48 王子様と文化祭1日目(前)
俺たちの学園祭が、ついに幕を開けた。
今日は開催初日。
俺たちは体育祭の時と同じように、朝早くから学校に集まっていた。
「みんな、聞いて」
鳥羽さんが、いつになく真剣な表情で声を上げる。
「私たちが必死に取り組んできた学園祭の本番よ。そして私たち3年生にとっては、これが最後のイベント――絶対に成功させるわよ!」
「「「おー!!」」」
このメンバーで運営する最後の学校行事。
鶴見さんや鳩ヶ谷さんは、受験のためにこれが終われば引退してしまう。
俺たちは気合を入れ直すように、全員で円陣を組んだ。
(……何事もなく、無事に終わるといいんだけど)
そんな願いを込めていた矢先、生徒会室の扉が勢いよく開けられた。
そこには実行委員の先生たちが数名、困り果てた様子で立っていた。
「どうしました? 何かあったんですか」
「……カメラマンさんの方が急な体調不良で、今日来られなくなってしまったんだ」
学校のウェブサイトや広報誌に載せる写真を撮影するため、例年プロのカメラマンに依頼していた。
土壇場でトラブルが起きてしまったらしい。
「私たち教員も手分けして撮るつもりだが、どうしても人手が足りない。誰か、生徒の中でも撮影を任せられる者はいないだろうか」
「なるほど、ですが……」
急な要請に、メンバーの間に困惑が広がる。
当日のシフトはすでに決まっているし、今から人を割り振るのは難しい。それに――。
「……分かりました。俺がやります」
俺は真っ先に立候補した。
3年生の先輩たちにとっては、これが最後。
シフト以外の時間は、少しでも純粋に祭を楽しんでほしかった。
「でも大地君、自分のクラスの出し物もシフトもあるじゃない」
「広報として宣伝に回りながら撮りますから、なんとかしますよ。任せてください」
「それじゃあ、君の負担が大きすぎるわ」
先輩たちが心配そうに顔を見合わせる中、凛とした声が響いた。
「ちょっと待ってください」
華が、先生たちの前に一歩踏み出す。
「その写真というのは、プロのように完璧に綺麗に撮れているものでないとダメですか?」
「いや、そういうわけではないが……広報誌に載せるものだから、できるだけ生徒が楽しんでいる、生き生きとした写真を撮りたいんだ」
「それなら、私にいい案があります。大地ともう1人、適任な子がいます」
華は自信満々にそう告げると、30分後にここへ来てほしいと先生たちに約束した。
「で、どうするのよ、華ちゃん。急に学校用の写真を撮ってなんて頼める人、心当たりあるの?」
「ええ。技術は未知数だけど、あの子なら大丈夫だわ」
疑問符を浮かべるメンバーたちの耳に、廊下を元気よく走り回る子供たちの声が聞こえてきた。
それを注意する、聞き覚えのある母親の声も。
まだ開門時刻前だ。
間違えて入ってきてしまったのかと思い、俺が様子を見に行こうと扉を開けた。
「お兄ちゃん、おはよー!」
そこにいたのは、母さんと千代、そして、たくま君だった。
「あれ、みんな、どうしたんだ? まだ入っちゃダメだぞ」
「お姉ちゃんに来てって呼ばれたの! お外の人に通してもらったんだよ!」
たくまは嬉しそうに報告すると、そのまま華の元へ駆け寄り、その足に抱きついた。
「そう。今回のカメラマン、たくまにも手伝ってもらうわ」
「いやいや、流石に無理だって!」
「いくらなんでも、それは無理だよ華ちゃん」
鳩ヶ谷さんと鶴見さんも、流石に冷静なツッコミを入れる。
たくま君はまだ幼稚園児だ。
どんなに写真が好きだとしても、学校の公式記録を任せるにはあまりに幼すぎる。
「たくま。大地お兄ちゃんと一緒に、今日はいっぱい写真を撮ってほしいんだけど、いい?」
