56 王子様の大暴れpart2
「続きなんだけど――」
「……もう、お腹いっぱいです」
俺のジャージを着て5日間過ごしていたという話だけで、俺の羞恥心はすでに限界を超えていた。
顔が熱くてまともに先輩たちの目が見られない。
「いいの? 軽いのだと、『大地くん自慢を永遠に垂れ流していた』とかもあるけど?」
「ジャージの話に比べたら……それくらいなら、まだ可愛いもの……ですかね」
「でも、あのPCの話やばくなーい? 私それ聞いて、笑いすぎてお腹痛くなったんだけど!」
鳩ヶ谷さんがニヤニヤしながら身を乗り出し、鳥羽さんは「あれは……フォローしきれなかったね」と苦笑いを浮かべた。
話を聞く前からすでに怖い。
「英語のスピーチを披露する授業があったのよ。その時に……ね」
「え、何があったんですか?」
「自分のノートPCをモニターに繋ぐ必要があったのだけど、接続した瞬間にロック画面が出ちゃって。――あなたと華ちゃんが、隣り合って寝ている写真がね」
「…………っ!」
想像しただけで血の気が引いた。
「そのせいで、華ちゃんのスピーチが始まる前から教室は阿鼻叫喚よ。クラスのグループチャットも、一気にお祭り状態だったわ」
鳥羽さんが差し出してきたスマホの画面には、その時のトーク履歴と思わしきログが並んでいた。
『今映ったの、白鷺と彼氏だよな?』
『なんで平然とスピーチできるんだよwww メンタル強すぎんだろ』
『まって、付き合ってまだ3週間だよね? なのにもうこの距離感?』
『しかも私服じゃん。え、お泊まり……? そういうこと……?』
『ってか他撮りだよなあれ。ヒヨリんが撮ったの?』
『違うよ。あんな破壊力ある写真、私は初めて見たし』
画面越しでも伝わってくる生々しい反応に、俺はめまいを覚えた。急いで華の元へ駆け寄る。
「華! ちょっと、そのPC見せて!」
「な、なによ。そんな大きな声出して」
のぞき込んだPCのロック画面には、確かに俺と華の寝顔があった。
さらにデスクトップの壁紙は、以前2人で行った水族館でのツーショット。
「この写真、いつの間に撮ったの?」
「たくまに私のスマホを預けてる時に、勝手に撮られたみたい。画像フォルダに保存されてたから、有効活用しただけよ」
犯人はたくま君だったのか。
確かに修学旅行前、白鷺家に行った時に2人で昼寝をしていた気がするが、寝ぼけていて撮られた自覚が全くなかった。
「……流石にこれをロック画面にするのはやめない? 」
「別にいいじゃない。他のみんなにも、私たちがどれだけ仲良しかが伝わって」
「そういう問題じゃないと思うんだけど!」
「いやー、いくらなんでも大地くんが可哀想すぎるでしょ」
鳩ヶ谷さんも後ろから画面を覗き込んできて、面白そうに指をさす。
「こんなの、一生イジり倒される案件だよー」
「……牽制よ。他の女の子が付け入る隙がないように、私の所有物だって分からせておかないと」
「相変わらず愛が重いね、華ちゃん。……あ、待って。この遊園地の大地くん、めちゃくちゃ格好いいじゃん! これ私にも送ってよ」
「送るわけないでしょ。わ・た・し・の! 大地なんだから」
「ケチー。みんなの大地くんでしょー?」
またしても不毛な喧嘩を始めてしまった2人を見ながら、俺は先輩たちに向き直った。
「……すみません。なんか、多大なご迷惑をおかけしたみたいで」
「ううん、大丈夫よ! 最後にとっておきの『大物』が残ってるから!」
「……完全に面白がってますよね、鳥羽さん」
「だって、今週一週間だけでバケツ3杯分くらいの砂糖を無理やり口に突っ込まれた気分だから。当事者の大地くんにも、同じ味を味わってもらわないと気が済まないわ」
「……本当に、申し訳ありません……」
この数分ほど話を聞いただけで、すでにお腹いっぱいだ。
だが、これ以上の『大物』があるのかと、俺は覚悟を決めて耳を傾けた。
「大物っていうのだけど……華ちゃん、告白されたのよ」
「えっ……」
「まぁ告白なんて別に珍しいことではないじゃない?」
この空間に馴染みすぎて忘れがちだが、ここにいる面々は学校でもトップクラスの美少女たちだ。
一般人にとって、告白なんて人生で2、3回されれば良い方だろうに。
「まあ……そりゃそうっすね」
俺は彼女たちに、話を合わせるように答えた。
「大地くんと付き合ってから、華ちゃんは男の子にもモテ始めたのよ」
「……俺っていう彼氏がいるのに、ですか?」
「華ちゃん、明らかに笑顔が増えたからね。大地くんっていう甘えられる相手が見つかった安心感で、自然体でいられるようになったからじゃない?」
