57 王子様とヒーローショー
期末試験も終わり、冬休みを目前に控えた頃。
俺は教室でいつものメンバーと、いつになく真面目な話をしていた。話題は、自分たちの「進路」についてだ。
「上原は、やっぱり一般入試で大学か?」
「まあ、そんな感じかな。今のところは国公立を目指そうと思ってる」
俺の通う高校はスポーツの強豪校ということもあり、スポーツ推薦や、そのままプロの道へ進もうとする奴も多い。
現に、目の前にいる佐々木には、すでにいくつかのプロ球団からのスカウトが来ているらしい。
「あー……進路、どうしようかな……」
4人の中でも、特に遠藤がいつになく深刻そうに頭を抱えていた。
「お前、彼女と同じ大学にしたいとか言ってなかったっけ? バスケも強い大学なんだろ?」
「まあ……そうなんだけどさ……」
答えが出ないのか、煮え切らない様子で溜息をつく。
いつも感情豊かな遠藤がここまで悩み抜いている姿は珍しい。
彼なりに、人生の大きな分岐点に立っていることを実感しているのだろう。
そんな中、廊下からこちらへ向かって走ってくる騒がしい足音が聞こえた。
何事かと扉を開けると、そこには息を切らした華と鳥羽さんの姿があった。
「お疲れ様です。どうしたんですか、わざわざ教室まで?」
「受かったわ! 大学、合格してた!」
華が弾けるような笑顔でスマホの画面を見せてきた。
そこには『白鷺 華:合格』の二文字が、誇らしげに表示されている。
「おめでとう、華。これまでの頑張りが報われて本当によかった」
「大地があの日、駅まで見送りに来てくれたおかげよ!」
「……それは流石に関係ないと思うけど」
「あ・る・の!」
なにはともあれ、無事に華の進路は確定したらしい。
放課後に先生と面接の練習を繰り返していた姿を見てきただけに、俺も自分のことのように嬉しい。
すると、華の後ろから鳥羽さんもひょこっと顔を出してピースサインを作った。
「ちなみに、私も受かったよー」
「鳥羽さんもおめでとうございます」
「ありがと、大地くん。……ところで、みんなで何の話してたの?」
二人の視線が、俺たちの手元にある『進路希望調査票』に向けられた。
「進路調査のことで、みんなで相談していたんです」
「――あの、すみません。お二人は、どうやって今の大学を選んだんですか?」
俺の言葉を継ぐように、遠藤が切実な声で二人に問いかけた。
その必死な様子に、俺たちも、華たちも少し驚く。
「私は両親の母校だったからっていう、単純な理由なんだけど……華ちゃんは?」
「うーん。私の家は少し特殊だから、それに対して理解のあるキャリア相談ができるのが今の大学だったの。それに……」
「それに?」
「あまり男の人が得意じゃないから、女子に配慮した環境が整っているところを選んだのよ。……あまり参考にならないわね、ごめんなさい」
「い、いや! 大丈夫です、すみません!」
口ではそう言いつつも、遠藤は余計に深みにはまったような顔をしていた。
結局、遠藤が何で悩んでいるのかはっきりとは分からないまま、予鈴に流されるように話は終わった。
「そうだ、華」
「……? どうしたの?」
教室に戻ろうとする華に、俺は声をかけた。
「今週の日曜日、予定空いてる?」
「空いてるけど、なんで?」
「もしよかったら、どこか出かけないか? 華の合格祝いで」
「いくっ!」
いつになく嬉しそうに、華は俺の両手を握ってぶんぶんと振り回してきた。
こういうリアクションをされると、やっぱり誘ってよかったと思う。
「誘ったはいいんだけど、まだ場所を考えてなくて……」
「じゃあ、私が行きたいところがあるわ!」
そう言って華がスマホで見せてきたのは、期間限定のイベント告知画面だった。
◇ ◇ ◇
そして日曜日。
俺たちは華の希望通り、家から少し離れた遊園地まで来ていた。
「楽しみね、二人とも」
「うん! ありがとうお兄ちゃん、お姉ちゃん!」
今日は華と二人きりのデートではない。彼女の弟のたくまと、俺の妹の千代も一緒だ。
「ごめんね大地、たくまと千代ちゃんまで誘っちゃって」
「いいよ。二人ともずっと行きたがってたしな」
俺たちは、はしゃいで駆け出していく子供たちの後ろをゆっくりとついていった。
ヒーローショーの会場は、親子連れでごった返していた。
最前列のキッズエリアへ千代とたくまを送り出し、俺と華は少し離れた立ち見エリアから彼らを見守ることにした。
「……なんか、不思議な感じだな」
俺がポツリと漏らすと、華が俺の腕に自身の腕を絡ませてきた。
「何が?」
「いや、合格祝いって言うから、もっとこう……小洒落たレストランとか、静かな場所を想像してたんだけど。現実は、怪人の断末魔と子供たちの声援に囲まれてるからさ」
「ふふっ。私はこれがいいの……。最近はあなたのことに浮かれていて、たくまと出かける時間を取れていなかったから」
華は満足げに、俺の肩に頭を預けてきた。
「大地、ありがとう」
「急にどうしたの?」
「大地と出会って、私にも余裕が生まれたわ。まさか私が人を好きになって、こんな幸せな毎日を送れるなんて……思っていなかった」
「そうだね。俺も華と出会って、まさか付き合うことになるとは思っていなかったから」
「こうやって千代ちゃんやたくまが笑っている姿を、大地の隣で見られるのが……嬉しい」
「……うん」
俺は頷くことしかできなかった。彼女にとって俺は、思っていたよりもずっと大きな存在としていられているらしい。
「それにね、大地。これは『予行演習』でもあるんだから」
「……何の?」
「将来、私たちが自分たちの子供を連れてきた時のための。……ね?」
耳元で囁かれた破壊力抜群の言葉に、俺は言葉を失った。
ステージ上のヒーローが必殺技を放った瞬間、会場は今日一番の歓声に包まれたが、俺の心臓の鼓動もそれに負けないくらい激しく鳴り響いていた。




