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学校の『王子様』女子を甘やかしてみた  作者: 有明海
6章 卒業編

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66 王子様と仲直り

華と喧嘩をしてから2週間が経ち、季節は2月を迎えていた。

 

 あの日以来、華からの連絡はない。

 俺からもどう連絡すればいいのかわからず、ただ時間だけが過ぎていった。

 一緒に旅行へ行く約束も、話題に上ることすらないまま自然消滅しかけていた。

 

 学校が休みの日、俺は3週間ぶりに生徒会室へと向かっていた。

 華と鉢合わせるかもしれないと思うと億劫だったが、鳥羽さんに呼び出されては行かないわけにはいかなかった。

 

 扉の前で深く深呼吸をする。肺に冷たい空気を入れて、重い扉を開けた。

 

「……お疲れ様で――」

 

「「「誕生日おめでとー!」」」

 

 入室と同時に、パンパンッと小気味よい音が響いた。

 呆然とする俺の視界を、色とりどりの紙吹雪と笑顔の仲間たちが埋め尽くす。

 

「あ……そっか。今日、俺の誕生日でしたね……」

 

 華とのことで頭がいっぱいで、完全に意識から抜け落ちていた。

 今日は2月6日、俺の誕生日だった。

 

「大地先輩! 忘れちゃっていたんですか!? 自分の誕生日なのに」

 

「青葉までいたのか」

 

 そこには後輩の青葉だけでなく、南さんや佐々木、遠藤、金井、そして3年生の先輩方まで、見知った顔が勢揃いしていた。けれど、これだけ多くの人が集まっている中で――。

 

 ――やっぱり、華の姿だけはなかった。

 

 あんな別れ方をしたんだ。この場にいてくれるはずがないとわかってはいても、胸の奥がちりりと焼けるように痛む。

 

「音楽流すねー!」

 

 南先輩が陽気なバースデーソングを流し、中央に大きなケーキが運ばれてきた。

 本来なら主役として笑うべき場面なんだろう。

 でも、今の俺にはこの明るい雰囲気を正面から受け止める余裕はなかった。

 

「ねえねえ、上原くん」

 

 不意に、隣から南さんが声をかけてきた。

 

「華ちゃんと……別れた?」

 

 その一言で、場の空気が一瞬にして凍りついた。音楽の音量すら下がったような気がするほど、鋭い静寂が降りる。

 いつも一緒だった2人が距離を置いていることに、周囲も薄々気づいていたのだろう。

 

「……すみません、正直わからないんです。でも、俺が華を……ひどく怒らせることを言ってしまって」

 

「上原くんが華ちゃんを怒らせるなんて、ありえなくない?」

 

 南さんの真っ直ぐな言葉に、俺は返す言葉が見つからなかった。

「……なんて言ったの?」

 

 鳥羽さんが、いつになく真剣な目をして尋ねてきた。

 

「『大学に行ったら、俺なんかよりずっといい人と出会うかも』って……言いました」

 

「いや、それは怒るでしょ。なんでそんなこと言ったの?」

 

「……大学には今まで以上の出会いがあると思うんです。でも、俺はその間も高校生で、しかも受験生。華に寂しい思いをさせて、彼女の貴重な時間を縛り付けるくらいなら……彼女のために、そう言った方がいいのかなって」

 

 部屋の中に、さらに重く深い沈黙が落ちた。すると、鳥羽さんだけがなぜか小さく吹き出し、クスクスと笑い始めた。

 

「……大地くんも、華ちゃんに似て愛が重いね」

 

「え?」

 

「本音は? 大地くん自身は、本当にそう思っているの?」

 

「……本音、ですか」

 

「うん。大地くんってさ、いつもみんなのために動いてくれるし、華ちゃんのこともすごく大事にしているよね。でも、大地くん自身の『我儘』や『悩み』って、誰にも言わないじゃない」

 

 見透かすような鳥羽さんの瞳に、俺は観念して口を開いた。

 

「……怖かったんです。生活の変化も、これから確実に生まれる時間の差も。自分に自信がなくて、その『差』からどうやっても逃れられないと思うと……」

 

「うん」

 

「華が『結婚したい』とか『ずっと一緒に』って言ってくれる時も、それが脳裏をよぎっていました。俺と華が出会ってまだ1年も経っていません。大学で出会う大人たちが、その程度の時間を簡単に上書きしてしまうんじゃないかって……そう思うと、怖くて」

 

「そっか……。そこまで考えていたんだね、大地くんは」

 

「でもね、大地くん。それって『華ちゃんのため』って聞こえはいいけど、本当は『自分のもとから誰かが離れていくのが怖い』だけじゃないの?」

 

「……っ!」

 

「いい人が現れて捨てられるくらいなら、自分から身を引いた方が傷つかなくて済む。そうやって先回りして、華ちゃんの気持ちを勝手に決めつけてる。……それって、華ちゃんからすれば一番残酷な裏切りだよ」

 

 鳥羽さんの言葉が、鋭く、けれど温かく胸に突き刺さった。

 

「なぁ、上原」

 

「遠藤……?」

 

「俺のせいだよな? この前の相談が……」

 