「……そうですか」
なんだか納得がいかないし、少しモヤモヤする。
「それにプラスして、上原くんが旅行でいないじゃない? 『今がチャンス』と思われたのか、今週だけで3人に告白されてるのよ。――そのうちの一人が、あの有村くん」
3人……。
しかも、何かと俺と因縁のある有村先輩かよ。
「本題はここからなんだけど、そこでの断り方がよくなくて」
「いや、あれは酷かったわ。トラウマもの」
鶴見さんが、深く同情するように何度も頷いてきた。
「初日に1年の男の子に告白されてたんだけど。その時に、『一目惚れです付き合ってください』って言われたのよ。そしたら、『私と大地は結婚を前提としたお付き合いなの、ごめんなさい。……というか貴方は、仲良くもない友達にご飯行こうって誘われたら行く?まず、コミュニケーションの取り方を間違えているわ。異性の友達を作るところから始めた方がいいんじゃない?って』」
「あー……なるほどそういう感じのパターンですか」
俺はここでなんとなく理解できた。
要は「上原でも付き合えたんだから、自分だっていけるだろ」というスタンスで突っ込んできた人たちを、華が真っ向から正論で返り討ちにしたというわけだ。
正直、少し安心した。
……というか結婚を前提としたお付き合い?
「2日目は1年生の女の子。こっちはまだ『軽い』方だったけど……。断った後、『上原さんのどんなところが好きなんですか?』って聞かれたの。そしたら、華ちゃんが急に大地くんのいいところを早口で語り始めちゃって、その子が困惑して大泣きしちゃって周りも含めて阿鼻叫喚よ」
「それは……逆に申し訳ないというか」
「んで、問題の有村くんよ。木曜日の放課後、華ちゃんが大地くんに会えないストレスで、イライラのピークに達していた時ね」
「……まぁなんとなく予想つきますけどなにしたんですか?」
「『上原なんかと付き合うより俺と付き合えよ』って言われて……そこから、激詰」
「『貴方ごときに、大地の良さのなにがわかるっていうの?ただでさえ、会えていなくてイライラしているっていうのに、貴方みたいな人間と同じ空間にいるってだけで不快なのよ。それに、大地にバスケでボコボコに負けてネットに晒されているじゃない?それなのによくノコノコ私の前で上原なんかって言えたわね。……というか、好きでもない人に告白されるって迷惑なのよ。薄っぺらいの貴方たちの好きって。それに比べて大地と私は永遠を誓い合った仲なの。大地はね――』」
「あ、もういいです。聞いてる俺も辛くなって来ました」
「えーここからがいいところだったのに。……これのせいで白鷺華に告白すると、プライドとメンタルが木っ端微塵になると伝わったわ。それにプラスして、華ちゃんを手籠めにした上原って何者だよって恐れられてるわね」
「いくらなんでも、風評被害すぎる」
「まあそんな感じで、この5日間で最終的にみんなが出した結論が『白鷺華と上原大地は結婚前提のお付き合いだから、邪魔をしないように。もし邪魔したらとんでもない目に遭う』という噂が全校に広まった、ということよ」
「だいぶ論理飛躍した気がしますが」
「というか、告白してくれた人に『迷惑』って普通言えないよね。正直困ることはあってもさ」
鶴見さんたちはは「さすが華ちゃんね」と笑い合っている。
一応、俺たちまだ付き合って一ヶ月も経ってないよな……?
そう思って華の方を向くと、自然に彼女と目が合った。
「やっぱり本物の大地が一番ね。大好きよ」
俺の葛藤なんて露知らず、彼女はストレートな好意をぶつけてくる。
この嵐のような状況を自然に受け入れ始めてしまっているのも、惚れてしまった弱みなのかもしれない。
「……俺も好きだよ、華。でも、学校では程々にしてね。なんというか――俺たちの関係は、もう少し時間をかけて深めて行くでもいいんじゃないかな?」
「確かに……私たちは少なくとも、あと80年は一緒にいるのだからそうね。わかったわ、大地」
そういうと、満足そうに、華がまたギュッと抱きついてきた。
本当にわかったのか?そう思いながらも俺は、彼女を受け止めた。
周りの先輩たちも「ご自由にどうぞ」という空気だったので、俺も諦めて、彼女の背中にそっと手を回した。
「これは、上原くんも共犯者ですね」
菊池さんがそう言うと、周りの先輩たちも頷き始めた。
「判決、『上原大地は白鷺華をこうした責任として幸せにすること。後、私たちに今度ご飯を作ること』」
そんな無茶苦茶な……。




