61 王子様と白鷺家
「お邪魔しまーす」
「大地お兄ちゃん、お姉ちゃんたちおかえりー!」
俺たちは初詣の後、その足で白鷺家へ向かった。
たくまくんはテレビを見ていたようで、俺たちの姿を認めるなり笑顔で玄関まで駆け寄ってきた。
先輩たちは、華の家を訪れるのが初めてなこともあって、どこかソワソワと落ち着かない様子だ。
「ごめんね、たくま。少し遅くなっちゃった。1人で大丈夫だった?」
「大丈夫ー! さっき起きたばっかりだから!」
「今日はお兄ちゃんが好きなものを作ってくれるわよ。何が食べたい?」
「炒飯! テレビでやってたのが美味しそうだったから、あれ食べたい!」
無邪気なたくまくんの言葉に、その場の空気がふわりと和んだ。
俺はリクエスト通り、昼飯に炒飯を作ることにした。
キッチンに立つと、隣に踏み台を持ったたくまくんがやってきた。
「お兄ちゃん、僕もお手伝いする!」
たまに華の家に遊びに来て料理を振る舞うたび、たくまくんはこうして手伝いに来てくれるのだ。
「ごめんね、留守番させちゃって」
「大丈夫だよ! 起きたらすぐみんな帰ってきたし。それに、来年からはお姉ちゃんの帰りが遅くなるから、1人にも慣れないとだし!」
来年から小学生になるたくまくんは、華と生活リズムが合わない時間が増える。
学童保育に入る予定だそうだが、それでも姉の帰りを待つ時間は今より長くなるはずだ。
「そっか。……なら来年、学童が終わったら千代と一緒にうちに来て過ごしなよ。夜ご飯も毎日作ってあげるから」
「えっ!? いいの……? ぼくたち、家族じゃないのに」
「大丈夫だよ。あとでお姉ちゃんに予備の鍵を渡しておくから、それ使いな」
たくまくんはぱぁっと顔を輝かせ、嬉しそうに小さな声で「家族……」と呟いた。
……やっぱりこういうところは、姉弟そっくりだなと思う。
俺が食材を切り、たくまくんに卵を割ってもらっている間に、いつの間にか背後にギャラリーができていた。
居間で勉強でもしているのかと思っていたが、気がつけばキッチンの後ろに5人がずらりと並んでいる。
「すみませんみなさん、もう少し時間がかかりそうです」
「いいのいいの。私たちの目当ては大地くんだから」
どうやら、お喋りを楽しみに来たわけではないらしい。
何かを話しかけてくる様子もなく、ただ俺の手元をじっと見つめながら、みんなでコソコソと囁き合っている。
……正直、めちゃくちゃむず痒い。
「……もしかして、俺の料理姿を見に来たんですか?」
「そうよ。やっぱり、料理ができる男の子ってポイント高いわよね」
「別に普通じゃないですか? 今の時代」
料理が趣味の男性なんて珍しくもない。
俺としては、ただの日常の延長線上にある行為なのだが。
「自分たちのために、心を込めて作ってくれるっていうのが特別感があっていいのよ」
「なるほど……?」
正直、そのあたりの女心はよくわからないまま、俺は調理を続けた。
強火で熱したフライパンに卵と米を投入する。
香ばしい匂いがキッチンいっぱいに広がった。
鍋を振るうたびに後ろから小さな歓声が上がり、誇らしいような、こそばゆいような気分になった。
料理が完成し、食卓へ大皿を運ぶと、みんな一斉に手を伸ばし始めた。
たくまくんも「美味しい!」とおかわりをしてくれて、作った甲斐があったというものだ。
食後は、各々の自由時間となった。
鶴見さんと鳩ヶ谷さんも、今日は完全にオフモードのようで、リビングのソファで漫画を読み始めている。
模試の結果がA判定だったらしく、受験生といえど、今は少しだけ心に余裕があるようだ。