「お兄ちゃんと? いいのー!? やったー!」
「学校のお友達を撮ってほしいの。みんなが笑っているところをね」
「わかった! お兄ちゃん、がんばろうね!」
たくま君は俺の手をぎゅっと握り、やる気に満ちた顔で俺を見上げた。
しかし、当然ながら教師陣からも反対の声が上がる。
「……流石に無理だ。こんな小さな子供に……」
すると華は、カバンから1冊のアルバムを取り出した。
「これは、以前たくまが撮った写真です。確かに構図もピントも甘いかもしれません。でも、写っているみんなは自然に笑っています」
華はたくまの頭を優しく撫でながら、先生たちにアルバムを差し出した。
「この子、幼稚園でもお友達の写真を撮って、先生たちを驚かせているんですよ」
母さんも誇らしげに付け加える。
「それに――私の弟です。任せてください」
アルバムを開いた先生たちの顔から、次第に険しさが消えていった。
教師陣との協議の結果、異例ではあるが「俺がメイン、たくま君がサブ」という形で撮影を任されることになった。
学校側から予備のデジタル一眼レフを借り、たくまの首には母さんが持参していた子供用のトイカメラが下げられる。
生徒会のシフトも今日は免除という形になった。
「よし、たくま君。一緒に行くか」
「うん! おにーちゃん、しゅっぱつしんこー!」
そんな予期せぬトラブルから、俺たちの学園祭は賑やかにスタートした。
俺はたくま君を肩車しながら、校舎内を歩き回って生徒たちに声をかけていった。
一眼レフを構えた男子生徒が、小さな子供を肩車して歩く姿は相当奇妙に映るのだろう。
すれ違う生徒たちが興味津々に話しかけてくる。
まずは自分のクラスである2年生の教室に向かった。
そこは、開場から間もないというのに、大盛況だった。
「人気だな。めちゃくちゃ忙しそうだな」
入り口で売り子をしていた、佐々木と金井に声をかける。
「おお、上原! 結構人が入っててな。このペースが続けば、余裕で黒字確定だわ」
「こんだけ入れば、完売も早そうだな」
「それより……その子は?」
2人の視線が、俺の頭の上でキョロキョロしているたくまに注がれた。
「この子はたくま君。今日、俺と一緒にカメラマンをやってくれるんだ」
「たくまです! よろしくおねがいします!」
元気よく挨拶するたくまを見て、事情を説明すると、2人は文字通り目を見開いて驚いた。
「いや、だからって……こんなちっこい子に大事な仕事を任せるなんて。学校側も相当切羽詰まってんだな」
苦笑いする佐々木たちの言葉に、俺は返す言葉がない。
戸惑っていると、近くにいた遠藤が身を乗り出して声をかけてきた。
「え、待て。……ということは、この子、白鷺さんの弟君か?」
「ああ、そうだよ」
その言葉を小耳に挟んだ女子生徒たちが、波が押し寄せるようにこちらに寄ってきた。
「え、王子様の弟君!? 可愛い!」
「本当だ、お姉ちゃんに似て整った顔してる!」
「何歳? お名前は?」
男女問わず、一気に質問攻めの状況になってしまった。
たくまは少し照れながらも、小さなカメラを構えて宣言した。
「みんなの、お写真撮りにきました!」
その健気な姿に、クラスメイトたちもすっかり毒気を抜かれいた。
お店の横で撮影許可をもらい、数枚シャッターを切る。
「おいしいですかー?」
たくま君が客席の生徒に無邪気に問いかけると、生徒たちも、ふにゃりと顔を綻ばせて話しかけてくる。
「お兄ちゃん、みてみて!」
見せてくれたモニターの中には、こちらに向ける優しい視線と笑顔が収まっていた。
華が言っていた『適任』という意味が、ようやく分かった気がした。




