51 王子様と文化祭2日目(後)
劇を終えた華は、どこか落ち着かない様子で俺の前に立っていた。
「あ、あのね……お願いがあるの」
華が消え入りそうな声で切り出した。
「私と……この後、デートしてくれませんか」
彼女の差し出した手を微かに震わせている。
俺はゆっくりとその手を取り、包み込むように握る。
「ごめん華。その前に、俺のお願いも聞いてほしいんだけど、いいかな?」
「う、うん……」
俺は彼女の両手を握り、真っ直ぐにその瞳を見つめた。
「華と初めて会ったのって、1学期のこの教室だったよね」
「そ、そうね。……あの時は、ひどい態度を取っちゃって」
「あはは、確かに。最初に会った時はものすごく敵対視されてたし、冷たかったよね。俺も正直、『王子様』って呼ばれる人は怖いなって思ってたし、学校のみんなからもひどいことをたくさん言われたよ」
「……本当に、ごめんなさい」
申し訳なさそうに視線を落とす華の手に、少しだけ力を込める。
「でも、そこから華が俺を認めてくれて、生徒会に入ることができた。夏休みには華の色々なところを知れたよね。料理だって、最初は……その、あんまり得意じゃなかったのに、たくま君のために一生懸命練習して、すごく上手になったね」
「それは、あなたが隣にいてくれたからよ」
「学校が始まってからも、こうやって一緒に過ごして……俺にしか見せないような表情が増えていくのが、本当に嬉しかったんだ」
一度言葉を切り、深く深呼吸をする。
心臓の鼓動が耳の奥まで響いている。
目の前の華を見ると、林檎のように赤く染まり、その大きな瞳には今にも溢れ出しそうな涙が溜まっていた。
俺はそっと手を伸ばし、彼女の頬を伝う涙を指先で拭った。
「俺はこれからも、華のことが知りたい。……いいところも、弱いところも、全部。『王子様』とか『白鷺』じゃなくて、俺の隣を歩く1人の女の子として華を、ずっと守っていきたい」
俺は一番伝えたかった言葉を口にした。
「白鷺華さん、俺と付き合ってください。……この後のデートは、俺の彼女として隣を歩いてくれませんか?」
「はい――よろしくお願いします」
そう言うと、華は俺に抱きついてきた。
「ありがとう華」
「ずっと昨日今日と待ってたのよ。。いつ告白してくれるのかなって。不安だったの」
「あはは……それはごめん。一応考えていたんだけどね」
「まぁいいわ。……これで私たちカップルなのよね?」
「カップルって……うんそうだね」
「私これからは今まで以上にもっと甘えるから。よろしくね、彼氏さん」
「うん。わかったよ、彼女さん。いっぱい甘やかすよ」
「じゃあ、付き合って一番最初のわがまま。……聞いてくれる?」
華はそう言って、俺の腕の中からそっと離れた。
少しだけ寂しさを感じたが、彼女の瞳には悪戯っぽい光が宿っている。
「私のこと、お姫様抱っこして。……劇の最後みたいに」
「? お姫様抱っこ? いいけど……ここで?」
「ええ。……ちょっと待っててね」
華は嬉しそうに微笑むと、意を決したように生徒会室の扉を勢いよく開け放った。
すると、そこには生徒会の役員たちをはじめ、3年生の先輩方、それにたくまや千代までが勢揃いしていた。
「え!? なんで、皆さんもしかして――」
「華ちゃんが『これから勝負をかけてくるから、廊下で応援して!』って言うから。もう、お熱いことね」
鳥羽さんが苦笑いしながら教えてくれる。
どうやらこのことを確信して、観客を集めていたらしい。
「大くん。うちの華ちゃんを、末永くよろしくね」
鳩ヶ谷さんにポンと肩を叩かれたその時、それまでとは一変した険しい表情で、華が俺の前に割り込んできた。
「……だめ。大地は今日から『私のもの』になったの。茜、いつまでも『大くん』なんて呼ばないで。これからはちゃんと『上原君』って呼びなさい!」
