53 王子様と受験日
華の受験前日の日曜日。
今日、華とたくま君はうちで夕食を食べることになっていた。
「みんなー、ご飯の準備してー」
母さんがキッチンから声をかけると、テレビの前にいた3人は慣れた手つきでテーブルの準備を始めた。
白鷺姉弟が家に来る機会が増えたため、母さんは最近、2人用の茶碗と箸まで新調している。
……なんかもう、本当に家族みたいだ。
「はい、お待たせ今日はトンカツよ。華ちゃんは明日のこともあるから、胃もたれしないようヒレカツね」
受験にカツという意味で安直なゲン担ぎではあるが、今日はとんかつにした。
みんな目を輝かせている。
相変わらずのいい食べっぷりに、俺も自然と笑顔になっていた。
「千代ちゃん、あーん」
「たくま君、ありがと! あーん」
ふと見ると、千代とたくま君が向かい合って食べ物をシェアしていた。
いくらお兄ちゃんでも、そんなおませな行為は見過ごせないぞ!
「た、たくま君、なにそれ!?ちょっと距離近すぎるんじゃないかな?」
「お兄ちゃんとお姉ちゃんの真似だよ。よくやってるじゃん!」
「うげぇっ」
思わず変な声が出てしまった。
そう華が今週来るのは実はこれで4回目。
ここ最近の華は、俺の家に異常な頻度で入り浸っている。
なんでも「私の受験と大地の修学旅行が被ってるから、今のうちに『大地成分』をチャージしておかないといけない」らしい。
必然的に一緒に食事をとる回数も増えるわけで、俺が華を『餌付け』している現場を子供たちに見られるのは、もはや避けられない状況だったのだ。
「仲良いわね。お兄ちゃんたちに似て」
「母さん!流石に止めないと。よくないよ2人とも」
「いいじゃない微笑ましくて。それに、あなたたちだってずっとくっついてるじゃないの」
母さんに指摘され、ハッとする。
そう、華は今も俺の左腕にぴったりとくっついたまま、器用に箸を動かしてご飯を食べているのだ。
テーブルはこんなに広いんだから、もう少し離れて座ればいいものを。
「……すみませんお母様。ご迷惑ですか?」
「いやいや! むしろこんな美人さんがうちにお嫁に来てくれるなんて、お母さん大歓迎よ。大地をもらってくれてありがとうねぇ」
「こちらこそ、ありがとうございます! 大地のことは私が絶対に幸せにしますので、お義母様もどうかご安心ください!」
「……結婚したわけじゃないって」
俺の切実なツッコミは誰の耳にも届くことなく、和やかな食卓の空気に虚しく吸い込まれていった。
食事も終わり明日も朝早いということで、白鷺姉弟はいつもより早めに帰ることになった。
「いつもありがとうございます。ご迷惑をおかけしました」
「大丈夫よ。二人とも、もう家族みたいなもんなんだし」
「――ありがとうございます!」
嬉しそうに、姉弟は深く頭を下げた。
二人が見せる笑顔も、最初に出会った頃に比べたら、ずっと自然で柔らかいものになったように感じる。
「大地、今週は我儘いっぱい言ってごめんなさい。正直めんどくさかったと思うの……でも最後に明日頑張ってくるから、応援して欲しいの。これでもう当分我儘言わないから!」
確かに今週は、付き合ったばかりなのもあっていっぱい『甘やかして』きた。
「応援してるよ。華なら大丈夫だって信じてる」
「っ――ありがとう、大好き!バイバイおやすみ」
そう言って、二人は手を繋いで家を出ていった。
俺は、笑顔で話し合いながら歩く二人の背中を静かに眺めていた。
「愛されてるわねぇ、大地」
「……うん、そうみたいだ」
「貰いっぱなしじゃなくて、ちゃんと返してあげなさいよ。あなたなりにね」
母さんにそんな言葉をかけられながら、俺は玄関のドアを閉めた。
◇ ◇ ◇
翌朝、俺はいつもよりかなり早く家を出て、最寄り駅に来ていた。
入試に向かう華を見送るためだ。
そしてこれは、華には言っていない、ほんの少しのサプライズだったりする。
11月に入り、冬が近いこともあって早朝はかなり冷える。
すれ違う人たちも、重装備で防寒対策をしている。
待ち始めて20分ほど経ったくらいだろうか。
見覚えのある制服を着て、イヤホンをつけた女の子の姿を見つけた。
「おーい華!」
「……」
イヤホンのせいか、まったく返事がない。
俺は小走りで近づき、彼女の肩をポンと叩いて声をかけた。
「華、俺だよ大地」
「あーもう!しつこい!朝からナンパなんてしてく――えっ大地!?」
どうやら俺をナンパ男と勘違いしていたらしい。
彼女らしいというか、なんというか……。
「えっと……サプライズ?」
「……わざわざきてくれたの。朝早く起きて、こんな寒いのに……いつ私がくるかわからないのに……?」
「うん。せっかくだから、華のこと直接見送りたかったし」
「なにそれ……っ」
「ごめん迷惑だったかな?」
そう言って華は勢いよく俺に抱きついてきた。
朝の駅前なのもありかなり目立っていた。
「迷惑なわけない! 嬉しい! ありがとう大地!」
胸元に顔を擦り付けてくる華の頭を撫でてやると、彼女は安心したように体重を預けてきた。
……なんか、甘えん坊の大型犬みたいだ。
「華、電車の時間もあるだろうから、そろそろ」
俺が彼女の肩をトントンと叩いても、華はギュッと抱きついたまま離れようとしない。
「もう受験いいかな……大地とこうやっていられれば、私なにもいらないわ」
「嘘だよね!? ほら、はーなーれーて!」
無理やり彼女を引き剥がすと、名残惜しそうな顔でこちらを見つめてくる。
……上目遣いでそんな風に見つめてきてもダメです!
「……正直、不安なの。学校推薦だからといって絶対受かるとは限らないし、確実とは言い切れないから……」
「そっか……。でも、俺は華のことずっと近くで見てきたからわかるよ。華は友達思いで、みんなのために一生懸命動ける人だ。だから、変に飾らず普段通りにしていれば、華のいいところは自然に試験官の人にも伝わると思う」
「……ありがとう。少し勇気が出たわ。ごめん、そろそろ行かないと」
華は名残惜しそうに俺の手をにぎにぎと握ってくる。
そうして、改札に向けて歩き出していった。
「うん、いってらっしゃい」
振り返らずに進む彼女の背中に向けて、俺は少し大きな声で呼びかけた。
「頑張れ――華! 応援してるよ!」
それを聞いた彼女は、パッと振り返り、花が咲くような最高の笑顔でピースサインをしてくれた。
昼休み。
スマホを確認すると、華から2通のメッセージが飛んできていた。
そこには――
『今日は大地のおかげでうまくいったと思う。わざわざ朝来てくれてありがとう』
『これからもいっぱい甘やかしてね、ダーリン』
そんな可愛らしいメッセージが届いていた。




