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学校の『王子様』女子を甘やかしてみた  作者: 有明海
5章 11月編

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59 王子様とクリスマス

 クリスマス。

 俺たちは少し遠出をして、都心の映画館まで行くことになっていた。

 いつもより服装に気合いを入れ、ワックスで前髪を上げた。


 鏡の中の自分は、自分でも少し背伸びをしているように見えたけれど、今日くらいは格好つけたかった。


 待ち合わせ場所である華の家に着き、チャイムを押す。ドタドタと慌ただしい足音が響いて、玄関の扉が開いた。


「ごめん大地、まだ少し――」


 顔を出した華は、俺を見るなり言葉を失い、何度も瞬きを繰り返した。


 何か変だろうか。

 ゴミでもついているのかと服を払い、自分の姿を確認したが、おかしなところはないはずだ。


「おはよ。準備が終わるまで待ってるよ。……それより、どうしたの?」


 すると、華はニヤニヤと弾んだ笑顔を見せ、スマホを取り出した。


「やばい……私の彼氏、カッコ良すぎる。髪上げてるの、すごく似合ってるわ。ねぇ! 写真撮っていい!?」


「いいけど、寒いから家に入ってもいい?」


 興奮気味に何枚も写真を撮られながら、俺は華の家へと上がった。

 今日は俺たちに配慮してくれたのだろう。

 たくまくんは千代や母さん、幼稚園のお友達とのクリスマスパーティーに出かけていて、家の中は静かだった。


 それにしても、初めて来たときに比べ白鷺家は明るくなっていた。

 皆での写真や思い出の数々が家じゅうを彩っていた。


「すぐ準備するから、座って待ってて!」


 華は鏡の前で、ぶつぶつ独り言を言いながら服を吟味し始めた。


「このスカートだと大地の服装に合わないし……これだと綺麗系すぎるかな……」


「ゆっくりでいいよ」


 いつになく真剣な様子が微笑ましくて、邪魔をしないよう後ろから声をかける。


「どんな服を着ても、華は綺麗だよ」


「……ありがとう。でも、今日は目一杯お洒落したいの。今日が終わったらもう、こういう『大きいデート』は当分できないから」


 彼女の一言に――俺の心臓が、チクリと痛んだ。


 ここ最近、カレンダーをめくるたびに考えてしまうことがある。

 来年の今頃、俺はこうして彼女を笑っていることはできないだろう。


 俺が志望しているのは、遊びながら受かるような簡単な大学じゃない。

 クリスマスも、夏休みも、記念日も一緒に過ごせる可能性は低い。


 来年は華は大学生、俺は受験生。


 彼女の住む世界は広がり、自由な時間が増えていくだろう。

 そんな中、俺が彼女に割いてあげられる時間は今よりずっと少なくなってしまう。


 修学旅行の時に感じた、今後生まれる『差』。


「大地、大丈夫? ……なんだか、暗い顔してるけど」


 華に覗き込まれて、ハッと我に返った。

 無意識のうちに、不安が顔に出てしまっていたらしい。


「あ……うん、大丈夫だよ。華、準備できた?」


 俺は精一杯の虚勢を張り、無理やり笑顔を作って語りかけた。

 胸の奥にある暗い思いを飲み込みながら、俺たちは映画館へと向かった。


 ◇ ◇ ◇


 映画館に着くと、クリスマスということもありたくさんの人で溢れていた。

 キャラメル味のポップコーンを買い、俺たちは席にむかった。

 今日観る映画は、華が好きな小説を実写化した作品だ。



「……っ」


 映画が進むにつれ、隣で観ている華が小さく鼻を啜る音が聞こえてきた。


 付き合って分かったが華は感受性が強い。

 きっと、物語の主人公たちの運命に深く共感しているのだろう。

 『王子様』と称された普段の凛とした容姿からは考えられない、少し子供じみた表情。


 ――やっぱり好きだな。

 離したくないし、置いていかれたくない。

 そんな子供じみた独占欲が、胸の奥で暴れる。


 いつもだったら、感動するはずのこの映画も、今の俺にとっては眩しすぎて内容が頭に入ってこなかった。


 エンドロールが流れ、場内に明かりが灯った。

 華はハンカチで目を押さえながら、真っ赤な目で俺を見て、ふにゃりと力なく笑った。


「すっごく、切なかったね。でも、あんな風に1日1日を大切に思えるのって、素敵だと思う」


「……そうだね」


 彼女の言葉に俺は合わせることしかできなかった。

 映画館を出ると、冬の夜風が、容赦なく体を冷やしていく。


 そのまま足を運んだ有名なイルミネーションスポットは、カップルや家族連れで溢れかえっていた。

 まるで光のトンネルのように続くその景色は、冬の冷たさを忘れさせるほど幻想的だった。