「それにしても、ここの家大地くんの写真多いわね」
鳥羽さんにそんなことを言われ、ふと周りを見渡した。
確かに言われてみれば、テレビ台や冷蔵庫などに俺との写真が貼られてる気がする。
「大地が撮ってくれたからね。家族の思い出だから飾ってるの」
「なるほど、付き合って何ヶ月だっけ?」
「来週で2ヶ月ねそれがなに?」
先輩たちは何か言いたげな、リアクションで俺たちのことを見てきた。
まぁ言いたいことはわからなくもない。
「でも安心しました。なんか華さんの部屋って、アニメのヒロインみたいに壁中に上原くんの写真貼ってそうなので」
菊池さんがいうその発言に俺も同意しかけた。
正直、華はどちらかというと重い、多分普通の人よりも尋常になく。
「しても良かったんだけど、毎日会えるからいいかなって。毎週来てもらえればいいし」
逆にその発言が重かった。
◇ ◇ ◇
名残惜しそうにしていた先輩たちも、それぞれの家へ帰る時間だ。
玄関先で「お邪魔しました」と口々に言いながら、彼女たちは最後にもう一度、俺と華を交互に見た。
「それじゃあ大地くん、1週間頑張ってね。……いろんな意味で」
鳥羽さんの意味深なエールを背中に受け、玄関のドアが閉まる。
急に静まり返った家の中に、テレビから流れる正月の特番の音だけが部屋中に響いた。
「……行ったわね」
華が、ふぅと小さく息を吐いて俺の方を振り向く。
「ねぇ大地。……やっと、落ち着いたわね」
「まあ、そうだけど。たくまくんもいるし、まずは片付けを――」
「それなら、あなたがたくまと映画を観ている間にやっておいたわ」
そう言われてキッチンやテーブルに目を向けると、そこは既に、驚くほど綺麗に片付けられていた。
計算通り、と言わんばかりの手際の良さだ。華は一歩、また一歩と距離を詰めてくる。リビングの照明が、彼女の潤んだ瞳に反射して揺れた。
「……ねぇ。今朝のことだけど、私、とっても不快だったわ」
今朝のこと。
きっと初詣で、ナンパに遭っていた2人を助けた時のことだろう。
「ヒヨリと鏡花のことを下の名前で呼んで、おまけに手まで掴んで……」
「ごめん。あれは緊急事態だったし、相手に舐められないようにと思って、つい」
「ええ、わかってる。理屈ではわかってるし、あの時のあなたは最高に格好よかったわ。……でも、あれは私だけに向けられる顔であってほしかった。まさかあの2人にまで嫉妬するなんて、自分でも思わなかったわ」
華は自嘲気味に、力なく笑った。
「……重いのは、自分でもわかってる。けど……あなたにはずっと、私だけを見ていてほしいの」
彼女の細い指が、俺の服の裾をぎゅっと掴む。
時折感じる、彼女のこの剥き出しの独占欲は何から来ているのだろうか。
それはきっと、両親から本来受けるはずだった愛情の欠乏なのだと思う。
それを、俺という存在で埋めようとしているからなのかもしれない。
「そんな華も、俺は可愛いと思うよ。嫉妬しちゃうところも、年頃の女の子って感じでさ」
俺がそう言って彼女の背中に手を回すと、華は驚いた表情で俺を見上げた。
「……え?」
「そんなに俺を好きでいてくれるなら、嬉しいよ。……それとも、離れた方がいい?」
「……っ、そんなわけないじゃない」
華は満足そうに「えへへ」と鼻歌を漏らし、俺の胸元に深く顔を埋めて甘えてきた。
今は、これでいいのだと思う。
彼氏として隣にいられる間は、俺が全力で彼女を甘やかしてあげよう。
母さんの計らいで生まれた、白鷺姉弟との特別な1週間が、静かに幕を開けた。




