54 王子様と修学旅行
「来週、楓と大地君いないんだっけ?」
「そうですね、私たちは修学旅行にいってきます」
鳥羽さんにそう聞かれ、菊池さんが答える。
俺たち2年生の修学旅行が来週に控えていた。
四泊五日の大阪・京都の旅。
京都に行くのは初めてなのでかなり楽しみだったりする。
「お土産なにがいいですか?」
「うーん……豚まんとかお菓子がいいかも!」
「わかりました。希望があればグループチャットにURLを貼っておいてください。鶴見さんたちにも、よろしく伝えといてください」
「助かるわ!あの子達も喜ぶと思うわ……ねぇ華ちゃん?」
「……」
鳥羽さんが話を振るが、華は机に突っ伏したままピクリとも動かない。
受験日の次の日から、ずっとこんな調子だ。
「華さんどうしたんですか最近?」
「大地君と会えなくなるからでしょ」
鳥羽さんに指摘された途端、華はガバッと顔を上げ、怨念をぶちまけるように言い始めた。
「……大好きな彼氏と1週間会えないなんでおかしい。付き合ってまだ2週間なのに……なんでこんなのありえない……というかなんで私と大地は学年違うのよ……」
「華ちゃん、拗らせすぎよ。たかが一週間じゃない」
「たかがじゃない……」
「これがあの、『白鷺華』ですか」
華はそれもあって最近不機嫌だった。
愛されているのはわかるが、ここまで駄々をこねられると、もはや面白くなってくる。
「連絡いっぱいするからさ……元気出して?」
「1週間会えないとか死んじゃうわ。……あ、ひとついい案を思いついた」
なにを思いついたのか華は勢いよく顔を上げると、急に菊池さんを指差した。
「楓。修学旅行の日、私と代わりなさい。身長も同じくらいだし、あなたの格好すればなんとかなるでしょ」
そう言われた菊池さんは、若干顔を引き攣らせながらも、冷静に正論を突きつける。
「とんでもないこと言い出さないでください。上原くんとは個人的に出かければいいじゃないですか」
「そうかもだけど……修学旅行として回りたいの……! なんとかなるでしょ!」
「私だって、来年の受験前にクラスメイトと楽しく過ごしたいんですよ……」
「ずるいわよおぉ!」
華はまた机に突っ伏して駄々をこね始めた。
「……大地君こうなった責任。ちゃんと取りなさいよ」
「俺ですか!?なんもしてないですって!」
急に矛先がこちらに向けられ、俺は慌てて否定した。
そんな中、話の中心人物である華はいつの間にか俺のバックをあさり始めていた。
「大地、寒いからジャージの上かして。今日体育だったでしょ」
「もう……わかったよ。ちょっと待って」
『王子様』から『わがままお姫様』へと見事なジョブチェンジを果たした彼女に、俺たちはやれやれと頭を抱えるのだった
◇ ◇ ◇
修学旅行当日。
俺は集合場所の東京駅に来ていた。今日から5日間、受験前最後の大きな思い出作りだ。
「菊池さんおはよう……眠そうだね」
「……おはよ、上原くん。朝早すぎるのよ」
朝が弱い菊池さんは少し不機嫌そうだ。
そんな彼女とは対照的に、元気よく声をかけてくる女子たちがいた。
「上原おは!」
「上原くんおはよう同じ班だね」
声をかけてきたのは、いつも俺に華のことを聞いてくるファンクラブの女子2人組だ。
同じ班ということもあり、旅行中は彼女たちと過ごすことが大変多い。
「2人ともおはよう、楽しもうね」
俺が返すと、彼女たちは力強く頷き、おもむろにスマホを取り出した。
「上原って、文化祭でカメラマンやってたよね?」
「 そうだけど?」
「自分の写真って少ないでしょ? だから、今回は私たちがいっぱい撮ってあげる!」
「え!?いいって俺の写真なんて……」
「いやいやいや! 遠慮しないで!!」
やけに彼女達は強気で引き下がらなかった為、俺はその熱意に負けて頷くことしかできなかった。
「よーっし、なら最初の1枚撮っちゃうね!まずはソロで、その後みんなと撮ろう」
俺は彼女たちに流されそう写真を撮らされた。
◇ ◇ ◇
なんか1日やたら写真を撮られた気がする。
それを差し引いても今日の体験はどれも新鮮で楽しかった。
古い神社仏閣を巡るのも面白かったし、抹茶のアイスも絶品だった。
11月ということもあり、紅葉がCMのロケ地のように美しく、非日常を満喫できた。
お風呂あがり、いつメンの4人で宿の大浴場を堪能し、俺たちはエントランスで談笑をしていた。
ふと階段の踊り場で、カップルが親しげに話しているのを見かけた。
男子と女子で階が分かれているため、ああやって隠れて会っているのだろう。
(……俺も華と同じ学年だったらな)
「あいつらいいよな超羨ましいぜ」
隣にいた遠藤が、ポツリと独り言のように漏らした。
遠藤は別の高校に彼女がいるのもあり、俺と同じことを思っていたらしい。
「そうだな……」
「やっぱり上原も、白鷺先輩と同じ学年がよかったなーとか、思うもん?」
そういえば、華自身も生徒会室でそんなことを言っていた気がする。
「……正直、あれを見ちゃうとやっぱり思うよ。同じ学校で過ごせるのも、のこり4か月もない。羨ましいよ」
みんなが羨ましい。
華が大学1年の時に俺は高校3年生で。
彼女が社会人になる時、俺はまだ大学生である可能性が高い。
学年という致命的な『差』。
もし彼女が新しい環境に飛び込んだ時、俺よりずっと大人で、もっといい男に出会ってしまうんじゃないか――
「――おーい。上原、大丈夫か?急にぼーっとして」
心配そうに遠藤たち3人が俺を顔のぞき込んできた。
「あ……うん大丈夫!お風呂でのぼせたかな」
「しっかりしろよ、そろそろ部屋戻ろうぜ!」
階段にいるカップルを横目に、俺は遠藤たちにだまってついていくことしかできなかった。
エレベーターに乗り、ふとスマホをチェックすると、恐ろしい数の通知が溜まっていた。
特に『生徒会』のグループチャット通知は40件にもなっていた。
『華ちゃん暴れすぎ!大地くんが可哀想すぎるよ』
『私は何もしてないわ。ってか、他の人たちもやってることでしょ』
『やってるかもだけどあんな堂々としない!鏡花なんてあなたのせいで授業集中できてなかったのよ!』
『大くんヘルプ』
『大地くん、助けて。この浮かれポンチ手がつけられない……』
最後の鳩ヶ谷さんと鶴見さんの悲痛な叫びを見て、俺はそっと既読をつけずに画面を伏せた。
この楽しい修学旅行が永遠に続いてほしい。
いや、今の俺にとっては帰りたくないという切実な恐怖の方が勝っていた。




