47 王子様の居眠り
あの一件から時間が過ぎ、学園祭まで残り2週間を切った。
俺の想いは華に伝わっている。
華も俺に好意を隠そうとしない。
けれど、俺たちはまだ「付き合って」はいない。
今の俺たちの関係は、少しばかり定義が難しい。
「……すぅ、……すぅ」
いつもなら誰よりもテキパキと仕事をこなす副会長が、机に突っ伏して眠っていた。
「……珍しいですね。華が学校で寝るなんて」
「初めて見たわ。生徒会での準備に加えてクラスの劇、それに推薦入試もあるし。あの子なりに気を張っていたんでしょ」
鳥羽さんが、眠る華に少し困ったような目で見つめる。
学園祭が終われば、その1週間後には華の志望校の推薦入試が控えているのだ。
「鳥羽さんは大丈夫なんですか?」
「私? ……自分で言うのもなんだけど、私、要領だけはいいから。そこら辺は大丈夫よ」
実際、鳥羽さんの器用さは異常だ。
周りに気を配りながら、自分の仕事も完璧にこなしている。
「華さん、そろそろ起こした方がいいですかね」
菊池さんが時計を見ながら提案する。
立ち上がり、華のそばに寄って優しく肩を揺らした。
「華さん、起きてください。そろそろ仕事の続きをやらないと」
「……すぅ、……すぅ」
全く起きる気配がない。
うちに来た時も寝起きは良くなかった。
「上原君起こせる?」
「俺?わかった」
「華。起きて」
「……んむ、……だい、ぢ……?」
のそっと顔を上げた華は、まだ夢の続きにいるような、とろんとした目で俺を見た。
そして次の瞬間、俺の顔や体をペタペタと触り始めたかと思うと、幸せそうな笑顔を浮かべて俺の胸に抱きついてきた。
「だいちのにおい……安心する……」
「ちょ、華。ここ学校だから! みんな見てるって」
「んー……やだ」
抱きしめながらそのまま再び目を閉じてしまう。
「はぁ……。楓、扉の鍵を閉めて」
鳥羽さんの指示で、菊池さんが苦笑いしながら入口を施錠した。
最近、生徒会室ではこういう「配慮」が必要な場面が増えている。
白鷺華のこんな姿が他の生徒に見つかれば、学校中の大ニュースになってしまうからだ。
「……体育祭の時のあなたたちは、一体どこへ行ったのかしらね」
「本当に、別人のようですよね」
2人の言葉に、俺は出会ったばかりの頃の華を思い出す。
『私のこと馬鹿にしてる? 非力だって言いたいの?』
『貴方に私の何がわかるっていうの? わかった気にならないで』
……あの頃の彼女は、俺に尖っていた。
今の俺に甘えて「離れたくない」と囁いている少女が、同一人物だとは到底信じられない。
「でも、大地君でよかったのかもね。華ちゃんのこと『綺麗』じゃなくて『可愛い』って言った男の子、たぶんあなたが初めてだったから」
そんなことも言っただろうか。
周りが彼女を遠巻きに「王子様」として崇める中で、俺だけは彼女の脆さを、女の子らしい可愛らしさを知ることができたのだ。
「そうだ大地君。今の話とは関係ないけど」
「はい、なんですか?」
「私たちのことも、下の名前で呼んでいいのよ? 華ちゃんのことは呼び捨てにしてるんだし」
鳥羽さんが、悪戯っぽく微笑んだ。
確かに、俺だけがずっと苗字で呼んでいる。
今の距離感からすると少し余所余所しいのかもしれない。
「確かにそうですね。じゃあ、ヒヨリさ――」
その瞬間、俺を抱きしめる華の腕にグッと力がこもった。
「……いいわけないじゃない。許さないわよ」
「華ちゃん、起きたー?」
「起きたわよ。……それより、他の子を下の名前で呼ぶのは禁止」
華は俺の胸に顔を埋めたまま、低い声で断言した。
「……あなたねぇ、寝起き早々それ?」
「まだ付き合ってないんですよね?」
鳥羽さんと菊池さんが呆れ顔で突っ込むが、華は譲らない。
「両想いなんだから、実質同じよ。大地を他の女の子に取られたくないの」
「学園祭で告白してほしいってワガママを言ったのは、あなたの方でしょうに」
「……あんなに情けない姿の時に告白されるのは嫌だったの! ちゃんと学園祭を頑張ったご褒美として、最高のタイミングで付き合いたいんだから」
それが彼女の言い分だった。
学園祭の大きなイベントを成功させ、その勢いで俺と結ばれたい、という乙女心らしい。
「とにかく、大地。ヒヨリたちのことは下の名前で呼ばないで」
「うーん、わかったよ。華がそう言うなら」
俺が苦笑いしながら頷くと、華はようやく満足げに顔を上げた。
続けて俺の顔を覗きながら言ってくる。
「……それと、さっきの話。聞き捨てならないんだけど?」
「え、なにが」
「私のこと、『可愛い』って言ってたって話。……それ、どういうこと?」
「……だいぶ前から起きてたんじゃんか」
俺が呆れて言う。
「なんで……? 普通なら『王子様』とか『綺麗』とか、遠巻きに見て終わりじゃない。なのに、なんで最初から『可愛い』なんて……」
そう俺が初めて彼女を見たのは、1年生の時。
中庭で女子に囲まれて、困ったように、けれど優しそうに微笑んでいる一人の少女がいた。
その時の顔が妙に印象に残っていた。
大人びているけれど、どこかあどけない――純粋に「可愛い人だな」と思った。
後になって、それが有名な「白鷺華」であり、学校の「王子様」と呼ばれている存在だと知ったのだ。
その経緯を正直に説明すると、華は驚いたように目を見開き、やがてこれ以上ないほど嬉しそうに表情を綻ばせた。
「じゃあ……みんなが『王子様』として私を知る中で、あなただけは『中庭で微笑んでた可愛い人』として、私を知ってくれていたの?」
「順番で言うと、そうだね。その後に、あの人が噂の白鷺華なんだって一致したんだよ」
「……なにそれ。……すっごく、嬉しい」
「そんな、大袈裟じゃない?」
「大袈裟じゃないわよ。運命だわ」
華は俺の手をぎゅっと握り、子供のようにはしゃぎ始めた。
けれど、すぐに「はっ」とした顔をして、恨めしそうに俺を見る。
「というか、あの体育祭の時に言ってよ! 私のこと可愛いって思ってたなら!」
「いや、言えるわけないでしょ。あの態度取られてて。正直滅茶苦茶怖かったよ」
「本当よ。あなた、大地君への態度を覚えてないの? なかなか酷かったわよ」
鳥羽さんの追い打ちに、華は「う……」と言葉を詰まらせた。
「……ナンノコト、ワタシ、シラナイ」
あからさまに視線を逸らして、とぼけ始める。
どうやら彼女にとって、あの頃のトゲトゲしていた自分は、今や消し去りたい黒歴史らしい。
「ほら、華ちゃんも起きたんだから。いつまでも遊んでないで仕事再開するわよ」
鳥羽さんの号令で、俺たちは再びそれぞれの作業へと戻っていった。




