49 王子様と文化祭1日目(後)
俺たちが次に向かったのは、1階の奥にある教室。
ここではバスケ部が出展を行っていた。
「あ、大地先輩だ!!」
俺に気づいた青葉が駆け寄ってくると、他の部員たちも次々とこちらに集まってきた。
昼休みに一緒にバスケをすることが増えたおかげで、部員たちの多くとは顔見知りだ。
「わかばちゃん、みなみちゃん、こんにちは!」
肩車されているたくまが、元気よく手を振る。
「たくま君も、こんにちは!」
この前、公園でバスケを教えてもらって以来、たくまは彼女たちとすっかり仲良くなっていた。
いつの間にか「ちゃん」付けで呼ぶほどの距離感になっている。
「せっかくだから、うちの出し物で遊んでいく?」
「たくま君、やってみる?」
「うん、やる!」
たくま君の返事に、俺たちはバスケ部のゲームを体験することにした。
内容は、小さなボールをネットに入れるとお菓子がもらえる、シンプルなフリースローゲームだ。
年齢ごとにシュートする位置がテープで指定されており、たくまは一番前からの挑戦ということになった。
「僕、ここからでもゴールできるよ!」
たくまがボールを抱えながら、わざと後ろのテープを指差した。
「いや、流石にそこからは難しいんじゃないか?」
「見てて!」
宣言通り、3つ後ろのテープまで下がると、小さな体で一生懸命にボールを放り投げた。
放たれたボールは綺麗な放物線を描き、吸い込まれるようにネットを揺らす。
「ほら、できたでしょ!」
たくまがドヤ顔で振り返ると、周囲の部員たちは一瞬唖然とした後、一気に歓声に包まれた。
「えっ、すごいねたくま君!」
「この前、公園でわかばちゃんたちに教えてもらったから!」
「……可愛すぎるよ、もう!!」
興奮した青葉たちが、たくまの頭をわしゃわしゃと撫で回す。
あの日公園で練習した甲斐があったというものだ。
その後、俺たちは部員たちと何枚か写真を撮った。
バスケ部のみんなからは「今の写真、絶対欲しい!」とせがまれるほどの大盛況だった。
一通りの仕事を終えて教室を出ようとすると、背後から青葉に声をかけられた。
「先輩……私のこと、避けてましたよね」
「……感じさせちゃったか」
苦笑いして振り返る。
あの一件で遠藤たちと再会して以来、俺は青葉と顔を合わせるのが少し怖かった。
どんな顔で接すればいいのか、正直わからなくなっていたのだ。
「私も少しは気まずかったです。でも、先輩にある意味気持ちがバレちゃったんで、もう吹っ切れました!」
「そっか……これからは普通に接するように気をつけるよ」
「はい! それと、私、来年は生徒会に入りますから。よろしくお願いしますね!」
青葉はそう言って、悪戯っぽく手を振って部員たちの輪に戻っていった。
その後、俺たちは校内の出し物を一通り見て回った。
体育館でのバンド演奏に、茶道部の本格的なお点前、各部の出展。
生徒の一人一人が、この瞬間のために積み重ねてきた努力を披露し、学園祭を心から楽しんでいる。
そんな熱気を感じているうちに、時刻は夕方を迎えようとしていた。
「よし、最後はお姉ちゃんたちを撮りに行こうか」
「うん!」
俺たちは、華たちのいる生徒会室へと向かって歩き出した。
「お兄ちゃん」
「どしたの?」
不意に、肩の上のたくま君が小さな声で尋ねてきた。
「お兄ちゃんは、お姉ちゃんのこと好き?」
「え……。……うん。好きだよ」
照れくささを堪えて答えると、たくまは満足げに笑った。
「よかった。僕もお姉ちゃんも、お兄ちゃんのこと大好きだから」
こうして、たくまと二人きりでゆっくり話すのも久しぶりな気がする。
初めて会った頃に比べれば、随分と自然に笑えるようになっていた。
生徒会室の近くまで来ると、扉の向こうから先輩たちの声が聞こえる。
それと聞き覚えのある女性の声も聞こえた。
「ーー本当にみなさんのおかげです。ありがとうございます」
扉の前に着くと、そんな母さんの声が聞こえた。
俺は扉にかけた手を止め、その場に立ち尽くした。
「私たちは何もしていないですよ」
「みなさんのおかげであの子には居場所ができました。私のせいであの子の大切な時間を奪ってしまったので」
初めて聞く、母さんの本当の想い。
思えば母さんはいつも「学生なんだから」と、俺が無理をしていないか、何かを諦めていないかと、常に気にかけてくれていた気がする。
「お母様、それは違います」
華の声がそう鮮明に聞こえた。
「大地は、奪われたなんて思っていません。……確かに彼は多くのものを手放したかもしれません。でも、今の彼は、誰よりも前を向いています」
「……」
「彼は、私たち生徒会に居場所を見つけ……私を救ってくれました。今の彼が笑っていられるのは、お母様が彼を信じて、ここまで育ててくれたからです。だから、自分を責めないでください」
「ありがとうございます」
母さんの啜り泣く声が聞こえる。
俺も廊下の隅で、目元を強く押さえてうずくまることしかできなかった。
ひとしきり落ち着き、深呼吸をし、扉をノックした。
「みなさーん写真撮らせてください!」
扉を開け、勢いよく声をかける。
まだ少しだけ赤い目を、カメラのファインダーを覗き込むふりをして隠しながら。
写真を撮り終え、母さんと千代と出ようとした時、華に呼び止められた。
「大地、これ」
渡されたのはハンカチだった。
「隠せてないわよ、目。それとこの後のことはいいからお母様や千代ちゃんとたくさんお話ししてきなさい」
他の先輩たちもいっておいでと背中を押してくれる。
「……ありがとうございます!」
そして俺は母さんや千代の背中を追いかけていった。
学校の話や生徒会のこと、楽しかったことや嫌だったこと、そんなことを話しながら学校を歩いていく。
家族との絆も深まりながら学園祭1日目が終わった。




