43 王子様の匂わせ投稿
あの水族館デートから、週が明けた月曜日。
校門をくぐった瞬間、いつもより女子たちのざわめきが激しいことに気づいた。
普段なら華の周りをかこんでいるファンの子達も、どこか遠巻きに彼女の顔色を窺っているように感じた。
教室に入るなり、いつものメンバーである佐々木、遠藤、金井、そして数人の女子生徒が俺に詰め寄ってきた。
「おい上原! 白鷺さんの昨日の投稿、見たか!?」
「え、何のことだ……?」
どうやら昨日、華がSNSに10枚ほどの写真を投稿したらしい。
俺はアカウントを持っていなくて知らなかった。
「白鷺さんに、彼氏ができたっぽいんだよ!」
「……は?」
思わず大きな声が出た。
華に、彼氏? そんな話、一言も聞いていない。今朝の女子たちの違和感はこれだったのか。
「上原、お前も知らないのか? 『王子様』の隣を射止めた男の正体をさ!」
「い、いや……心当たりはないな」
否定しつつも、胸の奥がチリチリと焼けるように痛む。
「『王子様』のあの顔見た?滅茶苦茶幸せそうだったよね」
「いつもはカッコいいのにあの写真可愛かったよね」
「『王子様』の彼氏ってことはきっとかっこいい年上の人とかなんだろうな」
周りの女子達がそう口にする。
あの水族館で俺に向けてくれた笑顔も、手を繋いだ思い出も全部俺の勘違いだったのか?
でも、彼女が俺以外の男と親しくしているところなんて見たことがない。
……考えれば考えるほど、モヤモヤとした気持ちが頭を支配していく。
(……華のあんな話を聞いたばかりなのに、今日は生徒会に行きたくないな)
放課後。どうしても「彼氏」の2文字が頭から離れず、俺は重い足取りで廊下を歩いていた。
「上原君、生徒会室行きましょ?」
「……う、うん。そうだね、菊池さん」
「顔色悪いけど、大丈夫? 何かあった?」
「いや、ちょっと考え事をしてて……」
「そう。今日は色々聞かれるだろうし、大変だと思うけど……頑張ってね」
「?」
菊池さんの含みのある言葉の意味が分からぬまま、生徒会室に到着する。
扉を開けたくない俺の気持ちなど露知らず、菊池さんが勢いよくドアを開けた。
そこにはすでに、3年生の先輩方と南先輩が勢揃いしていた。
「お、お疲れ様です……」
「大地、顔色悪いけど大丈夫? どこか具合でも悪いの?」
俺の姿を見るなり、華がスッと立ち上がって駆け寄ってきた。
俺の手から鞄を受け取ろうとまでしてくる。
『白鷺さん、彼氏できたっぽいよ』
華の顔を見た瞬間、朝の言葉が脳裏をよぎる。
「大丈夫だから! 気にしないで」
俺は必要以上に強く拒絶してしまい、自分の席へと足早に向かった。
差し出した手を空中で止めたまま、華が驚いたように固まっているのが視界の端に見えた。
「そういえば土曜日の水族館は楽しかった?」
気まずい沈黙を破ったのは鶴見先輩だった。
「あ、はい。とても楽しかったです。南先輩、チケット本当にありがとうございました」
俺は努めて平静を装いながら、買ってきたお土産を皆に配る。
4時からの会議開始まで30分ほど時間があるということで、南先輩を入れてお茶会が始まった。
俺は準備をしながらも心ここにあらずだった。
「……大地。あの、ごめんなさい」
不意に、背後から消え入りそうな声で華に呼び止められた。
「え、何が? もしかして、か――」
(彼氏のことですか?)
