38 王子様と説明会
俺と華の関係が、生徒会のメンバー全員に知れ渡ってから数日。
あれを機に、華は2人きりの時にしか見せなかったような姿を、生徒会室でも堂々とさらけ出すようになった。
「大地、お菓子ちょうだい」
「はいはい、これだろ」
俺がスナック菓子の袋を差し出す。
だが、華はキーボードを叩く手を止めない。
そして当然のように口を開けた。
「私、いまタイピング中。手が離せないから――あーん」
「……いや、流石に他の人も見てるし」
「あーーん」
有無を言わせない圧に負け、俺は指先でつまんだお菓子を彼女の口元へ運ぶ。
華はそれを満足げに咀嚼し、再び画面に向き直った。
「華ちゃん、お菓子くらい自分で食べようよ……」
隣で呆れた声を上げたのは、鳩ヶ谷さんだ。
以前なら、だらだらとお菓子を食べている彼女を厳しく注意していたのは、他ならぬ華だった。
いつの間にか、立場は完全に逆転してしまっている。
そんな光景を眺めていた鶴見さんが、いたずらっぽい笑みを浮かべてこちらに身を乗り出した。
「いいなー。大地くん、私も食べたーい。はい、あーんして?」
「えぇっ、鶴見さんもですか……? まぁ、1個くらいなら。はい、あーん」
苦笑いしながら、反対側にいる鶴見さんへ差し出そうとした、その時。
「――っ」
ぐい、と強い力で手首を掴まれた。
見れば、華が冷徹なまでの真顔で、俺の手を自分の方へと引き寄せている。
「……今は、私の番。だから、それはこっち」
そう言うなり、摘んでいたお菓子を指先ごと奪うように無理やり口の中に放り込んだ。
(最初から自分で取ればいいのに……)
「……はぁ。今まで見てきた『白鷺華』は、一体なんだったのかしらね……」
背後で漏らされた鳩ヶ谷さんの深いため息が聞こえる。
「というか華さん。もしかして、あの文化祭のペア決め『私と上原君をペアにして欲しいって』……」
「そうよ。その方が、何かと甘えやすいでしょう?」
「あんなにもっともらしい理屈を並べておいて、結局それ!? 私たちのあの納得を返してよ!」
「これ、完全に職権乱用でしょ……」
「絶対、私たちの見てないところでも、もっと大地君に甘え倒してるに決まってるわ」
「『王子様』じゃなくて、中身はただの『むっつり甘えたがり』じゃない!」
「なっ……『むっつり甘えたがり』ってなによ!」
珍しく声を荒げる先輩たちの、非難と呆れが混ざった猛抗議。
完璧だった彼女のイメージが音を立てて崩れていく様子を前に、俺と菊池さんは顔を見合わせ、ただ苦笑いするしかなかった。
「ほら、この後は実行委員の説明会なんだから。華ちゃん、しっかり切り替えて仕事してもらうわよ」
鳩ヶ谷先輩の言葉に、華はコホンと一つ咳払いをした。
「……勿論よ。任せなさい」
俺たちは会場となるホールへと向かった。
今回は学園祭の各出展団体に向けた、重要な全体説明会。
主に俺と華の2人が中心となって進めてきた仕事だ。
演台に立ち、華が説明を始めると、ざわついていたホール内が一瞬で静まり返った。
有無を言わせぬ存在感。
凛とした表情と、会場の隅々まで響き渡る透き通った声。
つい数分前まで、生徒会室でお菓子を強請っていた人と同一人物とは到底思えない。
「では、ここから出展売店のルールに関してなのだけど――大、……上原君、説明をお願い」
「……」
いま、絶対「大地」って呼ぼうとしたよな?
ほんの一瞬の言い淀み。
だが、最前列に陣取っていた生徒会の先輩たちは見逃さなかった。
彼女たちはニヤニヤとした、生暖かい目で華を見つめている。
「……失礼します。代わりました上原です。ここからは、各クラスで企画する売店などの出展物に関する説明を行っていきます」
特に食品を扱う場合、保健所への申請など遵守すべき厳しい項目が多々ある。
事前にしっかりと周知し、手順を徹底してもらわなければ、食中毒などが発生した際に取り返しのつかない問題になってしまうからだ。
俺が説明を始めると、華が登壇していた時とは異なり、会場のあちこちから小さなざわめきが漏れ聞こえてきた。……だが、それも一瞬のこと。
俺が次の言葉を紡ごうとした途端、その雑音は打ち切られたようにパタリと止んだ。
(……?)
あまりの静寂に違和感を覚え、そっと背後を振り返る。
そこには、先ほどまでの穏やかな表情を消し、氷のように冷たく、険しい顔で客席を射抜いている華の姿があった。
「? どうしたの、続けていいわよ」
俺と目が合うと、彼女の表情は一瞬でいつもの凛としたものへと戻る。
「あ、はい……。ええと、今回の食品サンプルに関しては――」
その後は野次一つ飛ぶこともなく、滞りなく説明を終えて鳩ヶ谷さんへとマイクを渡した。
生徒会に入ってから、これほど大勢の生徒を前に話すのは初めての経験だ。役目を終えた俺の背中には、どっと冷や汗が流れていた。
「大地君、お疲れ様。初めてなのに上手だったわよ、喋るの」
説明会が終わると、ホール内で鳥羽さんが労いの声をかけてくれた。
「本当ですかね……ありがとうございます。皆さんはあんな大勢の前でも、緊張せずによく話せますね」
「これはもう慣れよ。場数を踏めばどうにかなるって感じかな」
「なるほど。集まってくれた皆さんが静かに聞いてくれたのもあって、すごくやりやすかったです」
俺が素直な感想をこぼすと、鳥羽さんは引きつったような苦笑いを浮かべて首を傾げた。
「……あれはね、華ちゃんと茜がものすごい圧をかけてたからよ」
「え?」
間の抜けた声を上げた俺に、横から菊池さんも口を開く。
「上原君に代わった途端、私語を始めた生徒たちにとんでもなく冷たい視線を向けてましたからあの2人。……それで周りも、空気を察したんでしょう」
そう俺が話し始めた時周りの視線は、俺の後ろにいた華に向いていた。
振り返った時の険しい顔。
菊池さんの言葉で合点がいった。
「大事な話を聞かないのが悪い」
「大くんの話聞かないない奴が悪い」
彼女達の言い分はこうだった。




