55 王子様の大暴れpart1
「じゃあ解散! 気をつけて帰れよ」
修学旅行は、あっという間に終わった。
京都も大阪も料理は美味しいし、何より友達と過ごす時間はとても楽しかった。
金曜日の昼過ぎに東京駅で解散となり、ここからは自由時間だ。
「上原くん」
真っ直ぐ家に帰ろうと思っていると、菊池さんが声をかけてきた。
「菊池さん、お疲れ様。修学旅行、楽しかったね。どうしたの?」
「この後、時間もあるし、生徒会にお土産を渡しに行こうと思うんだけど……どうかな?」
「あー……うん、そうだね。行こうか」
俺の脳裏をよぎったのは、あの鳴り止まない通知音。
修学旅行中、生徒会のグループチャットが静かになることは一度もなかった。
何が起きていたのか、あえて詳しくは聞いていなかったが、一つだけ確信していることがある。
――間違いなく、華が暴れ回った。
喧嘩をしたり、授業をサボったりするような人ではない。だからこそ、「暴れた」という言葉の正体が想像できず、逆に恐ろしいのだ。
「菊池さんは、華のこと何か聞いてる?」
「噂程度ならね。ほら、行きましょ」
菊池さんに促されるまま、俺は学校へ向かうための改札を抜けた。
電車に揺られながら二人で修学旅行の思い出話をしていた時、ポケットのスマホが震えた。
確認すると、俺は見知らぬグループチャットに追加されていた。
「……ん? なにこれ。グループ名『献上品』?」
「え……」
訳のわからない名前に、隣の菊池さんも絶句している。
メンバーは3人。俺と修学旅行で俺と同じ班だった女子たち2人だった。
「菊池さん、これ何かわかる?」
画面を覗き込んだ菊池さんは、数秒後、引き攣ったような苦笑いを浮かべた。
「……華さん、ここまでしてたんだ。トーク履歴、開いてみて」
言われるままにタップすると、そこには狂気的な光景が広がっていた。
画面を埋め尽くす大量の写真。
そのすべてが、俺だった。
浴衣姿、たこ焼きを頬張っている瞬間、さらには風呂上がりの無防備な姿まで。
「これって……やっぱり、そういうこと?」
「そういうことね。……これも含めて、本人に詳しく聞いてみましょう。私たちが不在だったこの5日間、学校で一体何が起きていたのかを」
◇ ◇ ◇
放課後。西日の差し込む生徒会室のドアを開けると、そこには異様な光景が広がっていた。
華を中心に、先輩たちが円状に席を並べて座っている。まるで、重大な罪を裁く尋問現場のようだった。
「えっと……ただいま戻りました」
「だーいーちぃ!!」
俺が声をかけた瞬間、華が弾かれたように立ち上がり、ものすごい勢いで抱きついてきた。
「久しぶり、華。……元気にしてた?」
「寂しかった! すっごく寂しかったの! なのにみんなして、私に説教してくるんだから!」
俺の服に顔を埋め、クンクンと匂いを嗅ぎながら上目遣いで訴えてくる。
そんな彼女を、鳥羽さんたち先輩方が「よく言うよ」と言いたげな呆れ顔で見つめていた。
「皆さん、お久しぶりです。鶴見さんに鳩ヶ谷さんも、今日はいらしてたんですね」
「お疲れ様。修学旅行帰りなのに、わざわざ寄ってくれてありがとうね」
「大くん、おつかれー。今日はね、息抜きと……『裁判』をやってたんだよ」
先輩たちはやつれたような、それでいて楽しんでいるような、複雑な笑顔で挨拶を返してくれた。
俺と菊池さんは、買ってきたお土産をテーブルに広げながら、意を決して切り出した。
「あの……単刀直入に聞きますけど、華は一体何をしたんですか?」
「「「とにかく大変だった」」」
鳥羽さん、鶴見さん、鳩ヶ谷さんの三人の声が見事にハモった。
あの冷静な先輩たちがここまで声を荒らげるなんて、滅茶苦茶レアな事態だ。
そんな中、俺の膝の上に陣取ってハグを継続している我儘お嬢様は、どこ吹く風でケロッとしている。
「……何から聞けばいいですかね?」
「何から聞きたい? ネタなら山ほどあるわよ」
「えぇ……そんなにあるんですか」
たった5日間で、このお嬢様は何をしでかしたというのか。
全校生徒から慕われ、絶大な信頼を誇るあの『王子様』が、だ。
「待って……大地。ヒヨリたちと話す前に、大事なことがあるわ」
急に華がのそっと起き上がり、真剣な表情で俺を見つめてきた。
「大事なこと?」
「スマホ出して」
「……なんで?」
「写真の検品」
その一言で、疑念が確信に変わった。
俺が例の『献上品』グループの画面を見せると、彼女は満足そうにスマホを操作し、自分のアカウントをそのグループに招待した。
「……まずこれね。2年生の女の子たちにお願いして、大地くんの写真を収集したこと」
「これはなんとなくわかりました。明らかに俺にカメラを向けられることが多かったんで」
「見て、この大地格好いい。保存していい?」
「……もう全部好きにしていいよ。その代わりなにがあったか、ちゃんと話してね」
「はーい」
そういうとノートPCのある机まで行き、モニターに繋げながら俺の写真を吟味しはじめた。
「じゃあなにから話そうかな」
鳥羽さんが切り出すと、周りの先輩たちも神妙な面持ちで頷き始めた。
「この前さ、華にジャージ貸したよね?」
記憶を辿る。
確かに、修学旅行前の生徒会室で彼女に貸した覚えがある。
あの後、俺が持って帰るのを忘れて部室に置きっぱなしにしてしまっていた。
「ありましたね、そんなこと」
「いやぁーそれが良くなかったのよ……」
「と言いますと?」
「……華ちゃんは学校でずっとそれを着ていたわ」
は!?
驚いて華の方を見るとこちらに見向きもせず画面に集中していた。
「ま、待ってください。もっと詳しく説明してください」
「月曜私たち体育だったのよ。それで華ちゃん体操着に羽織るジャージを忘れちゃって、急遽大地くんのやつを借りたの」
「それ自体は、まぁいいですよ。華が風邪を引いても困りますし」
「問題はその後よ。よっぽどそれが気に入っちゃったのか、毎日着て過ごすようになっちゃって……」
「いや、先生とかに怒られないんですか、それ?」
「この時期寒いからクラスに、制服の上にジャージを羽織ってる子も多いじゃない?それを隠れ蓑にこの子は好き放題してたのよ」
「は、はぁ……」
「例えば『上原』と書かれたジャージで校内を歩き回ってたことね。先生に間違えて上原って呼ばれてニヤニヤしていたわ」
「授業中もずっと、袖口に鼻を押し当てて匂いを嗅いでいたわ。そのせいで、隣の席の鏡花は顔を真っ赤にしたまま集中できなかった」
「だってだって!私は大地くんのことも知ってるから!見ているこっちが恥ずかしいっていうか……」
被害者である鏡花さんの話が出ると、華がようやくモニターから顔を上げた。
「好きな人の匂いを嗅ぐことは、リラックス効果や記憶定着を助けるって研究で証明されているのよ。だから、授業中に大地の匂いを摂取するのは、極めて合理的な判断よ」
「――とこのように開き直っているのよ」
鳥羽さんの言葉に、俺は天を仰いだ。
「あ、もう終わりです。俺のライフはゼロです」
「まだまだ他にもあるよ、大地くん」
……もう、これ以上醜態を聞きたくない。
最愛の恋人が、学校でどれだけ『恋愛モンスター』と化していたのかを。




