39 王子様とお弁当(1)
「大地、来週の月曜日、お弁当作ってくれない?」
夕飯の支度をしていると、母さんが急にそんなお願いをしてきた。
「いいけど、何かあるの?」
「幼稚園で秋の遠足があるのよ。お弁当が必要なんだけど、私その日は朝が早くて作れそうになくて」
なるほど、それならお弁当が必要だ。
せっかくだから、千代が喜ぶような少し凝ったものを作ってあげるか。
「千代、お弁当のおかず何がいい?」
「うーん、タコさんウィンナー入れてほしい! あとは何でもいい!」
千代はそれだけ言うと、またテレビのアニメに集中し始めてしまった。
(……そういえば華は何を作るんだろうか。)
「お弁当?」
「そう、来週の月曜の遠足の」
翌日の放課後。いつもの生徒会室で、俺は書類仕事をしている華に尋ねてみた。
「そうね……唐揚げとかにしようかとは思ってるけど」
「華ちゃんって、料理できるの?」
俺たちの会話を横で聞いていた鳥羽さんが、意外そうな顔で会話に入ってくる。
「大地に教えてもらったから。それのレシピなら作れるわ」
「あ、そこもやっぱり大地君なんだね……」
鳥羽さんは呆れたように苦笑いした。
「でも、お弁当を作る練習もしておかないといけないわね。来週までに間に合うかしら」
「なら、今週は自分用のお弁当を作って練習するのはどうですか?」
水、木、金、今週は残り3日ある。
時間は少ないが、予行演習にはなるだろう。
俺がそう提案すると、鳥羽さんも頷いた。
「確かにいい案だと思う。華ちゃん、お昼はいつも購買のパンだけだしね」
「そうね。いい案だわ、明日からやってみる。ありがとう、大地」
華も素直に頷いた。
一件落着、と俺が自分の仕事に戻ろうとする。
――華が、何か名案を思いついたような顔でこちらを向いた。
「ねえ。大地も今週はお弁当に作れば?」
「俺も作るんですか? まぁ、俺も久々だから練習しておいた方がいいかもしれないですけど」
俺が何気なく同意すると、横で聞いていた鳥羽さんがピクリと眉を動かした。
「ん? ……華ちゃん、もしかして……」
「そう。私が大地に。大地が私に、お互いにお弁当を作り合えばいいのよ」
「あなた、ただ大地君の手料理が食べたいだけでしょ」
鳥羽さんが、ジトッとした冷たい視線を華に飛ばす。
しかし、華は堂々と反論した。
「違うわよ。お互いに『弟・妹のために作る』のだから、第三者に評価してもらう方が効率的でしょ? それに、自分のためだけに作ったら、どうしても適当になってしまうわ」
非常に理にかなった正論。
確かに、俺自身のためだけに作るとなれば「夕飯の残りを詰めればいいや」と手抜きをしてしまう。
華の言うことにも一理ある。
「……華、本当は?」
俺がジッと目を見つめて問いかけると、華は一秒も経たずに即答した。
「あなたの手料理が食べたいから」
「……」
その清々しいほどの本音に、俺と鳥羽さんは揃って無言になるしかなかった。
かくして、俺たちは今日から3日間、お互いの弁当を作り合うことになったのだった。
次の日の昼休み。
約束通りお弁当を交換するため、俺は生徒会室へと足を運んだ。
いつも先輩方や菊池さんもここで昼食を摂っているらしく、教室は空いていた。
「お、きたきた。主役の登場ね」
入室するなり、鶴見さんたちが待っていた。
いつもの生徒会メンバーに加え、今日はなぜかバスケ部の南先輩の姿もある。
「あれ、南先輩。珍しいですね、どうされたんですか?」
「鏡花に『面白いものが見れる』って誘われちゃってさ」
南先輩は上機嫌にVサインを作ってみせる。
……面白いものって、俺たちのことだろうか。
「あの、白鷺さんはいいんですか?」
他部の先輩もいる手前、一応苗字で呼んで様子を伺う。
すると、隣に座る華から、鋭い視線が飛んできた。
「……南さんには休日のことも知られているから、構わないわ。大地、下の名前で呼びなさい」
「……わかったよ、華。これ、約束のお弁当」
俺は観念して名前を呼び、ピンク色の弁当箱と箸セットを差し出した。
華もそれと入れ替えるように、自分の弁当箱を俺の手元へ。
「じゃあ、俺は教室に戻って食べるんで――」
「えっ! なんでよ、ここで食べればいいじゃん!」
「いや、友達を待たせてるんで……」