 遠藤の静かな問いかけに、俺は首を横に振った。

 

「違うよ。相談される前から……修学旅行の時からずっと不安だったんだ。同じ歩幅で歩いていけないのが怖くて。これは、ずっと俺の中にあった問題なんだ」

 

「お前はまだ、白鷺さんのこと好きなんだよな? 教室に入ってきた時、残念そうな顔をしていたのも――」

 

「……当たり前だろ! 大切な人がいなくなるのは不安で仕方ないけど……大好きなんだ。華のことは。でも、どうしたらいいかわからなくて!」

 

「――だってよ、華ちゃん」

 

 鳥羽さんが唐突に虚空へ向かって呼びかけると、会長席の大きなデスクの下がゴソゴソと揺れた。そして、そこから這い出すようにして1つの人影が現れた。

 

「え!?」

 

 あまりの衝撃に、声にならない悲鳴が漏れた。そこにいたのは、他でもない華だった。彼女は真っ赤に目を腫らし、俺を真っ直ぐに見上げている。

 

「……バカ。大地のバカ……っ!」

 

「は、華……いつからそこに……」

 

「最初からよ! 大地が来る前から、ずっと!」

 

 鳥羽さんの方を向くと、彼女は悪びれもせずにウインクしてみせた。華は震える手で俺の制服の裾を掴み、力任せに引き寄せる。

 

「『自分から身を引く』? 『もっといい人と出会う』? ふざけないで! 私は、大地がいない世界なんて1分1秒だって生きていたくないのに! 大地が私を捨てた瞬間に、私の『ずっと』は終わるのよ!」

 

「ごめん……華、俺はただ……」

 

「私にはあなたしかいないの。なんの希望もないと思っていた人生を明るく照らしてくれたのはあなたなの! 次は私が相談に乗る、甘やかしてあげる。あなたが私にしてくれた分、全部!」

 

 華は俺の胸に頭を押し付けた。その体温と、必死に俺を繋ぎ止めようとする指先の力。

 

「……大地のバカ。勝手に絶望して、勝手に私を1人にしないで……」

 

 震える声を聞きながら、俺は自分の傲慢さを痛感していた。彼女を傷つけないようにという思い込みが、彼女を一番苦しめていた。こんなにも俺を想ってくれている彼女に、俺は……。俺は、彼女の背中に手を回した。

 

「……ごめん。本当に、ごめん、華。俺、自分が傷つくのが怖くて、君の覚悟を馬鹿にしていた……」

 

「……わかればいいのよ」

 

 教室中が、2人の様子を固唾を呑んで見守っている。そんなことすら、今の俺たちには関係なかった。

 

「俺、もうあんなこと言わないから」

 

「……」

 

「どこにもいかないから」

 

「……」

 

「華?」

 

 返事がないことに不安を覚えて名を呼ぶと、華は顔を埋めたまま、堰を切ったように言葉を溢れさせた。

 

「……よかった。本当によかった……っ。このままお別れになるんだって、ずっと思っていたから。私が今まで言ってきた『結婚』とか『ずっと一緒』も、本当は迷惑だったのかな、重いのかなって。大地は優しくて奥手だから、なかなか手を出してくれないし……本当は私に興味がないのかなって不安で……っ」

 

「っ……」

 

「あんなこと言ったのも、私と付き合うのが嫌になって、別れるために言ったのかもって……。私が卒業したら、大地は絶対にモテちゃうし! 私みたいな重くて面倒くさい女より、もっといい子がいるはずだって……怖かったのよ。本当によかった……っ」

 

 そのまま、華は俺の胸で子供のように声を上げて泣き始めた。

 

「華さんもね、上原くんみたいに色々悩んでて不安だったんだよ」

 

「……そうだったんだね」

 

「喧嘩して別れたくないから、不安も負の感情も言えなくて。付き合って初めてじゃない? こうやって喧嘩したの」

 

 確かに11月から付き合ってちょうど3ヶ月経つが、これほど激しくぶつかったのは初めてだった。華にも俺に言えない悩みがあり、お互いが「崩れること」を恐れて、逆に歪になっていたのだ。

 

「はいはい、仲直りおめでとー。主役が主役を泣かせてどうするのよ」

 

 鳥羽さんの呆れたような、でもどこか嬉しそうな声に、ようやくここが生徒会室で、大勢のギャラリーがいることを思い出した。

 

「んじゃ、ロウソクに火をつけるな」

 

 金井が言うと、周りがハッピーバースデーを歌い始めてくれた。顔を真っ赤にして離れようとする俺を、華はさらに強く抱きしめてきた。

 

「あなたが不安になっちゃうほど、私の想いは軽かった?」

 

「そんなことはないよ……俺が自信を持てていなかっただけだ」

 

「なら、もっと本心を思い知らせてあげる。あなたと付き合って、とことん甘やかされた『白鷺華』は、まだまだこんなもんじゃないから。これでも、かなり我慢しているんだからね」


 ……どうやら俺はとんでもなく傲慢で、とんでもなく馬鹿ことを思っていたのかもしれない。


 隣でこんなに笑ってくれる大好きな人にあんな顔をさせてしまうほどに。

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