 吐く息は白く染まり、遠くからは微かに定番のクリスマスソングが聴こえてくる。


「綺麗ね。人もいっぱいいる」


はしゃぐその横顔があまりにも大人びていて、綺麗だ。


「みんなに人気の理由がわかるね」


俺は、心の奥で渦巻く焦りを悟られないよう、繋いでいた彼女の手を少しだけ強く握りしめた。

 華が嬉しそうに俺の腕にすり寄ってくる。

 その温もりを確かに感じながら、俺はプレゼントを渡すタイミングを見計らって立ち止まった。


「ごめん、1回手、離してもいい?」


 人が多いので逸れないようにと繋いでいた手を、俺は不意に離した。

 急に温もりを奪われ、寂しそうに手をグーパーしている華が可愛い。


俺の目的は、今日のために用意したプレゼントだ。

 バッグからラッピングされたプレゼントを取り出し、華の目の前に差し出した。


「これ、クリスマスプレゼント」


「え……あけてもいい?」


「もちろん」


 近くのベンチまで行き、華はソワソワした様子で包装を解き始めた。


「マフラー……可愛い!」


今回俺が用意したのは、白いマフラー。


「これ、俺が普段してるマフラーとお揃いのやつ。登校の時、いつも俺のマフラーをとるから欲しいのかなって思って」


 華は嬉しそうにマフラーを抱きしめ、頬ずりして感触を確かめている。


「あれは違うの。……大地の匂いがついてるからよ。朝から幸せな気持ちになれるから、いつも借りてたの」


「なんだ……そういう理由だったのか」


「……でも、ありがとう! これでお揃いがまた増えたわ。――私からも、これ」


 彼女もクリスマスプレゼントを用意してくれていたようだ。

 華が差し出してきた包みのリボンを解くと、中から出てきたのは猫柄の青いエプロンだった。


「高校生でクリスマスにエプロンをあげるなんて、少しおかしいかもしれないけど……」


 俺の顔色を伺うように、華が不安そうに上目遣いで見てくる。


「ううん、嬉しいよ。……俺のことを考えて選んでくれたんだろ?」


「う、うん! そのエプロンを着て、また美味しい料理を作ってほしいなーなんて……」


「大丈夫、いつでも作ってあげるよ。……にしてもこの柄、華もお揃いの買ったの?」


「えっ、なんでわかったの?」


「華の趣味だしね。華は俺とのお揃いが好きだから」


「大地には全てお見通しね」


実用性があって、何より彼女との「日常」を感じさせるプレゼントだった。

 俺の反応に安心したのか、華は満面の笑みを浮かべ、両手でマフラーの端を差し出してきた。


「ねぇ大地、甘えていい? ――このマフラー、可愛く巻いてほしいな」


「もちろん……お嬢様の仰せのままに」


 俺は持っていた裁縫キットのハサミでタグを切り、彼女の首に真新しいマフラーを巻いてあげる。

 今日の華の可愛い服装に合わせて、ネットで見たリボン巻きにしてあげた。


「どう? 鏡で見てみて」


バッグから手鏡を取り出して渡すと、華は自分の姿を映し出し、ぱぁっと顔を輝かせた。


「めっちゃいい! さすが大地。……ねぇ、このまま後ろからハグして? マフラーが崩れないように、ぎゅって」


言われるがまま、華の背中を包むように腕を回す。彼女は俺の腕の中にすっぽりと収まりながら、スマホの内カメを起動して連写し始めた。


「やばい、幸せすぎる……。もう、今ここで死んでもいいわ」


「相変わらず大袈裟だなぁ」


だが、スマホ越しに映る自分の笑顔が、どこか頼りなく見えたのは気のせいだろうか。

 華はしばらく写真を見つめていたが、ふと指を止め、何かを決意したようにキリッとした表情を見せた。

 

 そして、俺の腕の中でゆっくりと身体を反転させ、真っ直ぐに俺の目を見つめてきた。


「あの映画を見てね、私、決めたの。来年、大地が忙しくなって会えなくても頑張る。3学期の残り少ない時間も、映画の2人みたいに1分1秒を大事にする。大地が頑張ってる間、私はもっと自分を磨いて待ってるから」


 華の言葉は、混じり気のない純粋な愛に満ちていた。


「……ありがとう、華」


 俺は、そう答えるのが精一杯だった。

 今朝からの不安は結局、1日のデートでは消えなかった。


 むしろ、この黒いもやは大きくなっていった。


 怖い。不安。焦り。

 これから俺と華の関係が、未来がどうなるかなんてわからない。

『絶対』なんてものはこの世にないなんて、俺だってわかっている。


 でも今は――

 今だけは、この幸せに浸っていたい。

 華と一緒にいられるこの時間を大切にしたい。


 ……いつまで俺は、彼女の隣に居られるかわからないから。

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