がいい?」

 

「いいですよ――これからはもう」

 

 生徒会の皆さんが気を遣ってくれたようだが、もう大丈夫だ。俺はそれを後ろに隠して華の方に向き合うと、彼女はものすごくそわそわしている様子だった。

 

「ごめん、お待たせ」

 

「ううん! 大丈夫! 私、目を瞑ってるから――はい」

 

 そして目を瞑って笑顔で手を出す華の両手に俺は、プレゼントを抱かせた。俺が後ろから出した瞬間、鶴見さんから可愛らしい悲鳴が聞こえてきた。周りのギャラリーからも歓声と拍手が聞こえてくる。俺だって内心ドキドキしている。

 

「お待たせ。……はい、これ。卒業おめでとう」

 

 少し照れ臭さを隠しながら、9本の赤い薔薇の花束を差し出した。

 

「……! 薔薇……?」

 

「9本。……『いつも一緒にいてほしい』って意味があるんだってさ。俺から華にぴったりだと思って」

 

 華は吸い込まれるように花束を抱きしめた。その目尻から、本当に温かい雫が零れ落ちる。

 

「……嬉しい」

 

 彼女が幸せそうに目を細め、花束に顔を寄せた。

 俺からの愛情を全力で喜んでくれる彼女を見るのは、最高に気分がいい。


 だが、俺が本当に彼女に贈りたかったものは、ただの『恋人からの花束』ではないのだ。

 俺はその姿を愛おしく見つめながら、密かに仕込んでいた計画の最終段階を待っていた。

 

 俺が今日買ってきた薔薇は、本当は全部で11本。

 でも、俺の口から渡すのは9本だと決めていた。

 残りの2本は、華にとって俺からの愛と同じくらい――いや、彼女の人生においてそれ以上に切実な意味を持つ家族のため。

 

「はい、お姉ちゃん、僕からもこれ!」

 

 人混みを縫って俺たちの元へ駆け寄ってきたのはたくま君だ。

 その小さな両手には、俺が渡したものと同じ、真っ赤な2本の薔薇と手紙がそれぞれ大切に握られている。

 華は驚いたように目を丸くし、ただ言葉を失い、ぽかんと口を開けている。

 

「お姉ちゃん卒業おめでとー! 僕をここまで育ててくれてありがと。これからも大好きだよ!」

 

 無邪気な笑顔を弾けさせ、両手を使って2本のバラを華へと差し出した。

 華は震える手でその2本を受け取ると、自分が抱えていた9本の薔薇の束に、そっと、壊れ物を扱うように添えた。

 

「これでお姉ちゃんの花束、11本になったね!」

 

「11本……。最愛、ね……」

 

 華の瞳から、ポロポロと大粒の涙が溢れ出した。

 王子様としての重圧も、家族への切望と呪い、恋人を繋ぎ止めようとする必死な強がりも、すべてが溶けていくような、純粋で無防備な涙だった。

 

 ずっと孤独で、形のある愛情に飢えていた彼女が、本当に欲しかったもの。それは、無条件で自分を愛してくれる存在だったはずだ。

 

「こんなに可愛い家族にまで愛されるなんて……。私、本当にこの世界で1番の幸せ者だわ」

 

 王子様として皆を導いてきた彼女が、今、1人の女の子として、最愛の人たちに囲まれている。

 彼女は薔薇を落とさないように胸に抱え込みながら、たくま君の頭を優しく撫で、そして潤んだ瞳で俺をじっと見つめた。

 

「あなたに出会えてよかった。私に幸せを、愛情を、家族を教えてくれてありがと!――愛してる!世界で一番大好き!」

 

 華は11本の薔薇を抱えたまま、俺の胸に再び顔を埋めた。

 その花束の重みは、彼女がこれから背負う人生の幸せそのもののように見えた。

 どんなに重い愛をぶつけられても、俺はもう絶対に逃げないし、全部受け止めてみせる。


 学校の王子様を甘やかしたら、こんなにも愛おしい最愛の彼女になっていた。


このエピソードを持ちまして、完結とさせていただきます。

また別の作品も考えておりますので、機会がありましたら足を運んでみてください!

応援していただきありがとうございました!


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