41 王子様と水族館(1)
「大地見て見て!」
いつもより高めのテンションでショーケースを指差しながら俺に声をかけてくる。
そこにはたくさんのクラゲがゆらゆらと海中を浮遊する。
「綺麗ね……すごいわ、幻想的」
目をキラキラ輝かせている。
ショーケースのライトアップもあり確かにとても綺麗だ。
でもそれ以上に華の表情に見惚れてしまった。
一見凛々しい少女が興奮気味に水槽を指を指している姿に周りから注目が集まってる。
「何? 私の顔に何かついてる?」
ずっと見つめていたことに気づいたのか、彼女が不思議そうに首を傾げる。
「いや……なんでもない。すごく楽しそうだなと思って」
「そう? だって、本当に綺麗なんですもの。……さあ、次のエリアへ行くわよ!」
そう張り切って歩く彼女についていく。
今日の彼女はいつになくテンションが高い。
あの風邪を引いてた時くらいに。
「見て、カワウソ!」
次に足を止めたのはカワウソのコーナーだった。
千代と同じくらいの子供に混じって、華は夢中で水槽を覗き込んでいる。
「大地、写真撮って」
彼女が水槽の横でポーズを決めると、ちょうどカワウソが顔を出した。
その瞬間を狙ってシャッターを切る。
「いいわね、ありがとう。あとでアルバムを作って共有しましょうね」
「ああ、楽しみにしてる」
その後も色々なコーナーを回ったが、土曜日ということもあり、館内は家族連れやカップルで溢れかえっていた。
ふと、周りを見渡す。
(俺たちも、他人から見たらカップルに見えているのかな)
そんなことを考えると、急に意識してしまって足元がおぼつかなくなる。
しかも華は、はしゃぎながら次々と水槽へ向かうので、油断すると人混みに紛れてはぐれてしまいそうになる。
俺は意を決して、彼女の右手を掴んだ。
「華、はぐれると危ないから……手、繋ごうか」
「え……いいの?」
「いいも何も、今日は『デート』なんだろ?」
俺がそう言うと、彼女は一瞬目を見開いた。
花がほころぶような笑顔で俺の手を握り返してきた。
「そうだったわね。……ええ、デートだわ」
繋いだ手のひらから、熱が伝わってくる。
歩いている最中、彼女の指先がにぎにぎと動いて俺の手を確かめるように握る。
なんだかとてもこそばゆい。
昼のショーに備えて、少し早めのランチにすることにした。
館内のレストランで、俺はカレー、華はオムライスを注文した。
「待って、食べる前に写真を撮りたいわ」
俺がスプーンを持とうとすると、華に止められた。
カレーとオムライスを並べ、お揃いのマグカップを添えて、彼女は真剣な表情でレンズを向けている。
撮影が終わり、ようやく食事に手をつけようとした、その時だ。
「ねえ、大地のカレー、一口ちょうだい」
「いいよ。……はい」
お皿を彼女の方へ寄せようとすると、なぜか華は不機嫌そうに頬を膨らませた。
「……違うわ。あーん、でしょ」
「いや、ここ外だから、さすがに恥ずかしいって」
「周りを見て。カップルだらけなんだから、誰も気にしていないわ。ほら」
彼女は当然のように、小さな口を開けて待っている。
生徒会室で先輩たちに見守られていた時よりも、今の方がずっと心臓に悪い。
「……わかったよ。はい、あーん」
「ん、美味しい……! やっぱりこういうところで食べるのって、格別ね」
彼女はお気に召したようで嬉しそうにしている。
周りを見渡せば、確かに彼女の言う通りカップルだらけ。
似たような光景が繰り広げられているので、俺たちのことを見ている人なんて誰もいない。
「……次は、私の番ね」
華が自分のオムライスをスプーンですくい、俺の口元に差し出してきた。
「はい、大地。あーん」
「えっ、俺も?」
「当然でしょう? カレーを一口もらったのだから、等価交換よ。……それに、これ、すごくふわふわしてて美味しいの。あなたにも食べてほしいわ」
真っ直ぐな瞳で見つめられ、俺は覚悟を決めた。
「……あーん」
差し出されたオムライスを一口で頬張る。
「……どうかしら?」
「……美味しい。華の言う通り、すごくふわふわだ」
「そう。よかった」
華は満足そうに微笑むと、今度は自分でも一口食べて、「やっぱり美味しいわ」と上機嫌に笑った
昼食を終えた俺たちは、お目当てのイルカショーを見るためにスタジアムへと移動した。
開演までまだ時間があるというのに、会場はすでに多くの人で埋め尽くされている。
「あ、あそこ空いてるわ!」
華が指差したのは、中段くらいの端の席だった。
俺たちは急いでそこへ向かい、肩が触れ合うくらいの距離で隣り合わせに座った。
「大地、さっき撮った写真、見て」
華がスマホを差し出してくる。
そこには、クラゲの水槽の前で見惚れている俺の横顔や、さっきのオムライスの写真が綺麗に収まっていた。
「……俺の写真はいいよ。華の方が綺麗に撮れてるんだから」
「何言ってるの。私がとりたくて撮ったの」
「うーんそれならいいんだけど」
「ヒヨリ達がどうなのっていうから、この写真送っちゃった」
「えぇ?」
そう言ってスマホを見ると俺たち生徒会グループのチャット通知がものすごい量溜まっていた。
『え、美味しそうカレーいいね』
『2ショットとか撮った?』
『アシカ可愛い!!』
そんなトークが繰り広げられていた。
すると俺の肩に、こん、と頭を預けてきた。
「……華?」
「……少しだけ。人が多くて、ちょっとだけ疲れちゃったの」
そう言いながら、彼女は俺の手を自分の膝の上でぎゅっと握りしめた。
繋いでいる最中、彼女の指先がまたにぎにぎと動く。
くすぐったいけれど、その微かな震えから、彼女が本当はまだ少し緊張していることが伝わってきた。
「……お疲れ様。ショーが始まるまで、ゆっくりしてなよ」
「ええ。……大地」
「ん?」
「……今日の2人きりで来れて良かった。あなたと一緒に入れて楽しいわ」
彼女の呟きは、ショーを待つ観客のざわめきに消えそうなくらい小さかったけれど、俺の耳にははっきりと届いた。
「……ああ。俺も、そう思うよ」
俺がそう答えると、華は顔を赤らめ、さらに深く俺の肩に寄り添ってきた。