「えーなんで。私はずっと前から『大くん』って呼んでたんだよ。嫉妬深い女はすぐ捨てられるよ?」
「大地が私を捨てるわけないでしょ! 何言ってるの!」
俺の耳元で、火花を散らして言い合いを始める2人。
周囲の女子生徒たちは、あの凛々しい『王子様』の意外すぎる子供っぽい姿に、驚きと微笑ましさが混ざったような声を上げている。
「お兄ちゃん。お姉ちゃんと……『おつきあい』したの?」
喧嘩をよそに、たくまと千代が俺の服の裾をぎゅっと引っ張ってきた。
「うん、そうだよ。たくまのお姉ちゃんと、お付き合いすることになったんだ」
「えっ、じゃあ、お姉ちゃんとお兄ちゃん、結婚するの!?」
子供らしい無邪気な問いかけに、俺は思わず吹き出しそうになった。
幼稚園児にとって「付き合う」の先は「結婚」という認識なのだろう。
「いや、違うよ。結婚はしな――」
「するわよ。大地が高校か大学を卒業したら籍を入れるわ。学生結婚もいいと思うのよね」
「……は?」
背後から放たれた華の爆弾発言に、廊下中が騒然となる。
野次馬で集まっていた生徒たちからは、悲鳴に近い歓声が上がった。
いつも華を囲っている親衛隊の女子たちは、もはや涙を流しながら拍手をしている。
「……するわよね? 結婚」
華が俺の腕を掴み、真剣な眼差しで覗き込んでくる。
「いや、俺たち今日付き合ったばかりだよね……?」
「そうよ。でも、私があなたから離れられると思う? 」
「……参ったな」
彼女の覚悟に完敗だ。
俺が苦笑いして頷くと、華は満足げに頷き、今度は廊下にいる全員に向かって凛とした声を上げた。
「みんな、聞いて。私はもう、みんなが憧れる『王子様』じゃないわ。これまでは、みんなの期待に応えたくて、完璧な私を演じてきたけれど……」
一呼吸おいて、華は俺の腕をそっと取り、自分の胸に引き寄せた。
「本当の私は、可愛いものが好きだったり、料理が下手だったり……みんなが思っている理想とは、程遠い女の子なの。でも、彼はそんな私の先入観を捨てて、ありのままの私を見てくれた。……私にとって、本当の『王子様』は、彼の方なの」
静まり返った廊下に、彼女の潔い言葉が響く。
「だから、学校の『王子様』は今日で卒業させて。これからは、ただの『白鷺華』として接してほしい。……よろしくね」
そう言って、華は幸せそうに俺に体を預けてきた。
俺が彼女の体を抱え上げ、念願の「お姫様抱っこ」をすると、彼女は嬉しそうに俺の首に手を回し、最高の笑顔をみんなに見せつけた。
割れんばかりの拍手と、地響きのような歓声。
異変を聞きつけて集まってきた生徒たちの驚きや祝福の声が、廊下に充満していく。
「ねぇ、大地」
喧騒の中、耳元で囁かれた彼女の声だけが、驚くほど鮮明に届いた。
「大好きっ!」
彼女は「王子様」を演じていた。
誰の助けも借りず、一人で立ち上がるしかないと思い込んでいた。
自分の血を呪い、自分自身の幸せなんて、望んではいけないと考えていた。
――けれど、そんな女の子はもういない。
家族思いで、真面目で、責任感が強い。
その反面、実はひどく甘えん坊で、少し嫉妬深くて、可愛いものが大好き。
俺が好きになった女の子はそんな人だ。
俺は彼女の瞳を見つめ返し、優しく微笑んだ。
「俺も大好きだよ、華」
その瞬間、一段と大きな歓声が上がり、たくま君が構えたカメラのシャッターが切られた。
カメラの中に収まったのは、幸せな恋人たちの姿だった。
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これにて4章は終了です。
次の更新は4/6、今後は1epごと更新していきます。
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