喉元まで出かかった言葉を、必死に飲み込む。自分から認めてしまうのが怖かった。
いや、言葉にできなかった。
すると、彼女は叱られるのを待つ子供のような顔で俺を見上げてきた。
「勝手に写真をあげちゃったこと、怒っているわよね……?」
「え? 写真……?」
「あれ、大地君知らないの? これのことよ」
鳥羽さんがニヤニヤしながら、俺の目の前にスマホを差し出してきた。
そこには、華のアカウントらしきものがあげている投稿。
青い光に包まれた水槽の写真、華が嬉しそうにカワウソを見ている写真。
どれも俺が撮った写真だった。
「もしかして、みんなが言っていた彼氏って……これのこと?――よかった」
一気に力が抜け、その場に膝をつきそうになった。
朝から勝手に嫉妬していた相手は、他ならぬ自分自身だったのだ。
「えー? 大地くーん、何が『よかったー』なのかな? 華ちゃんに彼氏がいないことが分かって、安心しちゃった感じ?」
鳩ヶ谷さんがここぞとばかりに弄り倒してくる。
顔が熱い。今すぐ穴を掘って埋まりたい。
「……もしかして、私に彼氏ができたと思って、嫉妬してくれたの?」
不安げだった華の表情が、一瞬でパァッと明るくなる。水族館で見せた、あの無防備な笑顔だ。
「い、いや……それは……まぁ、その……そうだよ」
「ふふ、そういうの、嬉しいわ。……でも、安心して。こういうことは、あなたとしかしないから」
「…………」
心臓がメルトダウンを起こしそうだ。
顔を上げられず、手元のカップを見つめることしかできない。
冷や汗が止まらない俺を見て、先輩たちは「あっつーい!」「ごちそうさま!」と騒ぎながら、一斉に窓を開け始めた。
冷たい外気が室内に流れ込み、俺の昂った気持ちもようやく落ち着いてきた頃。
ふと、一つの疑問を投げかけてみた。
「でも、なんでこれだけで『デート』だって噂になったんですかね? 顔も写っていないのに」
「いやだって……ねぇ?」
先輩たちは顔を見合わせると、もう一度俺にスマホを突きつけてきた。
そのまま画面をスワイプし、1枚の写真で指を止める。
「これ、オムライスとカレーの写真?」
「そうそう。ここ、よーく見て」
言われるがまま凝視すると、写真の左端に、ほんの少しだけ誰かの手が写り込んでいた。
……俺の手だ。
「確かにこれ、俺の手ですけど。いくらなんでも、これだけで判断するのは飛躍しすぎじゃ……」
「ふーーん。じゃあ、トドメにこれを見なさい」
ペットボトルのお茶を飲んでいた俺の目の前で、先輩がさらにスワイプした。
その瞬間、俺はお茶を吹き出しそうになった。
「大地君、大丈夫?」
「げほっ、ごほっ……い、いや、この写真って……!」
そこに写っていたのは、あの家族連れのお父さんに撮ってもらった俺と華のツーショットだった。
俺の顔にはモザイクがかけられて誰か分からないようになっているが、2人で見つめ合い、特別な雰囲気を醸し出している。
「いやー、ラブラブすぎでしょ。これ、どこのドラマのワンシーン?」
「そりゃあ彼氏だって勘違いされるわよ」
「こんなに熱烈な視線を送っておいて、疑われてるのが自分だって気づかないなんて、上原君も相当ね」
先輩たちから容赦ないヤジが飛んでくる。
「華……これ投稿したの?」
「私だって女子高生よ。こういう『匂わせ投稿』っていうのを、一度してみたかったの」
「いや、俺たち付き合ってないし……おかげで変な噂が立ってるじゃん」
「別に構わないわよ。嘘は言っていないもの」
当の本人はどこ吹く風で、全く気にしていない様子だった。
「華ちゃん、他にも写真あるんでしょ? 見せてよ」
鳥羽さんに促されると、華は待ってましたと言わんばかりにスマホのアルバムを開いた。
「ええ。まずこれは、クラゲを眺めている大地の後ろ姿ね」
「次にこれは、カレーを美味しそうに食べる大地。こっそり撮ったから少し手ブレしているけれど、そこがいい味出してるでしょう?」
「で、これはイルカショーの合間に撮った自撮りね」
彼女は次々と写真を解説し始める。
話題に出てくるのは俺の後ろ姿、俺の横顔、俺の食べている姿……。
自分の写真ばかりを嬉しそうに解説されるのは、猛烈に恥ずかしい。
「どれも大地君の写真ばっかりじゃない」
「しかもこのショーの写真、普通に手繋いでるよね?」
「あ、これ『恋人繋ぎ』じゃん。……これでも付き合っていないって言い張るの?」
先輩たちのニヤニヤ顔と、突き刺さるような視線。
幸せなはずなのに、この場から一刻も早く逃げ出したくてたまらない俺だった。