俺は普段、遠藤たち3人と机を並べて食べている。
今日「生徒会の仕事がある」と嘘をついて抜け出してきたのだ。
「それなら私が遠藤君に連絡を入れておくよ」
菊池さんがスマホを取り出し、余計な提案をしてくる。
というかいつ交換したんだ遠藤と。
「そうよ、華ちゃんの作ったお弁当の反応、私たちも見たいし!」
「大地……私、あなたと一緒に食べたい。ダメ?」
華が上目遣いで、追い打ちをかけるように訴えてくる。
……その破壊力に勝てるはずもなく。
「……わかりました、ここで食べます」
「よろしい」
華は満足そうに口角を上げた。
「じゃあ、まずは華ちゃんから大地くんへの『愛妻弁当』、オープン!」
鳥羽さんの掛け声と共に、俺は弁当の蓋を開けた。
中には、彩り豊かなふりかけが載った白米。
そして卵焼きにミニトマト、枝豆、唐揚げ……。
色とりどりなお弁当だった。
「いただきます」
手を合わせ、まずは卵焼きを一口。
「……美味しい。華、料理上手になったね」
思わず素直な感想が漏れる。
「当然よ。練習してきたもの」
夏休み前は包丁の持ち方すら危うかった彼女が、これほどのお弁当を作れるようになるなんて。
教えた側としても、なんだか感慨深いものがある。
「……で、お味はどうかしら?」
「正直、驚きました。本当に美味しいです。ただ、たくま君は『卵焼きは甘い方が好き』って言ってたから、次はもう少し砂糖を多めにしてもいいかもしれませんね」
今回の卵焼きは、どちらかと言えば俺好みの塩味寄りだ。
だが、華の答えは意外なものだった。
「それは大丈夫。今回はあなたに作るために、お母様から聞いたレシピで作ったから」
「えっ……母さんに?」
「ええ。たくま用は、また別に練習するわ」
平然と言う華だったが、周囲はざわつきを隠せない。
「うわ、もう完全に外堀から埋めに行ってるじゃん」
「華ちゃん、ポイント稼ぎに余念がないわね……」
先輩たちの茶化すような声を、華はわざとらしい咳払いで遮った。
「……次は、華ちゃんの番ね。大地君から華ちゃんへの弁当オープン!」
鶴見先輩がワクワクした様子で促すと、華がゆっくりと蓋を開ける。
「これは――」
俺が用意したのは、猫のキャラ弁だ。
千代への練習も兼ねて、ご飯を丸く整え、海苔を細かく切って顔を描いた簡単なもの。
おかずにはミニハンバーグを添え、ブロッコリーや人参の炒め物を詰め合わせた。
「え、クオリティ高っ!」
「男子高校生が作ったにしては、女子力高すぎでしょ……」
周囲からは感嘆の声が上がるが、肝心の華からは何の反応もない。
「……あの、華?」
心配になって声をかけると、彼女は無言でスマホを取り出し、一心不乱に画面をタップし始めた。
「……可愛い。大地、あの猫のマグカップを持ってきて。二つとも」
言われるがままお揃いのコップを並べると、彼女は弁当とマグカップの猫が最も映える角度を探し、試行錯誤しながら写真を撮り続ける。
「撮れた! みんな見て、これ!」
これまでの凛とした雰囲気はどこへやら。
少し上気した顔で先輩たちに写真を見せびらかす華の姿に、俺は呆れ半分、嬉しさ半分で苦笑いした。
「よかったね。あんなに喜んでもらえて」
鳥羽先輩が、肩をすくめて俺に声をかけてくる。
「はい。あそこまで食いついてくれるとは思ってなかったので、正直嬉しいです……けど」
時計を見ると30分を回っていた。
「華そろそろ食べた方が昼休み終わっちゃうし」
「……これ、どこから食べればいいのかしら。顔を崩すのは、なんだか心が痛むわ」
「ただのご飯だよ。……ほら、おかずのハンバーグから食べれば?」
そう促すとハンバーグを口に入れた。
「美味しい。私の好きな味」
「最初にうちに来た時喜んでたからね小さいの作ってみた」
「さすが大地」
周りの人たちも俺の弁当をじっとみてくる。
「華ちゃん一口ちょうだい」
「嫌よ私のもの」
「そう言わず少しだけ」
「これは大地が私のために作ってきてくれたものなのダメ」
「明日も明後日も食べれるんだからいいでしょうちょうだい!」
「嫌だって!」
鳩ヶ谷さんと華の言い合いが始まった。
最近この光景をよく見るようになってきた。
まるで子供の喧嘩だ。
それをみて南先輩も驚きながらも俺たちは苦笑いするしかなかった。




